表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃え尽きた灰から蘇るもの  作者: 庵ノ雲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/76

エピローグ ~シロツメクサの丘で~

「アマミヤ」は息を飲むほど美しい孤島。


沖縄諸島の外れに位置し、周囲をエメラルドグリーンの海に囲まれている。


春から秋にかけて、島の広い丘の一面にはシロツメクサが絨毯のように咲き誇る。

白く可憐な花々が風にそよぎ、まるで夢の中にいるかのような風景を創り出す。


---


シロツメクサの純白が風にそよぐ丘に、甲高い子どもの声が弾けた。


「パパー! ママー! こっちこっち!」


白金プラチナブロンドの髪を風になびかせながら、

女の子がシロツメクサの花畑を走り回っている。


その姿はまるで小さな妖精のようで、見る者の心を和ませる。


白く可憐な花々が敷き詰められた絨毯の上で、今年5歳になる娘が

軽やかに駆ける様子は、まさにこの島が語り継ぐ神話の一場面のようだった。


白花しろか、あまり遠くに行かない!」


或の声が丘の斜面に響いた。


彼は丘の頂上に近い平たい場所に敷物を広げ、娘の安全を見守っていた。

短髪の銀髪が午後の陽光を受けて輝いている。


隣では鈴が笑いながら腰掛けている。

彼女の白いワンピースは花畑と調和し、長い銀髪が肩を滑ってゆく。


かつてリーン……アリシアと呼ばれた頃の凛とした気高さは薄れ、

母となった柔らかな慈しみが全身から溢れていた。


「ふふ、白花ったら本当に元気ね」


鈴は手作りの弁当箱を開けながら呟いた。

重箱の中には彩り豊かなおかずが並んでいる。


海苔巻き寿司、唐揚げ、卵焼き――すべてアマミヤの新鮮な食材で作った料理だ。


「それにしても、まるで昔の子供だった頃のアリシアみたいだなぁ」


或が言った。彼の青い瞳には懐かしさと愛おしさが宿っている。


「え?」鈴が少し驚いたように振り返る。


「私が子供だったころ?」


「ああ。君がいつも僕に飛びついてきたのを覚えてる」


「それは……!」


鈴は頬を赤く染めた。過去の記憶が一瞬よみがえったのだ。


それはエイリュシオン帝国での日々―アルフォンスとアリシアだった頃の記憶。

婚約者だった自分たちが庭園で笑い合った遠い日の思い出だった。


「あの頃の君は本当に可愛かった。今でも忘れられない」


「もうっ! 或ったら……」


照れ隠しで目を伏せる鈴。しかし内心は嬉しかった。

アリシアだった頃の自分を受け入れてくれる或の言葉が何より心地良い。


「でも今はママだからね!」


白花が突然駆け寄ってきて、二人の間に割り込んだ。


「ママ! パパ! 一緒にご飯食べよう!」


満面の笑みを浮かべる白花。その姿を見て、或と鈴は思わず顔を見合わせて笑った。


「そうだな。お腹が空いただろう」


「じゃあみんなでお弁当タイムね!」


敷物の上には三人分のお皿と箸が用意されていた。

それぞれが弁当箱からおかずを取り分けていく。


「白花ちゃん、これ美味しいわよ。はい、あーん」


「んー! 美味しい!」


鈴が白花に唐揚げを与え、白花は幸せそうな表情を見せた。


「パパのはコレだよ!」


今度は白花が海苔巻きを掴んで或に差し出した。


「ありがとう。いただきま……」


しかし勢い余って海苔巻きが或の顔にぺたりとくっつく。


「あははは! パパ、顔についてるー!」


「わっ! これは参ったな」


苦笑しながら海苔巻きを顔から剥がす或。

そんな彼を見て鈴は口元に手を当てて笑った。


「やっぱり白花は私よりもパパ似ね」


「いやいや。君の子供時代にもそっくりだって!」


再び始まる親たちのやり取りに、白花は不思議そうに首を傾げた。


「ねぇママ、どうして私はパパとママに似てるの?」


突然の質問に戸惑う鈴。しかし或は迷いなく答えた。


「それはね、白花がパパとママの大切な宝物だからさ」


「たからもの?」


「そう。私たちの愛の結晶なんだよ」


愛――その言葉に鈴の胸が熱くなった。


かつてアリシアだった頃。リーンだった頃。

「アマミヤ」でアルフォンスと共に新たな命を授かることを誓ったあの日。


全てが懐かしく尊い記憶として蘇る。


「愛の結晶……そうね」


鈴が優しく娘の髪を撫でた時だった。


『まさにその通り!』


突然の声に三人が振り向くと、敷物の上に女性が座っていた。

金色の髪に透き通るような瞳。


どこか神秘的な雰囲気を纏ったその女性は――


「フィリア様っ!?」


或と鈴が同時に叫んだ。


『また来ちゃった♡』


フィリアは舌を出してウインクした。弁当箱から玉子焼きを一つ摘まんで口に運ぶ。


『うーん♪ この鈴ちゃんのごはん最高! 特にこの甘い玉子焼きは絶品!』


「ちょっとフィリア様! 断りもなく現れて食べてるなんて……!」


慌てる鈴。しかしフィリアは全く気にする様子もない。


『いいじゃない別にー。私たち家族でしょ?』


そう言いながらフィリアは白花の肩を抱いた。


『白花ちゃんはパパとママが愛を貫き通したからこそ、

 生まれてきてくれた宝物なの』


「わーいっフィリアちゃん!」


白花が嬉しそうに金色の髪の女神に抱きついた。

彼女にとっては遊び相手のような存在なのだ。


『あらあら〜 白花ちゃんは可愛いわね♪』


フィリアは娘を優しく抱き上げた。その瞳には深い愛情が浮かんでいる。


『パパとママ……或くんと鈴ちゃんは』


女神は或と鈴を見つめて微笑んだ。


『或くんと鈴ちゃんは私の子供みたいなものだからね』


その声には母性的な温もりがあった。


『本当に幸せになってくれて嬉しいの』


白花を膝の上に乗せながら続ける。


『私にとって君たちはみんな宝物なのよ』


彼女の視線が遠くの海へと流れた。


その先にはかつてあった世界――

エイリュシオン帝国の記憶が映っているかのようだった。


「フィリア様……」


鈴が小さく呟いた。かつての罪悪感が胸に蘇る。

だが女神はすぐに明るい表情に戻り、白花の髪を撫でた。


『でも白花ちゃんにはちょっと難しいかな?』


女神が優しく問いかけた。


『君たちにとって私はどんな存在だと思う?』


白花は不思議そうな顔をした後、思いついたように両手を広げた。


「じゃあね!」


幼い声が丘に響く。


「フィリアちゃんは白花のお婆ちゃんってことなの?」


女神の青い瞳が大きく見開かれた。


その言葉に、或と鈴も固まってしまう。


「え?」

「おばあちゃんって……」


白花は真剣な表情で続ける。


「だってフィリアちゃんがママとパパを作ってくれたんでしょ?

 それでママが白花を作ったから……

 フィリアちゃんは一番最初だからお婆ちゃんじゃないの?」


無邪気な発想に、三人の時間が一瞬止まる。


「ぶ……ぶはははっ!!」


我慢できなくなったのは或だった。腹を抱えて大笑いしている。


「さすが我が娘! 見事な理論だ!」


一方の鈴は顔を真っ赤にして焦っている。


「し、白花っ! そんなことを言っちゃダメよ!」

「なんで? 間違ってるの?」


戸惑う娘に鈴が必死に弁解しようとした時だった。


『おほほほ~~~~っ』


女神が突如として大爆笑した。丘全体に響き渡る明るい笑い声。


『あっはははは! もう白花ちゃん天才過ぎるわ~!』


フィリアは涙を拭きながら立ち上がった。


『確かにそう考えたら……私、おばあちゃんね~』


一瞬だけ寂しそうな影が女神の表情をよぎった気がした。

しかし次の瞬間には、いつもの天真爛漫な笑顔に戻っている。


『でもね白花ちゃん!』


彼女は幼女の前にしゃがみ込み、真剣な表情で指を立てた。


『私は永遠のお姉さんなの!

 永遠に若くて美しくて優しいフィリアお姉さんなのよ!』


子供相手に大人げない訂正だ。

その必死さに、或と鈴は思わず噴き出しそうになった。


「永遠にお姉さん……?」


白花は小首をかしげながら繰り返した。


「じゃあフィリアお姉ちゃん!」


女神の表情がぱっと明るくなる。


『そう! それでいいの~!』


満足げに頷いたフィリアは、白花の小さな手を握った。


『さぁ一緒にお花摘みしに行きましょ!』


「うん! フィリアお姉ちゃんとお花で冠を作るの!」


白花は喜んで女神の手を引いたまま駆け出した。


『きゃあっ! 白花ちゃん待って~!』


女神も負けずに走り出す。金色の髪が風に舞いながら、

シロツメクサの白い絨毯の上を駆けていく。


その姿はまるで姉妹のようで――

かつて見たことのない女神の屈託のない笑顔がそこにあった。


「まったく……自由奔放な方だな」


或が呟きながら二人の背中を見送る。


---


『ほら見て! できたよフィリアお姉ちゃん!』


シロツメクサの白い絨毯の上で、白花とフィリアが輪になって座っている。

小さな手で一生懸命編み上げた花冠を掲げた娘に、女神は満面の笑みを浮かべた。


『あら素敵! 白花ちゃん器用ね~』


女神は白い花の王冠を受け取り、娘の頭にそっと載せてやった。

白金の髪と白い花弁が重なり合い、まるで本物の王女のように輝いて見える。


『似合うね白花ちゃん! さすが我が家のお姫さま!』


女神の冗談交じりの賞賛に、白花は誇らしげに胸を張った。

その愛らしい仕草に女神の青い瞳が細くなる。まるで本当の母親のように慈しむ眼差しだ。


その様子を少し離れたところで眺めていた或と鈴。

二人は敷物の上に並んで座ったまま、言葉少なに微笑み合っていた。


「ねえ、或……」


「ん? なんだい、鈴?」


鈴は一凛のシロツメクサを見つめがら思い返すように呟く。


「この白い花の思い出……覚えてますか?」


彼女が白い小さな花を指さしていた。


或は想いを馳せる。"あの世界"では名もない野草だと思っていた白い花。

しかし彼女が笑顔で言うと特別な花のように感じられた"あの思い出"。


「ああ。あの夏の日に君が教えてくれた花……

 確か『月の涙』という名前だったか?」


「ええ、こちらではシロツメクサという名だったけど……

 或が覚えていてくれて嬉しい」


そう言って鈴は……少し寂し気に嬉しそうに微笑んだ。


陽の光を浴びて輝く白銀の髪と青い瞳。

あの頃と変わらない、たとえその髪色が輝く金色から変わっていても。


或……アルフォンスはそっと――鈴……アリシアの手を握りしめる。

その握り方は優しく、しかしどこか力強さを含んでいた。


シロツメクサの白い絨毯の上で並んで座る二人の周囲には、

柔らかな午後の光が差し込んでいた。


彼女の掌は小さいけれど……温かく……そして側に居てくれる。

彼はその掌に目を落とし、そしてゆっくりと口を開く――


風が彼の今は短い髪を揺らしながら。


「鈴……いや、アリシア」


声は穏やかに、しかし奥底に深い思いを込めて。


「俺は……アルフォンスだった頃のこと、時々考えるんだ」


彼は言葉を選ぶように一呼吸置き……続ける。


「自分が知らずに負っていた傷……目に見えない傷……

 その傷が気付かずに君を苦しめていたこともあっただろう」


鈴……アリシアは静かに、或……アルフォンスを見つめている。

彼女の表情には理解と受容が混ざっていた。


「でも君は……どんな時も俺の側にいてくれた。

 目に見えない傷までも労ってくれた。

 この優しい掌がいつも……俺を支えてくれていた」


彼は握る掌に少しだけ力を込める。

シロツメクサの香りが風に乗って漂っていく……


「世界中の誰よりも、ずっと……大切なひとがここにいてくれた。

 それがどれほど俺の救いだったか……」


アルフォンスの目は遠くを見つめている。


エイリュシオン帝国での出来事。

「アマミヤ」に来るまでの道のりを思い返しているのか。


「運命の荒波に巻き込まれても……君への想いを失わないように。

 今度こそ……二度と失ってから気づくことのないように……」


彼の声が少し震えている。


「こんな俺を愛してくれた君に……」


そして彼は彼女の目をしっかりと見つめ直して――


「ありがとう……と伝え続けたい」


その言葉は風に消されることなく、確かな重みを持って届いた。


鈴……アリシアはしばらく黙っていた。

ただじっと彼を見つめ返していた。彼女の頬に一筋の涙が伝う。

それは悲しみではなく……深い感謝と愛情の証だった。


「アルフォンス様……」


彼女も彼の名を呼ぶ。


かつての世界でのことを思い出すように――

その呼び名には様々な記憶が詰まっていた。


「私も……」


彼女は握られた大きな掌を優しく握り返す。


「私もアルフォンス様だった貴方に伝えたいことがたくさんあります」


彼女は深呼吸して言葉を選ぶ。


「美しい想いだけじゃ生きられなかった日々もありました。

 約束を汚してしまうようなこともありました。

 あんなに綺麗に透き通る空の下で、私には貴方だけと誓ったのに……」


かつての自らが辿った運命の道程を辿るように思い返す。


忘れたい過去もある。

しかし、それよりも美しい思い出が今の二人を形作ってきた。


「でも……今も私は想いを手離さないように……

 今まで辿って来た苦難を思い返すこともあるけれど……」


彼女は微笑みを浮かべる。


「後ろばかり見てたら私自身が哀しむから。私は前に進んでいくのです」


その目に強い決意が宿る。


「目の前にいる……愛すべき人たちのためにも」


アリシアはアルフォンスの目をまっすぐ見つめる。


そして――


「アルフォンス様。言葉だけじゃ足りないんです……」


彼女の声は柔らかいけれど――どこまでも真摯で――


「言葉だけじゃ……追いつかないほどの気持ちがあるから」


アルフォンスはただ黙って耳を傾けていた。


「アルフォンス様も同じですか?」と問いかける。


彼はゆっくりと頷いた。


「言葉だけじゃ伝えきれない――だけど」


二人の間には無言の同意が流れる。


「ありがとう」


アルフォンスがそう呟く。


「ありがとう」


アリシアも同じ言葉を返す。


二人の声が重なり合い……小さな丘に響く。


言葉を超えた彼と彼女の想いが……二人の間に流れていた。


そして自然に。


風が止まり、太陽の光が二人だけを照らしているかのような感覚。


唇と唇が触れる。優しく……深いキスが交わされる。


彼らの周りでは時間が止まったかのようだった。


遠くで白花が何かを叫んでいる。

フィリアが楽しげに笑いながら娘と戯れている。


しかしそれさえも……二人の耳には入らない。


この瞬間だけが……永遠であった。


そして……物語 ~彼と彼女の人生~ は続いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ