第八話 絶対的強者
「お、おい……三歳児がチョウ様を……!」
「な、なんだよあのガキ」
「しかもチョウ様は攻撃一つ、当てられなか、ったぞ……」
外野が俺に向けて何かを言っている。
戦闘時間でいえば十分にも見たない。
「クラスは『ユークリッド』だぞ! 並のガキに殺れるわけが……!」
なるほどクラスは『ユークリッド』らしい。
五つの階級のうち、真ん中に位置しているランクがそれだ。
つまり俺は既にその階級にある、と言い換えても良いだろう。
「こ、殺せぇ!」
「そいつを殺れば泊がつくぞ!」
「俺の獲物だどけ!」
大人しくなるかと思いきや逆効果だったみたい。
俺はジッと手に入れたルーンを見つめる。
数分前のチョウという男が使っていた『拳法家』の魔晶石。
俺のルーンが何かは不明だ。
奪えばその力を使えるようだが、その都度何故、女性から奪ったルーンは使えなかったのか不思議でやまない。
「フンッ!」
チョウという男と同じような動きで、俺は打突を放ってみる。
すると、視認性のある空気の塊が黒装束の男の一人を穿った。
チョウの技は目に見えなかった。
にも関わらず俺の技は不可視ではない。
どうやら、ルーンを手に入れたからといって全てを手に入れたわけではないようだ。
「こいつ、チョウ様のルーンを……!」
「一人で戦うな! 束になって殺れ! そいつの価値は五万ベニーに上がったぞ!」
リーダー格らしき男が号令を掛ける。
お生憎様、目に見えるとはいえ速度を上げることは出来る。
マナの研究結果のひとつに、スピード向上があった。
打突にマナの加護を相乗効果として乗せれば、
「ぐぉあ!?」
「な、なんだ今のは!?」
目には見えるが対処は難しい打突に化ける。
研究は無駄では無かったようだ。
あらゆる場面で応用が利く。
「こいつ本当にガキか?!」
「いや、そもそも貧民なのか?!」
ハンター達が口々に俺という存在に疑念を抱き始める。
外見こそ子供だが中身は百寿を迎えた老人だ。
「服はそうだが、肉付きや骨格が違うぞ! 貧民にしては生き生きとしてやがる!」
「まさか、平民に手を出しちまったのか……?」
「……ん?」
刹那、やつらがオドオドしだした。
平民に手を出したら何かペナルティでもあるのだろうか。
「もう関係ねぇ! ここで殺っちまえば全部無かったことになる!」
「殺っちまうぞ!」
「……っ!」
※※※
「はぁ……はぁ」
その頃ルメアは、必死になってラナの後を追っていた。
「燃やせ」という単語を聞き出した直後、ラナは顔色を大きく変化させて走り出すという予期せぬ奇行。
彼女の後を追えば死体が幾つも横たわっていた。
どれもこれも魔法が使われた痕跡があり、無惨な最後を迎えていたのだ。
が、あらゆる部位を切断し、手柄にせんとしていた者たちと考えれば救いようはない、とルメアは奴らの死に様に目を背けた。
「これは……」
ルメアがたどり着いた先、そこにあったのはただの平屋。
それも、ルメアの隣家ではないか。
彼の家に比べれば立派ではあるものの、貧民というイメージは抜け出せない家だった。
家屋の扉前に彼女は立っていた、と思えばラナは膝から崩れ落ちた。
肩を上下に動かし、小さな嗚咽が聞こえる。
ルメアは近寄るか躊躇ったが、足を踏み出す。
「アタシ……やっぱり無理。戦いたくない」
「理由を聞いてもいい、かな」
「やだ……離れたら、この家が燃やされちゃう」
「君にとってこの家は大事、なんだね」
「……違う。思い出が、あるから……ずっと囚われてる。パパとママと暮らした最後の、場所、だから……ぁ」
家を燃やされることは思い出を燃やされ、過去の牢獄から開放されることと同義。
前を向くキッカケとなり、未来を視ればメリットにもなるのだろうが彼女には理解できない事柄なのだ。
ルメアは言葉に詰まった。
引き戻すことは──もう不可能だろう。
彼女がこの地の呪縛に囚われ、家族との思い出を宝として扱う限り彼女は動かない。
死ぬ可能性は先の事態を見れば考えられないが、将来を考えれば引き剥がさなければ。
「でも、前を向いて行かないと。ご両親もきっと君に」
「分かった気にならないでよ! そうやって言葉巧みに引き剥がそうとしないでよ、アタシから最後の宝を、取らないで……ぇっ」
「……っ」
どうする、どうしたら良い。
こんな時、こんな時ムミョンなら彼女になんて声を掛けるだろうか。
真面目なことを並べることしか出来ないルメアに比べ、ムミョンは場面に応じた言葉を投げかけることができる。
まるで、既にその場面に何回も遭遇しているかのように。
「アタシ、行かない。もう、ここに、いる……」
「今に向き合って欲しい、なんて言えないなぁ」
膝をつき、現実ではなく在りし日に思いを馳せている背中を見たルメアは小さく呟く。
自分はきっと彼女を動かすことはできない。
これを出来るのは恐らくムミョンだけだろう。気の利く言葉を掛けることができる、彼だけにしか務まらないと、彼は考えた。
「分かった。オレは戻るよ。でも、助けが必要な時はいつでも──」
「やだ、もう誰も信用しない……二人について行ったら思い出を燃やされそうになった。だから、誰も信じない」
「……そんなの、つらいよ」
「つらくない、もうヘッチャラだもん……。戻りたい……みんなと暮らしていたあの時に戻りたい。出来ないなら一生その思い出に溺れてたい……」
これはもう無理だ、そう思ったルメアは彼女から視線をズラした。
すると、土塁で盛られた塀の近くに茶色の土が盛り上がっていた。
少し血の滲んだ茶色の土には、石碑のように小さな石が立てられている。
隣のルメア邸にも同じような墓がある。
ルメアだって父母が亡くなった時は立ち直るのに時間が掛かった。
一週間という長い時間が掛かった。
自分ができたなら、君にも……言えるはずがない。
他人事を自分事として捉えることは吉だが、他人を自分と捉えるのは凶なのだ。
ルメアは言葉一つ発することなく彼女の元を立ち去った。
※※※
「おま……ぜっ、たい……ひ、みん、じゃ、ない」
「そうだよ。僕は、貧民じゃない。れっきとした名前もあるし、権利だってある。虫以下なんて言われる筋合いはないのさ」
最後の一人を刃を用いて葬った俺は、血でべっしょりになっていた。
洗い落とそうにも落とせないほどの血液量だ。まだ熱を持っているのか温かい。
「やっと、終わった。長いな試験は……」
「ちょっと君、いいかな」
早くルメアの元へと行かないと、そう思った時──全身を重岩に潰されたような圧迫感が迸った。
汗が自然と吹き出し、身が硬直した。
目を動かし、そして顔をゆっくりと振り返らせた。
「話を聞きたくてね。あ、敵意はないよ」
大海原のように深く青みがかった頭髪と、燃え盛る炎のような赤色の三白眼。
赤と黒を貴重とした剣士の装いから滲み出る闘気。
それだけでも呼吸が苦しいのに、圧迫感を助長させているのが腰に帯びている七つの星が装飾された剣だ。
「僕の名前は『剣神』アレクサンダー・ヴァール・ジークハルト──って言えば伝わる、かな?」
カリスティア王国の懐刀『剣神』が、訳も分からず目の前に現れた。




