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True Ending ― ずっといっしょ―

春の訪れを告げる暖かな朝日が差し込む謁見場大広間。


瓦礫が散乱する空間で、アルフォンスとリーンは向かい合って立っていた。

かつて華やかだった広間は今や見る影もなく崩壊していたが、

その中心に立つ二人の姿は輝いて見えた。


アルフォンスは堂々とした佇まいで右手には神具の剣「聖輝」を握っている。


リーンは静かに優しくアルフォンスに微笑む。

その瞳には深い愛情と少しの寂しさが決意の意思が混じっているようだった。


「アルフォンス様……実は私は……」


彼女がそう言いかけた途端――二人の周りが白く輝き始めた。

二人の間に突如として現れた白い光の柱から、徐々に姿が現れる。


銀色の長い髪が緩やかに揺れ、純白のドレスに身を包んだ美しい女性。

その手からは優しく暖かな光が溢れている。それは実体でなく幽体であった。


「フィリア様!」


リーンが驚きの声を上げる。アルフォンスもすぐに跪き頭を垂れた。


『二人とも本当に良くやりましたね』


女神フィリアは穏やかな声で語りかける。


『魔王ガルグリムを倒し、この世界の人々を守ったあなたたちに、

 私は心から感謝しています』


彼女は膝をつき、両者の肩にそっと触れる。


『アルフォンスよ、傷付きながらも立ち上がり、

 己の矜持を守り貫いた貴方の心に敬意を払います』


「恐縮です、フィリア様」

アルフォンスは敬意を込めて答えた。


『リーン……』

フィリアの視線がリーンに注がれる。


『貴女もよく耐え忍びました。真実を胸に秘め、

 愛する人を救うために戦いました』


「……はい」

リーンの目には涙が浮かんでいる。


『あなたたちの努力によって、この世界は救われました。

 これからは平和な時代が訪れるでしょう』


フィリアは微笑みながら二人の手を取る。


『どうか幸せになってください。あなた達が歩む道はきっと……

 輝かしいものとなるはずですから』


女神フィリアが二人から手を放しふたたび微笑む。


しかしリーンは首を横に振った。

「お待ちください、フィリア様」


フィリアは少し驚いた表情を見せる。

『どうしましたか?』


「私には……まだ果たすべきことがあります」

リーンの声は震えていた。


アルフォンスは黙って二人を見つめていた。

薄々感じてはいた……リーンが何か悲痛な想いを抱えている事を。


「アルフォンス様に……本当の私を知ってもらうのです」


女神フィリアは悲しげに眉を寄せた。

『それは……別れの道ではないですか?』


リーンはきっぱりと答える。

「真実を隠したまま愛されることに意味はありません」

「それに……私が消えても彼の心の中に残ります」


その決意に満ちた目に、女神はため息をついた。

『分かりました。あなたの選択を尊重しましょう』


フィリアが消えるように姿を消すと、リーンはアルフォンスに向き直った。


「アルフォンス様……お話があります」


彼は静かに頷いた。

「君が話したいなら聞くよ」


リーンの目に涙が滲む。様々な感情が渦巻いていた。


「私の過去のことです。私と……世界について」


一呼吸置いてから、彼女は覚悟を決め口を開いた。


******


―――


―――――


―――――――――――


「……そういうわけで……」


「私の本当の名前はリーンではなくアリシアだったのです。

 アルフォンス様を裏切り傷つけた愚かな女。私のせいでアルフォンス様を

 失ったのに、逆恨みで帝都を滅ぼした愚かな女なのです」


「でもフィリア様のおかげで……私は過去に戻り貴方を救いに来れて……」


「違う世界のアリシアと……この世界のアリシアが一つになったのが

 ……私なのです」



「アリシア……」

アルフォンスは困惑の表情を浮かべた。


全てを告げ終えたアリシアことリーン。


リーンはアルフォンスを裏切り傷つけ、本来の世界線なら見殺しにして、

あまつさえ己の自決にこの帝都の民も巻き込んだ。

アルフォンスと共に護った民をだ。


アルフォンスを裏切り死なせた自分が、アルフォンスの側にいる資格は無い。


後悔はないが――帝都を滅ぼした自分の手は血に染まってしまった。

リーン=アリシアはアルフォンスの側にいて良いとは思っていないと告解した。


「……自分はアルフォンス様から離れなければいけないんです。

 だけど……どこかであなたを見守ることだけは許してほしい…です」


「だから……さよならなんです」


リーンの告白が終わった瞬間、広間を支配するのは重い沈黙だった。


アルフォンスはただ静かに彼女を見つめていた。

その碧眼に映るのは非難でも軽蔑でもなく、深い理解と哀しみだった。


朝日が崩れた大理石の壁を黄金色に染め上げている。

散乱した瓦礫の上で二人の影が長く伸びていた。


アルフォンスはゆっくりと立ち上がり、

右手で腰に差していた神剣「聖輝」の鞘を押さえた。

それは何かを決意したような動作だった。


「リーン……いや、アリシア」


その呼び方にリーンの肩が微かに震える。


「確かに君は過ちを犯したかもしれない」


彼の声は静かだが、確かな芯があった。


「だが、君は償ったじゃないか。

 二つの世界の罪を背負い、俺のために戦ってくれた」


「ちがう……違いますっ!」


リーンは泣きそうな声で叫んだ。


「私のせいで……アルフォンス様が……」

「いいや」


アルフォンスは首を横に振った。


「君がいなければ俺は最初の世界線で死んでいた。

 あの苦しみの中で終わりを迎えていただろう」


彼は一歩リーンに近づいた。

その左腕があったはずの袖が風になびいている。


「君は俺の命を救ってくれた。そして、この世界の多くの命もだ」


「でも……私は……」

「もういいだろう?」


アルフォンスは優しく言った。


「君がどんな過去を持っていようと関係ない。今の君こそが大切なんだ」


彼は右手を伸ばし、リーンの頬に触れた。

温かい感触にリーンの全身から力が抜けていく。


「俺には君が必要なんだ。君がいない人生など考えられない」


その言葉は雷のようにリーンの心に突き刺さった。涙が堰を切ったように溢れ出す。


「それでも私は……私が許せないんです」


リーンの声は震えていた。


「この手は血で汚れてる。この身体は穢れているんです。

 アルフォンス様に差し出せるような清らかさなんて……もう」


彼女は両手で自分の肩を抱きしめた。

かつてアリシアと呼ばれた魂が、自らに課した呪いから逃れられないように。


「リーン……アリシア……」


アルフォンスは言葉を探していた。彼女の痛みが痛いほど伝わってくる。


「それでも……俺は」

「いいえ!」


リーンは首を激しく振った。


「私は……私は……」


言葉が詰まり嗚咽だけが漏れる。


重い空気が二人を包んだ。

朝日の柔らかな光さえも、その暗い空間には届かないようだった。


アルフォンスはどうすればリーンの心を解き放てるか必死に考えた。

だが適切な言葉が見つからない。彼女の苦しみは深すぎた。


その時――


『ちょーっと待ったぁー!』


突然、広間に響き渡るフィリアの甲高い声。

アルフォンスとリーンは驚いて顔を上げた。


先ほどまでの荘厳な雰囲気はどこへやら……

突如、姿を現した女神フィリアの様子は全く違っていた。


『もう! いつまでくよくよしてるのよっリーンちゃん?』


フィリアは腰に手を当て仁王立ちしている。


『それに、その身体っ!せっかく私が一生懸命作った身体なんだよ?』


『しかもアソコだって私のを真似て創ったピッカピカの新品なんだから!

 女神の未使用のアソコだよっ? 穢れてるわけないでしょっ!!』


突如として響き渡る女神フィリアの爆弾発言。


リーンの表情が固まり、アルフォンスの端正な顔立ちにも明らかな……

いや、その手の話しに疎い分、完全に戸惑いの色が浮かぶ。


「フィリア様……一体……何を……」


アルフォンスは言葉を失った。

目の前で腕を組んで怒ったように立っているのは、

つい数分前まで威厳ある女神として振る舞っていた存在なのだ。


しかし今やそこには、俗っぽくて陽気なお姉さんの姿しかない。


リーンの方を見てみると、彼女は顔を赤らめながらも、

どこか懐かしいものを思い出しているような表情をしている。


「アルフォンス様……」


と小さな声で彼に何かを伝えようとしたが、言葉が見つからないようだった。


『ああもう!』


フィリアは苛立たしげに地団駄を踏んだ。

いや地面が実際に揺れたわけではないが、それくらいの迫力があった。


『ほんとに意固地なんだから!リーンちゃんったらっ 拗らせちゃってさ!』


「それは……」


リーンが口ごもる。その目は困惑と恥ずかしさで潤んでいた。


『まあいいや。とりあえずこの件は一旦置いておきなさい。それより聞いてよ』


急に冷静になったフィリアが両手を腰に当てる。


『実はね、あなたたちにお願いがあるの』


その声音は先ほどまでとは違い、真剣味を帯びていた。

アルフォンスとリーンは自然と姿勢を正し、女神の次の言葉を待った。


『あなたたちがここでガルグリムを倒してくれたのは素晴らしい功績だわ。

 でもね……問題はまだ残ってるの』


「問題……ですか?」


アルフォンスが慎重に尋ねる。


『そう』


フィリアは頷いた。


『つまりね』とフィリアが指を立てながら続けた。


『この世界ではずっと前から異世界人を勇者として召喚して

 魔王に立ち向かってきてたのよ。あなたたちも知ってるでしょ?』


アルフォンスとリーンは同時に頷いた。それはこの世界の基本的な常識だ。

少なくとも100年単位で繰り返されてきた歴史的事実である。


『でも今回のケースは特別だったじゃない? クズマのせいで……

 アルくんもリーン……ううん、アリシアちゃんも酷い目にあったわけでしょ?』


リーンの肩が小さく震えるのをアルフォンスは見逃さなかった。

彼女の胸中に複雑な感情が渦巻いているのが伝わってくる。


『それでね』


フィリアは少し真剣な表情になった。


『いつもならアッチの世界はたくさん人がいるから、

 勇者の1人や2人は問題なく借りれてるけど……今回は事情が違うのよね』


女神はくるくると長い銀髪を指で弄びながら続けた。


『アリシアちゃんの頼みでさ……、

 あのクズ男に色々と"アッチの世界"でも罰を与えちゃったでしょ?』


「……アリシアが?」


アルフォンスの声には純粋な驚きが滲んでいた。

リーンは気まずそうに目を伏せる。その頬が微かに紅潮している。


『そうなのよ』


フィリアは肩をすくめた。


『アッチの世界の人間の因果を無理矢理弄ったわけだからさ……

 なんか目に見える形でお礼しないといけなくなっちゃったのよね~』


「……目に見える形?」


アルフォンスとリーンの声が重なる。

二人とも未だ状況を飲み込めていない様子だ。


『そうそう、目に見える形でね~』


フィリアは指を立てて宙で円を描いた。

その仕草は何とも軽やかで、神々しさよりも親しみやすさが先に立つ。


「どういうことでしょうか?」


アルフォンスが質問すると、


『要するにね』


フィリアは軽くウインクした。


『こっちの世界の誰かをアッチの世界の"住人"として

 差し出すのが一番良いんじゃないかなって思ってるのよ~♪』


その言葉に二人は息を飲んだ。アルフォンスの眉間に深い皺が寄る。

リーンは目を丸くして立ち尽くしている。


「住人……ですか?」


アルフォンスが重々しく確認すると、

フィリアは楽しそうに指を鳴らした。


『そ! 今までの召喚のツケというか返済っていうか~。

 こっちの世界から誰かを向こうに派遣してさ、

 そこで普通に生活してもらって……』


そこで女神は一呼吸置いた。


『もちろん勇者としてじゃなくてただの一般人としてね。

 向こうの世界のバランスが乱れない程度に力を抑えてさ~

 まあ、そういう風にバランスをとっているってワケなのさっ!』


アルフォンスは難しい顔で考え込んだ。

一方のリーンは表情を変えずに女神の話を聞いている。


「それで……具体的に誰を……?」


アルフォンスの問いに対し、フィリアは指先で宙に弧を描いた。

まるでその動きだけで何かを示唆するように。


『それを今から"お願い"しようと思ってたんだけどね~♪』


女神はそう言いながらも既に結論が出ているかのような口ぶりだった。

アルフォンスは思わずリーンの方を見る。彼女はまだ何かを考えている様子だった。


「私が……行きます」


その言葉にアルフォンスはハッとして彼女を見た。

リーンの瞳には覚悟の光が宿っている。


「アルフォンス様はこの世界にとって必要なお方です」


リーンは真っ直ぐにアルフォンスを見つめた。


「それにこれは全て私の招いたことです。ですから……」


「いや!」


アルフォンスは語気を強めて遮った。


「リーン……君が行くなら俺も行くぞっ!」

「そんなっ アルフォンス様はこの世界に……!」


リーンが反論しようとしたところにフィリアが割って入る。


『それでね~ ちょうど二人くらい必要だと思ってたのよ~♪』


そしてアルフォンスに向かってウインクを飛ばす。


「それでも……」


リーンは決然とした表情で言った。銀色の髪が微かに揺れる。


「なんとか……私一人だけで……」


彼女の瞳には譲れない決意が宿っていた。


アルフォンスは静かに彼女を見つめ返した。

その視線には穏やかながらも揺るがない強さがあった。


「リーン」


彼の声は低く、しかし確かな響きを持っていた。


「君は俺を……"どこかで見守っていたい……"と言ったはずだ」


彼の視線が微かに鋭くなる。


「だが……異世界に行ってそれが叶うのか?」


「それは……」リーンは言葉を詰まらせた。


「それとこれとは話が違います!」


「いいや」アルフォンスは静かに首を振った。


「リーン……いいや、アリシアから言い出したことを俺は破ってほしくない」


その言葉にリーンの動きが止まった。彼女の唇がかすかに震え始める。


『はーい!ストップ~☆ アルくんの勝ち~♪』


フィリアが突然両手を広げて宣言した。その明るい声にリーンは肩を落とす。


『じゃあ決まりねっ 二人で行ってもらうから!

 これ以上ゴチャゴチャ言ってもダメだよ~?

 私は決めたら変えない主義なんだも~ん♪』


女神はウィンクしながら舌をペロリと出した。


その無邪気な態度にリーンは何も言えなくなった。

確かにフィリアは一度決めたことは決して覆さないのだ。


「そうですね……わかりました」


リーンはため息混じりに認めた。

その横でアルフォンスが微かに微笑んでいるのを感じる。


『さてと~』フィリアが指を立てて話を続ける。


『あなたたちも、コッチで色々やることもあるだろうから、

 一ヶ月くらいしたらアッチに連れてくからね~♪』


アルフォンスはすぐに頷いた。その表情には迷いがない。


「承知しました」


『リーンも異論はないわよね~?』


フィリアの問いかけにリーンは複雑な表情で頷いた。


『それとね! 安心しなさい!』


フィリアは胸を張った。


『アッチの世界で困らないように色々用意しておくから!

 ちゃんとアッチの住民の一人として生活できるようにするからね~♪』


『あと! アッチが慣れない異世界だから~お家は二人一緒で住んでね~♪』


「はっ?」

「えっ?」


アルフォンスとリーンの声が重なる。


その意味を理解した瞬間、二人とも顔を赤らめた。

リーンは慌ててフィリアの方を見る。


「フィリア様っ! それは……!」


しかし女神はすでに背を向けていた。


『いってらっしゃ~い♪』


女神フィリアは実に有言実行であった。


アルフォンスとリーンはおよそ一ヵ月の間、帝都の復興に尽力した後、

フィリアの強引な迎えによって、二人にとっての異世界――


日本の沖縄諸島の外れにある小さな孤島「アマミヤ」の白浜に立っていた。


******


――


――


――


---------------------------------------------


魔王を倒した後の一ヶ月間、

アルフォンスとリーンはそれぞれの役割を果たしていた。


アルフォンスは自身の副団長だったエリックに別れを告げ、後を託した。


一方のリーンも、アリシアとしての過去の清算と、

自身とカズマの被害者だったミリアの名誉回復に尽力していた。


そして復興が進む帝都での日々を互いに過ごしていたある日、

二人は女神フィリアによって突然この場所に連れてこられていたのだ。


まさか自分達が異世界に来るとは思わなかった。しかも、ただの住民として。


後で知った事だがこの世界には魔物も魔族もいない。故に魔物たちとの戦いも無い。

日々の生活で危険に脅かされる事が二人の常識とは、かけ離れて少ないのだ。


もちろん文化の発達状況も違う世界。驚きはたくさんあった。だが――


何よりも目の前に広がる地平線と全く異なる初めて見る水平線という光景。

そして……途轍もなく澄んだ青く美しい水面に青い空が広がっていた。


自分たちの世界でも話に聞いたことしか無かった海と言う光景に唖然としたのだ。


『ほら見て! この広い海! あなたたちの世界では見た事無かったでしょう?』


女神は白い衣を翻し、青く広がる海を指さした。

アルフォンスとリーンは言葉を失ったままだ。


『君たちが背負ってきた重荷も、こんなに広い海に比べれば

 ちっぽけなものなんだよ』


フィリアの顔には満面の笑み。


『だからここで一旦全部忘れて、新しい人生を始めてみなさい。

 誰も君たちを知らないこの島でね』


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リーンは水平線に沈みゆく夕日の美しさに改めて見惚れていた。


「どうした?」


アルフォンスの声がリーンを現実に引き戻す。

鈴は振り返らずに呟いた。


「最初の日を思い出していました」


あの日、気づけば二人は裸足で砂浜に佇んでいた。

頭上の青空と目の前に広がる広大な水の領域。


「ねえ……アルフォンス様」


「ん?」


アルフォンスは柔らかな表情で彼女に問いかけた。


「最初にこの浜辺に来たときのこと覚えていますか?」


鈴の碧い瞳が夕陽の光を映し出し、琥珀色に輝く。

或は少し考え込んだあと、懐かしそうに目を細めた。


「ああ……覚えているとも。正直……驚いたな」


確かにかつて二人が暮らしていた世界では、

湖や川はあるものの海ほどの広大な水域は存在しなかった。


この世界の海は違う。


陽光を浴びて幾千もの宝石のように煌めき、水平線の向こうにどこまでも続くような開放感。


「それに匂いも……」鈴は鼻をひくつかせた。


「そういえば潮の香りを知ったのも初めてだったか……」


遠くに見える小さな船影。浜辺で遊ぶ子供達の姿。

穏やかで、色彩豊かで、暖かい。


「アマミヤ」の住人となった二人。これが彼らの新しい日常なのだ。


「俺らは本当に遠くに来たんだな……」


「そちらはどうですか? 駐在所の仕事は忙しいでしょう」


リーンが振り返ると、砂を踏む音が近づいてきた。

西日が彼の短い銀髪に金色の輝きを与えている。


「あ……ああ、慣れてきたかな。でも色々頼られるのはどこも変わらないな。

 さっきも漁師のおじいさんから網を片付けるのを手伝ってくれって頼まれたよ」


アルフォンスは少し照れくさそうに笑った。

かつての勇者の面影は微かに残っているものの、

今の彼は島の一員として溶け込んでいる。


「そう……」リーンは水平線に視線を戻した。


「ここの海は本当に美しい。私たちの世界では見たことがなかったもの」


「リーン」或は優しく呼びかけた。「いや、今は鈴か……」


二人は向かい合った。潮風が彼らの間に静かに吹き抜ける。


「俺たちはもう違う世界の人間なんだ。この世界で生きていくしかない」


「はい……わかってはいます……」リーンは静かに言った。


「なら……

何か意を決して踏み込むアルフォンスにリーンは、


「夕飯が出来ているから家に帰りましょう」

とアルフォンスから目を逸らし家に向かって歩いて行く。


アルフォンスは頭を振り、リーンの後を行くのだった。


---


テーブルにはリーンの手料理が並んでいた。


地元産のメアジを薄く叩いて昆布締めにしたものに柑橘風味のソースをかけた前菜。

トマトの旨みを凝縮した冷製スープ。島野菜と海藻を炒めた一品。


「ありがとう」

アルフォンスは椅子に腰掛けた。


「いえ……」

鈴は控えめに微笑んだが、やはり表情は精彩に欠けていた。


箸を持ちながらもお互い口数が少ない。

浜辺での会話が尾を引いているのか、二人とも考え事を抱えていた。


「旨そうだな……」


アルフォンスがかすかに呟いたが、言葉は空中に浮かんだまま消えた。


ふと気づけばリーンがアルフォンスのグラスに麦茶を注いでいる。

無言のままお互いの動作だけが空間を満たしていく。


食器の擦れる音が耳に刺さるほどに静かな時間が流れる。


しかし―。


『うーん! 料理うまくなったじゃない鈴ちゃんっ!』

『あっコレ美味しいっ♪』


突然の賑やかな声と共に、食卓の一角が明るく輝いたように見えた。


二人がはっと顔を上げると、そこにフィリアの姿があった。


白く眩しい長髪を揺らし、透き通るような肌を覆う純白の衣装。

まるで光の精霊が舞い降りたかのようなその存在感は圧倒的だった。


「フィリア様っ!?」


アルフォンスが目を丸くする。


「いつの間に……」


リーンは箸を持つ手を止めて驚愕していた。

だが女神フィリアは気にすることなく自分の分の皿に勝手に盛り付けている。


『お邪魔してるわよ~。あっ、コレおいしいじゃん』


女神は既にメアジの昆布締めを口に入れ、幸せそうな顔を浮かべていた。


「あの……」

リーンが困惑しながら尋ねた。

「どうやって……家に入ったんですか?』


『えっ? 普通に入ってきたけど?』


フィリアはきょとんとした顔をした。

確かに扉が開いた音も聞こえなければ鍵がかかっているはずなのだが……。


『そんなことはどうでもいいじゃない』


女神は笑顔で言った。


『私がいたら楽しくなるでしょ?』


アルフォンスとリーンは顔を見合わせた。

確かに女神が現れてからの食卓は明らかに空気が変わっていた。


「はぁ……」

アルフォンスが溜息交じりに苦笑した。


「女神様って本当に自由奔放ですね」


『そうよ』


フィリアは得意げに胸を張った。


『だって私女神だし?』


リーンも思わず吹き出した。


「まぁ確かに……」


『うーん!』女神はさらに料理を口に運びながら叫んだ。


『やっぱり一人じゃなくてみんなで御飯食べると美味しいわねぇ〜』


フィリアの口調は相変わらず明るくて強引だ。


『って言いたいけど、何?この沈黙は?』


女神は鋭い眼差しで二人を見つめる。


『二人とも黙りすぎでしょ!?』


彼女のハイテンションな声が狭い食卓に響き渡った。


「あ……えっと……」

リーンは少し戸惑いながら答えた。


「互いに……ちょっと考え事をしていまして……」


『もう!堅苦しいわねぇ』


フィリアは頬を膨らませた。『何?この家テレビないの?』


「はい……」アルフォンスは素直に答えた。


「あまり慣れて無いのもありますけど……特に必要ないかなと……」


『昨今テレビ離れが進んじゃってるけど』

フィリアは諭すように言った。


『夫婦の会話のネタとしては今も有用なんだよっ?』


アルフォンスとリーンは同時に目を見開いた。


「夫婦っ!?」

アルフォンスが慌てて否定する。


「いや違います!俺らはまだ……」


『ああ"まだ"ね!』


フィリアはアルフォンスの言葉を遮った。


『まあ似たようなものでしょ♪』


「いえ……そういうわけでは……それに私は……」


リーンは俯いてフィリアに否定をしようとしたが……


フィリアはリーンの言葉を遮りながら両手を広げて天井を仰いだ。


『そう言えば二人ともまだ籍を入れてなかったのね!』


アルフォンスとリーンの抗議を完全に無視して彼女は続ける。


『でも時間の問題でしょ?』


「えぇ……」リーンは困った表情を浮かべている。


「いや……それは……」アルフォンスも言葉に詰まった。


『もう!二人とも何モジモジしてるのよ!』


フィリアは勢いよく立ち上がり、箸を置いた。


『そんな雰囲気の時は外に出るべきよ!』


「外に?」


『そうよ』女神は自信満々に答えた。


『満天の星空の下で語り合えば何でも解決するのっ!』


「解決って……何の……」リーンが小さな声で尋ねる。


『もちろん二人の関係についてよ!』


「フィリア様!」アルフォンスが呆れた声を出した。


「勝手に話を進めないでください……」


『えっ?嫌なの?』フィリアが不思議そうに首を傾げる。


『だって二人とも本当は共に生きていきたいんでしょう?』


その一言にアルフォンスとリーンは黙ってしまった。


『ほらね!』フィリアは得意げに指を立てた。


『じゃあ決まり!今すぐ外に行くわよ!』


そう言うなりフィリアは窓を開けて飛び出した。

後には箸を握りしめたままの二人だけが残された。


「……」

「……」


「行くか……」アルフォンスが小さく呟いた。

リーンは無言で頷き、静かに食卓を立つ。


こうして三人は夜の砂浜へと向かうこととなった。


---


夜の闇に包まれた砂浜に月明かりが柔らかく降り注ぐ。


波の音が規則正しく耳に届く中、三人は並んで歩いていた。

フィリアが中心に立つと両側にアルフォンスとリーンが自然と位置取る。


「フィリア様……」

アルフォンスが口を開いた。

「一体何を考えているんです?」


『何って?』女神は不思議そうに首を傾げた。

『私はただあなたたち二人のために行動しているだけよ』


「私のため……」リーンが小さな声で呟く。

その碧い瞳は夜の海の深さを映し出していた。


『ねぇねぇ』


フィリアは歩みを止め、くるりと二人の方を振り返った。

月明かりに照らされた白い姿は幻想的なまでに美しい。


『二人ともこっちに来てから三ヶ月経つけど……』女神は二人を交互に見つめた。


『ここの暮らしは満足できてないの?』


アルフォンスとリーンは思わず顔を見合わせる。


『それに……』


フィリアの声は少し沈んだトーンになった。

『ここの人々から受け入れられてない……?』


その質問にリーンは胸が痛んだ。確かに最初は違和感があった。


「いえ……」アルフォンスが先に口を開いた。

「決してそのような事はありません」


『本当?』


「はい……」リーンも続けた。

「私たち……」彼女は小さく息を吸った。


「或と鈴として……この島の皆さんからとても良くしていただいています」


フィリアは満足げに微笑んだ。


『じゃあなぜそんな暗い顔をしているの? 或くんに鈴ちゃん』


その問いに二人は、はっとする。


この世界の人間としてアルフォンスが"或=ある"、リーンが"鈴=りん"、

受け入れられている自分、受け止めている自分に気付いたからだ。


月明かりの下でフィリアは深く息を吸い込んだ。


『そう、ここはもう違う世界』


『あなた達の過去の良い思い出はそのままで良いけど、

 良く無い思い出は前世にあった悪い夢って思っておけばいいの』


女神は柔らかな笑みを浮かべた。


『だってあなたたちはアルフォンスとリーン……アリシアではなく、

 或くんと鈴ちゃんとして生きていくのだものっ!』


アルフォンス——或は思わず自分の右手を見つめた。

かつて切り落とされた左手はそこにあり、確かな血が通っているのを感じる。


『この世界……少なくとも島の人たちは、

 あなた達を或と鈴として受け入れてるんでしょう?』


リーン——鈴の頬が月光に照らされて微かに赤くなる。


『それにね。』フィリアの声が一段と高くなった。


『この世界の住人になった二人の可能性はすごいのよ?』


彼女は両手を大きく広げた。


『とりあえずね。この島に連れて来たけど、あなた達はどこにでも行けるの。

 前の世界の比じゃないわ。いくらでも可能性があって、どこにでも行ける』


その言葉はまるで新しい風のように二人の心に吹き込んできた。


『そんな世界に来て、そこの住人として生きて行くなら……』


フィリアは指を二本立てて得意げに続けた。


『やっぱり一人よりも二人のほうが良いわよね……?』


彼女は意味深な視線を二人に投げかける。


『ねえ、或くんに鈴ちゃん?』


「……」アルフォンス——或が言葉に詰まる。


「その……フィリア様……」リーン——鈴が恐る恐る口を開いた。


「私達は……その……」


『ほらほら照れないの!』


フィリアは二人の肩に手を置いて励ますように言った。


『本来はね~ 人生は一度きりなんだからねっ!』


アルフォンス——或は深い息を吐いて決意を固めた。


「フィリア様……俺は鈴と共にこの世界を生きて行きたいと思います」


その言葉にリーン——鈴の碧眼が大きく見開かれる。


『それで良いのよ!』


フィリアは満面の笑みを浮かべて二人を見つめた。


『あなた達には新しい人生があるんだから!』


『もちろん辛い事もあるかもしれないわ……』


彼女の声が少しだけ低くなる。


『でもね、それを乗り越えてこそ本当の幸せが掴めるの』


フィリアは真剣な表情で続けた。


『私は信じてる……あなた達ならきっとできるって』


---


二人に発破をかけたフィリアは、

『じゃあ晩御飯ご馳走様っ鈴ちゃんっ、また来るねっ』

と言って去ろうとする。


彼女は軽快に手を振って歩き出したが突然立ち止まり、

アルフォンス—或の耳元に顔を近づけた。


『ほらっ或くんっアレ渡すんでしょっ? 今がチャンスよ?』


囁き終わるとフィリアの姿は砂浜に溶けるように消えていった。


零れ落ちそうな星空と押し寄せる波に包まれ、砂浜に佇む二人。

月明かりに照らされた海は銀色の波紋を描き、静寂の中に波の音だけが響いていた。


或はポケットの中を探りながら深呼吸をした。


「……鈴」


彼の声は波音にかき消されそうなほど小さかった。


「はい……」


鈴—リーンの返事は少しだけだが……確かな緊張を含んでいた。

彼女の長い銀髪が海風に揺れている。


「あのさ……」或はポケットから取り出した小さな箱を握りしめた。

「これを……君に渡したい」


リーンの碧眼が大きく見開かれる。彼女はゆっくりと箱に手を伸ばした。


「これは……?」


「指輪だよ」或は恥ずかしさを隠しながら言った。


彼は目を逸らし、波打ち際に視線を落とした。


「駐在所の先輩に結婚したいなら……

 給料の三カ月分くらいの指輪を贈るって聞かされたんだ」


「あ……」リーンは何かに気づいたように小さく声を漏らした。


「まあ、実際は絶対のしきたりとかじゃ無かったんだけどな……」


「でも……」或は彼女の手を取り、

箱から取り出した指輪をそっと彼女の左手の薬指にはめた。


「俺はずっと……ずっと本気なんだよ……」


リーンの頬を一筋の涙が伝う。それは喜びなのか驚きなのか。


「鈴……」或は彼女の名前を優しく呼んだ。


「俺と一緒に、この世界で夫婦として……生きていってくれませんか?」


「俺と……結婚してください」


その言葉が波間に溶けてゆくように、静かな空間が二人を包み込んだ。


リーンの碧眼からは静かに涙が流れ続けていた。


彼女は必死に感情を抑えようとしているようだったが、

溢れる想いを隠すことはできなかった。


「……」或は不安げに彼女を見つめていた。


これまでの人生で初めて口にする言葉だった。


エイリュシオン帝国での彼の過去は悲惨なものであり、

こんな瞬間が訪れることなど想像もできなかった。


リーン—いやアリシアとの絆も一度は断たれたと思っていた。

しかし今、彼女は目の前にいてくれる。

同じ気持ちでいるのではないかと思うと心臓が早鐘を打つのを感じた。


---


リーンは瞼を閉じ、深呼吸をした。

それは彼女の中で何かが変わる瞬間だった。


(今までずっと……自分の罪をただ誤魔化してきただけだったのかも……)


アリシアとして。聖女リーンとして。過去の傷を抱えたまま、

アルフォンスの求愛を真正面から受け止めることができなかった自分。


(でも……今は違う)


このアマミヤの島に連れられ、住民となってから三ヶ月。

鈴として過ごしてきた日々が教えてくれた。


もう過去の呪縛に囚われる必要はないのだと。


彼女はゆっくりと目を開けた。そこに映るのは銀髪碧眼の青年——

或の真摯な眼差しだった。


「或……」彼女は震える声で呼んだ。


「私も……あなたと一緒に生きていたい」


その言葉が終わるや否や、或は鈴の細い体を強く抱きしめた。


「本当に……俺といてくれるのか?」


「うん……」


鈴は彼の胸に顔を埋めた。


「或と……ずっと一緒に」


心が決壊したように彼女の目から涙があふれ出す。

それは歓びと安堵の涙だった。


---


波の音だけが響く静かな砂浜。


満天の南十字星が降り注ぐ中、二人は互いを強く抱きしめ合った。


(もう迷わない……)


鈴は心の中で誓った。


(この温もりを……もう二度と手放したりしない)


「鈴……」或の低い声が耳元で響く。


「俺は君を……誰よりも大切にするから」


その言葉に鈴は小さく頷いた。


二人の唇が自然と重なる。


それは触れるような優しいキスから始まり、

徐々にお互いを求め合う熱い口づけへと変わっていった。


(なんて幸せなのだろう……)


鈴は目を閉じ、或の体温と鼓動を感じ取る。

この瞬間のために生きてきたような気がした。


「鈴……」


或が耳元で囁いた。


「俺たち……一つになろうか」


「うん……」


鈴は恥じらいながらも微笑みを浮かべた。


二人は互いの手を取り合い、波打ち際に沿って静かな茂みの方へと歩いて行く。


満天の星空が彼らの影を地面に映し出し、潮騒が優しく背中を押してくれる。


茂みの奥に隠れるように横たわった二人。


月明かりが彼らのシルエットを淡く照らし出していた。


「怖くない?」或が優しく問いかける。


「ちょっとだけ……でも、平気」


鈴は震える声で答えた。


「或と一緒なら……きっと大丈夫」


その言葉に或は笑みを浮かべた。


彼の指が鈴の白いワンピースのボタンを一つずつ外していく。


「綺麗だよ……鈴」


彼の声が熱を帯びていた。


「こんなにも……輝いて見える」


鈴の頬が羞恥で赤く染まった。


「恥ずかしいよ……」


しかし彼女の瞳には確かな決意があった。もう逃げるつもりはない。


「全部……見せてほしい」


或は彼女の細い腰に手を回し、引き寄せた。


二人の影が一つになる。


波の音に混じるように、鈴の小さな声が漏れた。


「或……好き……」


「俺もだよ……鈴」


互いの存在を感じる度に胸が高鳴る。

それは痛みでもあり、同時に幸福感でもあった。


或の手が彼女の滑らかな肌に触れ、鈴は恥じらいながらも体を委ねていく。


夜風が熱を冷ますように二人の間を駆け抜けたが、

それさえも彼らの情熱を掻き立てる火種となっていた。


「鈴……」或の声が震えた。


「もう止まらないよ」


「いいよ……」


鈴は彼の首に腕を回し、抱きしめた。

二人の距離が限りなくゼロに近づいていく。


波の音が遠ざかり、

二人の息遣いと微かな衣擦れの音だけが耳に残った。


満天の星空の下、


鈴は或と文字通り一つになる感覚を味わっていた。


それは痛みを伴う行為であったが、

同時に圧倒的な幸福感に包まれていた。


「鈴……」


或の声が苦しそうに響いた。


「愛してる……」


「私も……愛してる」


鈴は涙を流しながら応えた。


この瞬間のために生きてきたような気がした。


二人の影が星空に溶け込んでいくかのようだった。


波の音が再び耳に戻ってくる。


それはまるで二人の新たな始まりを祝福するかのように。


満天の星々が降り注ぐ中で、鈴と或は確かに一つになった。


その温もりを感じながら、


鈴は新たな人生が始まることを確信していた。


---


夜明け前の静寂の中で、鈴は或の胸に抱かれていた。

二人の心臓が同じリズムで打っているのが分かるほど近くに感じる。


「鈴……」或が囁いた。「大事なお願いがあるんだけど……」


「なぁに?」鈴はまだ余韻に浸ったまま問い返した。


「実は……指輪の手配を駐在の先輩にバレてさ……」


或は照れくさそうに頭を掻いた。


「それで多分……すぐにでも結婚式とかって話になりそうなんだ」


鈴は驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「嬉しい……」彼女は或の腕の中で体を起こした。


「私、結婚式したいっ。或と一緒ならっ」


その答えに或は安心したように微笑んだ。


「ありがとう、鈴。じゃあ、島のみんなにお披露目しようか」


---


アマミヤ島の集落では朝早くから準備が進められていた。


海辺に設置された簡素な祭壇に、白い花で彩られた布が敷かれている。

島の人々が持ち寄った鮮やかな織物が風に揺れていた。


「おめでとう!鈴ちゃん!」集まった人々が次々と祝福の言葉を投げかける。


鈴は白い島の花嫁衣裳を身に纏い、頭には島の花々で編まれた冠を載せていた。


「素敵よ」「幸せそうでよかったわ」「これで正式な夫婦ね!」


村人たちの温かい言葉に、鈴は笑顔を返す。


或は島の伝統的な藍色の着物を羽織り、髪を後ろで束ねている。


「これは……緊張するな……」彼は小声で呟いた。


「大丈夫……」鈴が優しく言った。「皆さんの前で、私たちの気持ちを誓おう?」


太陽が水平線から顔を出し始めると、神主役の老人が二人の前に立った。


「この晴れた日に、二つの魂が永遠に結ばれますように」


海から吹く風に乗って、花々の香りが漂ってくる。

珊瑚の白い砂浜が朝日の金色に染まっていた。


或と鈴は互いに向かい合い、しっかりと手を握った。


「俺……いや、僕は鈴を生涯大切にします」


「私も或さんと一緒に生きていきます」


村人たちが拍手と歓声で応える。子供たちは花びらを空に向かって投げた。


白い鳥たちが群れをなし、新郎新婦の上空を旋回している。

二人の頬を撫でる優しい風にフィリアの笑顔が見えた気がした。


海からの波音が祝福の音楽のように響き渡る中――

或は鈴の左手の薬指に銀色の指輪をそっとはめた。


「これからは……いや、これからもずっと一緒だ」


「うん……ありがとう」


二人は誓いのキスを交わす。


太陽が完全に姿を現し水平線が黄金に輝き始めた瞬間――


島全体が喜びの雰囲気に包まれた。


「鈴ー!綺麗だぞ!」

「アルー!羨ましいなぁ!」

「今夜は宴だ!」


村人たちは踊り出し、歌い出し、酒を酌み交わす。


島の若夫婦となった或と鈴の微笑みながら浜辺を歩いた。


「見て、或……」


彼女が指さしたのは東側の浜辺に佇む石碑だった。


『天の涙 落ちたるところ 白銀の浜と白き貝殻 愛する二人のための地なり』


その石碑に刻まれた詩を読み終えると、二人は顔を見合わせて笑った。


「私たちのことみたいね」

「ああ、そうだな」


そして二人は再び手を取り合い、

島民たちの輪の中へと歩いていった。


鈴の白いワンピースが風に舞い、

或の銀髪が星々の煌めきを浴びて輝いている。


アマミヤ島の星空は、二人の新たな門出を優しく見守っていた。



True End



《BGM Aqua Timez 『小さな掌』》


ありがとうございます。完結出来ました。

今まで読んでくださって応援してくださった皆さんのお陰です。

ありがとうございました!



以下、続編予告です!


日本の南。沖縄諸島の外れにある小さな孤島「アマミヤ」。突如飛来する宇宙の魔族=インベーダー。この島の駐在として平和を守るかつての勇者アルフォンスは若葉マークを着けたパトカーでの警ら中、襲われそうになっていたヨメのリーンを助けようとする。 封印から解かれた自身の勇者のチカラでも太刀打ちできない敵に襲われ、避難した古寺でアルフォンスは「地球の生き物のために戦え」と不思議な声を耳にする…。それは地球の意思が“新たなる伝説の勇者”を生み出す瞬間だった。地球の意思を伝える オー〇ンに選ばれ新たなる勇者となったアルフォンス。そして地球の意思によりパトカーが融合してロボット「ダ〇ガーン」が誕生する!


次回、燃え尽きた灰から蘇るもの新章 伝説の勇者ダ〇ガーン


『地球からのメッセージ』


嘘です。すいません。最後に絶対したいと思ってたネタです。

次回作は落ち着いた後、掻き貯めが出来たら始動します。

おそらく本作よりは短めにすると思いますが、おふざけ無しで真面目に作るか、

逆かのどちらかで、フィリアみたいな悪役令嬢モノでもやろうか悩んでます。


では、またの機会に。ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした! 毎日更新を楽しみに待っていました。 納得のハッピーエンドでした! 二人とも、特にアリシア/リーンはよく頑張った! 楽しく読ませて頂きました。
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