回想:真実のアリシア´ - 運命の祝賀会へ -
時間がかった割にはダイジェストっぽくなってしまいました。
ep44話に燃え尽きた灰から蘇るものイメージイラスト集UPしてます。
「見てろよ! 帝国の臣民たちっ! これが真の勇者カズマの力だ!」
凱旋用の豪奢な馬車の上でカズマは拳を掲げる。
喝采が帝都の石畳を揺らした。
私の腕は左腕にきつく巻かれた包帯の下でまだ疼いている。
ヴェインの最後の爆炎で焼け爛れた肌は西部砦の医療班に治療や、
ミリアの治癒でも完全に治らずなお痛む。
おそらく完全な治癒には宮廷の皇帝直属の治癒師の治療が必要だろう。
「カズマさまぁ♡ 無事に帰られて本当によかったですぅ」
媚びる私の声が馬車の上で響く。包帯を隠すように派手な袖で覆う右手が自然と動いた。
その時だった。いつもなら私を抱き寄せるカズマが妙に距離を置いている。
汗ばんだシャツ越しにその肩が硬直しているのが分かった。
明らかに不自然な仕草だ。まるで私から距離を取ろうとしている。
(まさか……この焼け爛れた左腕を……気持ち悪いと思っている?)
そう思った瞬間、私は自分でも理解できない安堵と嫌悪を感じた。
だが同時に苛立ちもこみ上げる。許せない。これはアルフォンス様の腕と同じ苦しみだ。
「カズマ様ぁ♡ 私の為にも戦ってくれたんですよねっ♡」
ヒーラーのミリアがカズマの逆側に座り同じように腕に抱きついている。
カズマはにやりと笑いながら少女の細い肩に手を置いた。
彼女も私と同じ。なんて憐れで可哀そうな少女だろう。
ダニに身を好きにさせているのだから。
「もちろんさ。アリシアも可愛いけど君も大切だからな」
その言葉を聞いた私の身体は小さく俯く。カズマの対応に寂しく思っている様だ。
バカじゃないのか? お前の本当の最愛はコイツではなくアルフォンス様だっ!
民衆の喝采が耳を劈く。
(あぁ……この中にはアルフォンス様の支持者も今も多くいるだろう。
そして私が妾ではなく魔導師として彼の側に居た事を知っている人も……)
しかし、民衆の熱狂が私を押しつぶすように渦巻く、凱旋パレードの真っ只中。
私の身体はカズマにぴたりと寄り添い、媚びた声で愛想を振り撒くしかない。
「すごいですわぁ!カズマさまっ♡ 四天王討伐なんて前代未聞の偉業ですぅ♡」
喉から出ている甘ったるい声が群衆の歓声に飲み込まれていく。
その中に混じる別の噂が耳を掠めた。
「聞いたか? あの噂……」
「"解放者"様と"救済者"様も勇者様と同じように四天王を倒したらしいぞ!」
「勇者様が倒した西部戦線のヴェインだけじゃないってことか!」
「なんでも四天王二体を"解放者"様が打ち破ったらしいぞ。
"救済者"様も"解放者"様を支えて共に戦ったらしいなっ!」
カズマの眉間に皺が寄る。ああ、不機嫌な証拠だ。奴にとって都合の悪い噂だもの。
「おい! "解放者"とはなんだ!?」
カズマは皇帝の使者に噂の概要を詳しく聞いてこさせようとするが……
「カズマさまが四天王を倒したんですよぉ♡」
「そうそう♡ きっと噂が錯綜してるんですぅ♡」
私の身体とミリアがカズマを慰めるべくが甘い声で囁いている。
カズマは私たちの言葉に一瞬、気を良くしかけたがすぐに不機嫌となる。
車上は情緒不安定なカズマの機嫌に振り回されていた。
だがカズマに擦り寄る私の身体を他所にに私は、"解放者"と"救済者"を讃え、
羨ましいと思ってしまう気持ちを奥底に沈めるように努めていた。
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「……失礼いたします。陛下のご命令により参りました」
皇帝直属の最高位治癒術士、セリーヌの静かな声が薄暗い治療室に響いた。
「まずはこの火傷痕……かなり深いですね。時間を要するかもしれません」
私の左腕が包帯の下で疼く。
焼け爛れた肌を治癒師の繊細な指が触れるたび、熱い波紋が広がる。
カズマは「今日中に治せ」と横暴な要求をしていた。皇帝が開くヤツの祝賀会の為だ。
「アリシア様……?」治癒術の淡い光が傷を包む。
(私の腕が治っていってしまう……もうアルフォンス様と繋がれない……)
そう思うと悲しみが湧き上がってしまう。
「ありがとう セリーヌ」
私の身体が感謝の言葉を続けているが……その実際には治っていく火傷を見つめている。
(あれ? これは……?)
普段ならば私の本心を無視して、カズマの事で勝手に満たされているこの身体が……
この左腕の治っていく火傷を見て感傷に浸っている。それが意外だった。
「アリシア様? 何か思い詰めていらっしゃるのですか?」
セリーヌの問いかけにも私の身体は曖昧な微笑みを返す。
だが私の内心は激しく動揺していた。これはチャンスかもしれない。
(身体の支配権は取り返せていない……でも……
この身体の染み付いた記憶がアルフォンス様の事を思い出している?)
心の中で必死に呼びかける。思い出して私の身体。
アルフォンス様と過ごした日々を。あの暖かな腕の温もりを。
「……」私の身体は小さく俯く。その瞬間―
「どうだ!? もう終わったかっ!?」
治療室の扉が荒々しく開き、カズマが飛び込んできた。
(来た……)
私の身体は即座に立ち上がりカズマに寄り添う。まるで操り人形のように。
「カズマさまぁ♡ ありがとうございますぅ♡」
「もうすぐ終わりそうですぅ♡」
媚びた声を振りまく私の身体。
アルフォンス様の面影は完全に掻き消されていた。
まるで水に流れる砂のように。
(ああ……また消えた……結局こうなるのか……)
セリーヌが驚愕と困惑の表情を浮かべている。
さっきまでと別人のような態度に混乱しているようだ。
「よし! じゃあ早く治して俺の祝賀会でアリシアを見せびらかそうぜっ!」
カズマは私の肩を無造作に抱き寄せた。その掌から醜い感触が伝わってくる。
セリーヌは眉を顰めて黙々と治癒を完了させようとしていた。
(こんな奴に屈服するなんて……情けない私……)
内心で吐き捨てるが……魅了されたこの身体はカズマに身を委ねている。
このままカズマの言いなりに生きるしかないの?
(どこかにあるはずだ……この絶望的な状況を抜け出す方法が)
そう強く願いながら―治っていく火傷の代わり、心の痛みを堪えている自分がいた。
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宮廷の華やかなシャンデリアが天井で輝く謁見場。
アリシアの身体は胸元が大胆に開き、スパンコールが散りばめられた
極彩色の派手なドレスに身を包み、カズマの腕に絡みついている。
(……嫌だ……こんな格好でカズマに侍るなど……)
貴族たちが称賛の声を上げる。カズマは満足げに笑みを浮かべ、
左手でアリシアの肩を引き寄せた。そこから伝わるのは、かつて彼女が拒んだ汚らわしさ。
アリシアの心は深く沈んでいた。
カズマに擦り寄る多くの貴族や騎士団長たちがカズマを称える。
「勇者カズマ殿。我らが帝国を守りし英雄。貴方に最大の敬意を捧げますぞ」
(あなた達がアルフォンス様を裏切った張本人ではないか!
いやっカズマを呼び寄せた皇帝もだっ! こいつら全てが敵だっ!)
皇帝の隣には宰相がいる。あの男がカズマの取り巻きたちと共に
アルフォンスを陥れた首謀者の一人だと、アリシアの記憶が告げていた。
「アリシア嬢も今夜は本当に美しい! カズマ殿にお似合いですな!」
騎士団長の一人がそう言う。
彼らはアルフォンス様の全てを忘れ去り、カズマに尻尾を振っていた。
(何を言うっ……? 貴様等がアルフォンス様を裏切り、追放したくせに……)
「カズマさまぁ♡ 私、褒められちゃいましたよぉ♡」
媚びる自分の声が遠くで響く。それを止めようと必死なのに、口は勝手に動く。
シャンデリアの煌きの中、アリシアの心は闇へと沈んでいった。
(もう……ダメなのっ!? 何も変えられないのっ!?)
そんな諦念が脳裏を過る。身体の奥深くで本当のアリシアが縮こまりつつある。
宴は進む。音楽が響き、舞踏が続き、アルコールと歓声が渦巻いている。
(もう……ここで私の痴態を見ていたくない……)
アリシアの意識は深い深い闇の中に落ちていく。
外界の喧騒が微かに届く。カズマの高笑いと、媚びへつらう貴族たちの声。
それを聞きながら本当の意識は深い深い闇の中に落ちていく。
次に目覚める時こそ――
身体を取り戻し、カズマに罰を与え、我が身と魂にも罰を与える時だと信じながら。
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気がつけば私はシャンデリアの輝きの下にいた。
闇に沈んでいた私の意識に祝賀会の喧噪が聞こえてくる……だが、
鋭敏になった感覚は奇妙な違和感を捉える。
本能が叫ぶ。視線を上げると―カズマの側に佇む異様な存在が目に焼き付いた。
漆黒のローブに身を包んだ、痩せた長身の男。
顔は布で覆われて見えない。だが、その歪んだ威圧感が空間を歪ませていた。
人間とは明らかに異なる脈打つ魔力の奔流が男を中心に渦巻いている。
「……真の魔王……魔の神……ガルグリム……こんなことって……」
誰かの震える呟きが風に乗って流れてきた。
――真の魔王
漆黒のローブ。闇そのものが人の形をしているかのような歪な威圧感。
カズマの傍にいるのに、カズマのことなど思考の隅にもない。本能が警告する。
『魔王? いや違う……真の魔王。魔の創造神……ガルグリム……』
誰かの震える声が耳を掠めた。私は意識を研ぎ澄ませる。
会話の断片が流れ込む。
『召喚勇者では太刀打ちできぬ』
『ヒトの創造神たる女神が遣わした真の勇者のみが対抗できる』
つまり――カズマでは倒せない。カズマは不要なのだ。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
(ふざけるな……)
怒りが体内で炸裂した。それは爆炎のように私の意識を焼き尽くす。
(カズマ! お前は何のために召喚されたっ!?お前にどんな価値があるっ!?)
(お前のせいでアルフォンス様は左腕と左目を失ったのだぞ!!)
(それだけでなく地位も名誉も未来も奪われた!)
(貴様がここにいる理由がないっっ! 召喚勇者は贋物だったのだからっ!)
心の中でカズマに掴みかかり殴りかかる。だがこの身体は言うことを聞かない。
カズマの腕に絡みつき怯えか弱さを前面に見せている情けない私。
ふいに私の視界の隅を銀色の閃光が掠めた。
床に転がる帝国からカズマに貸与された聖剣――輝く刃が祝宴の光を反射し揺れている。
(なぜ?)
疑問が脳裏を駆け巡る。刹那、私はカズマに起きている異常を知る。
カズマの右腕が肘から先を失っていた。
切断面は滑らかすぎるほど整っていて断面を覆うのは血ではなく――
黒い膜。ただ闇のような膜がそこにあるだけだった。
「俺の右腕っ……くそっ……!」
カズマの声が震えている。
私はその焦燥に歪んだ顔を蔑むような冷たい視線で見つめた。
(ざまぁみろ。もっと苦しめばいいのだ)
祝賀会の大広間は混乱の坩堝と化していた。
シャンデリアの煌きが床に落下した聖剣を照らしている。
滑らかに切断されたカズマの右肘から先――その断面を覆う黒い闇膜が蠢いている。
それは傷口というより異次元の入り口のようで、出血どころか痛みすらないようだった。
(これが魔王の仕業……)
漆黒のローブの男――いや、魔の創造神たる存在が嘲笑うように立ち尽くしていた。
私はその不気味な威圧感に背筋が凍る思いだった。
だが同時に……希望めいた悪意も感じてしまう。
(この場にいる全員をカズマごと消してくれるなら……)
しかしその考えは更なる事実が分かったあとには吹き飛んだ。
魔王はカズマの失われた右腕を、この場にいる誰かの腕と付け替える。
と提案したらしい。
混乱の渦中で私は冷静に情報を整理していた。
―――カズマの右腕の惨状は単なる負傷ではない。
四天王との戦いを終え祝賀会の席上で突如現れた魔王ガルグリムに対し、
カズマが聖剣で挑みかかったのが原因だ。
(……あの愚か者が!)
闇の力を持つ魔王に触れてしまった右腕は、
その闇に侵食され肉体と精神の両方を蝕まれている。
魔王によれば聖剣の攻撃は微かな傷を与えたが致命打には及ばず、
カズマは今や武器を振るうこともできない右腕喪失状態にある。
そして衝撃的な宣告――。
『お前の欠損した腕を補う為に他の者の腕をつけてやろう』
魔王の言葉は祝宴全体を凍らせた。
大広間の全員が震えたが、魔王の提示する条件が事実なら逃れられない宿命だった。
―――この大広間に集う誰かの腕がカズマに移植される。
だがそれは「融合」であり、提供者はその腕を永遠に失うこととなる。
しかも魔王が討たれるまでその繰り返しだ。
そして……カズマに付けられる最初の腕は、私かミリアと決まっていたらしい。
それはカズマの妾同然と思われたからだろう。
しかも皇帝が言い出したらしい。カズマも飲んだようだ。
アルフォンス様の為に五体を使うならいい。喜んで切り落として差し出す。
だが、カズマの為なんて嫌だ。ここに居る皇帝や貴族たちの為だなんて嫌だっ。
こんなカズマに媚びる身体なんていらないと思っているが、
それでもアルフォンス様の為に使いたい。
そもそも、こんな取引をしてくる魔王に勝てると思っているのかっ!?
遊ばれているだけだ。全員が四肢を無くすまで遊ばれると分からないのかっ!?
(アルフォンス様に捧げるはずだった身体が……カズマに利用されるなど……)
魔王が漆黒の指を伸ばし、私の右腕を示す。空間が歪むような感覚が走り、次の瞬間——
右腕の肘から先が、血の一滴も零れず消失した。
「ひぃっ!?」
周りから悲鳴にならない叫び声が漏れ聞こえる。
そして魔王は無言で指を移動させる。次に向かった先は——カズマの右肘だった。
闇が渦巻くそこに、私の右腕が吸い込まれていく。
(まさか……私の腕をカズマの腕に繋ぐというの……?)
視線を向けるとカズマが青白い顔で硬直していた。恐怖と混乱に満ちたその顔に
一瞬だけ胸のすくような快感を覚えてしまった自分を恥じる。
闇が収束し、カズマの右肘に私の腕が貼りついてた。
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右腕がカズマの右肘に融合した瞬間──私は全てを悟った。
これは魔王による"戯れ"であり、我々全てを弄ぶための遊戯の始まりだと。
さこからは瞬く間だった。
「次は左腕だ」
魔王の宣告は絶対だった。
漆黒の指が空を切り、今度はミリアの左腕が音もなく切り離された。
少女の腕がカズマの左肘へと吸い込まれる。
カズマの四肢は既に二本が他人のものになっている。
貴族令嬢たちの悲鳴。貴族たちの怒号が飛び交う中、
魔王は冷笑すら浮かべずに指を滑らせ続けた。
どれほどの時間が経った後だろうか。
皇帝も貴族も騎士団長たちも皆、自らの腕や脚が剥ぎ取られ、
カズマの歪な身体へと組み込まれていく様を吐き気を我慢して見据えていた。
当然だが、私の四肢は全て消失していた。
首と胴体だけが壁際に横たわり、残された口と舌で魔法詠唱を続けていた。
カズマに命じられ、この身体は喜々してカズマの為に魔王に攻撃魔法を放つ。
それ程の献身を捧げる相手をいまだ、この身体は間違えたままで。
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闇の神殿と化したような謁見場大広間、
魔王……魔の創造神の戯れ、愉悦の時間が終わりを迎えようとしていた。
女神の真なる勇者がここに来る。だから私達はもういらないらしい。
泣き叫び命を懇願する貴族たち、既に気を失っている貴族令嬢、
怒り狂う皇帝、死に直面して震えるだけのカズマ。
カズマを眺め笑顔を向ける四肢の無い人形の私とミリア。
だが、私はそれどころでは無かった。
魔王はこの宮廷に"解放者"と"救済者"が来るのを待っていた。
私達はそれまでの暇つぶしだ。
問題は"解放者"と"救済者"が本当は女神の勇者と聖女であり、
その勇者はアルフォンス様であるというのだ。
アルフォンス様がここに来る。会える。命を差しだせる。魂も。
様々な感情が綯い交ぜとなる私。
だが魔王は手を掲げ指を鳴らした。
その瞬間――その場にいた者たちが闇に飲まれた。
リーンと会合して衝撃シーンへ……を予定していたのですが、
辿り着きませんでした。。。
今回のは本当に大変でした。飛ばすかどうか悩みました。
結果、すごく中途半端な内容となってしまいました。
掘り下げて感情を描写すると、あと数日かかります。
でも、先の二話でそれはもう充分かと思ってしまいます。
なので、久々に中身の無い回となってしまいました。自己嫌悪しています。




