回想:真実のアリシア´ - 聖女との邂逅 -
本話の内容で『聖女と勇者、それぞれの戦い、魔王は空気』に、
矛盾が発生した為、修正しております。
本作最長の話しになってしまいました。
リーンsideとアリシアside、共に比較して頂くと面白いかと思います。
ep44話に燃え尽きた灰から蘇るものイメージイラスト集UPしてます。
謁見場の大広間にいた人々はそれぞれ闇に包まれた。
──死んだ。確信した瞬間、鈍く重い現実感が身体を押し潰してきた。
(まさか……まだ生きてるなんて……)
四肢は虚空へと溶け落ちたかのよう。なのに、胸の奥で鼓動を感じる。
魔王ガルグリムが指を鳴らした直後、絢爛たる衣装の貴族たちも消え失せた。
皇帝も、宰相も、騎士団長たちも……すべての声と息遣いが一瞬で途絶えたのだ。
(これが帝国の終わり……ざまあみろ……愚かな帝国の為政者どもっ)
私は首と胴だけが残された姿で思う。
四肢を魔王に奪われ、首と胴体だけで壁に寄りかかる私の身体。
相変わらず身体の自由はカズマの魅了に奪われている。
しかし私は──
(まだ終わってない……! アルフォンス様と会えるっ……!)
心の奥底で燃え上がる想いが甦ってきていたた。
──あの方が生きてこの場所にやってくる。
アルフォンス様が真なる勇者となって魔王を討ちにこられる。
魔王の危険なチカラ。何としてもお伝えしなければ──あの方のお身体がまたっ!
そして――見ているだけは嫌だっ!
共に戦うのは無理でも、せめて盾として石礫として使ってもらうのだっ!
(どうやって……どうやって……この身体で……)
思考が絶え間なく回転する。不可能を可能にする根拠ばかり積み上げる。
そして、その全てを越えていく強い意志だけがあった。
結局は――かの人の迷惑にしかならない事に気付きながら蓋をして。
---
情けない声が耳を刺す。カズマだ。四肢の無い身体を芋虫のように悶えさせている。
(醜い……ざまあみろ……貴様がアルフォンス様にした仕打ちと同じだろうっ!
何が勇者だっ! 貴様のせいでアルフォンス様は……)
心の中で毒づきながら、私はカズマの悶絶する姿に僅かな溜飲を感じた。
しばらくすると謁見場の巨大な扉が重厚な音と共に開かれた。
外の光が差し込む。そこから二つの影が歩いてくる。
「……っ!」
心の中で私の目が驚愕に見開かれる。
一人は銀髪を風に靡かせた隻腕の青年。左腕は肘から無く、左目も火傷で閉ざされている。
だがその歩みは凛とした威厳に溢れ、右手に握られる剣が勇者の証のように光り輝いていた。
――アルフォンス様……
私の心臓が激しく鼓動する。アルフォンス様の右目がゆっくりとこちらに向けられた瞬間、
全身に電流が走った。その鋭い眼差しは、かつて彼女が愛した優しいものではなかった。
(あぁ……アルフォンス様……ご覧になって……この姿を……
私の……アルフォンス様を裏切ってしまった私に相応しい虫のような姿を……)
羞恥と悔恨と自己嫌悪が渦巻き涙が滲む。しかし同時に喜びが心を満たした。
「……アルフォンス様が……勇者様に……っ!」
(本当に……本当に……! あぁ……女神様よ……感謝いたします……)
喉元から嗚咽が漏れそうになる。
心の奥底で絶望に染まった日々が一気に払拭されたかのようだった。
アルフォンス様が紛れもなく「真なる勇者」だ。
召喚勇者カズマが偽物ならば、アルフォンス様こそが「本物」なのだ。
(アルフォンス様は……貴方だからこそっ……だから……っ!)
彼の剣技も魔法も知識も、すべてが血の滲むような訓練と経験に裏打ちされている。
そんな彼こそが女神様の真なる勇者に相応しいのは当然のことなのだ。
一方でカズマがどれだけ堕落したものかと思うと
再び胸の中に憎悪と侮蔑が蘇ってくる。
(あいつはただ労せず得た能力に甘えただけ。アルフォンス様の足元にも及ばないっ)
その瞬間、視線がカズマのほうを向いた。
カズマに魅了され支配されている身体がヤツの心配をしたのだろう。
身体の内に閉じ込められた私の心が自由を求めて暴れ出す。けれど――
(ダメ……まだ……身体は……私のモノじゃないっ……!)
カズマの魅了魔法が未だにこの身体を支配し続けていた。
目の前のアルフォンス様が見えた瞬間、身体は彼に対しての敵意を示してしまう。
頭の中ではアルフォンス様とカズマを正しく認識していても、
この身体はいまだ完全にカズマの虜なのだ。それが何よりも惨めだった。
身体の視線がアルフォンス様の隣に立つ少女に向く。
純白の法衣を纏った銀髪のに碧眼の少女。透けるような清浄なオーラが漂っている。
右手には精緻な装飾が施された聖杖を握り、真っすぐこちらを見つめている。
――あれが聖女様……
(あの御方が本物の聖女様……真の勇者アルフォンス様の聖女様……)
アリシアは胸の奥で強く確信した。
銀髪を纏った少女の清廉な気配は、アルフォンスの隣で最も輝きを放っていた。
まるで彼のためにあるような存在。
(アルフォンス様には、もう寄り添うべき方がいらっしゃる……)
そう思った瞬間、嫉妬とは違う悲しみが心を過ぎる。
かつて自分とアルフォンスが理想描いていた未来像と重なるようにも感じた。
彼女の胸には複雑な思いが込み上げてくる。
(あぁ……お二人とも眩し過ぎます……)
聖女様の視線がゆっくりと大広間の中を探るように動く。
何かを見つめるようにその瞳が止まった。その瞬間――
(……っ!?)
支配された身体が無意識に反応した。視線がカズマへと引き寄せられる。
そこには四肢を失い床に伏せたカズマの姿があった。
その表情には下品な笑みが浮かんでいる。聖女様の視線もカズマを捉えていた。
(まさか……聖女様がカズマに……!?)
カズマの魅了が聖女様にまで及んだのかとアリシアの背筋が冷たくなる。
しかし次の瞬間、最悪の予想を肯定するような出来事が起こった。
聖女様がカズマのもとへ歩み寄っていくっ!
(っ!? いけません聖女様っ!!)
声にならない叫びが心の中で炸裂する。
四肢を失い床に転がるカズマのもとへ向かう銀髪の少女——聖女様。
彼女の無表情な横顔は、まるで糸に操られる人形のようだ。
(まさか……まさか……聖女様まで……!?)
嫌な汗が額を伝う感覚を錯覚する。
身体に閉じ込められた私は汗もかかないはずなのに。
全身の神経が警鐘を乱打している。
カズマの魅了能力が聖女にまで及んだ——この予感は正しい。
聖女様の瞳は虚ろで焦点が合わず、その歩みには人間らしい意志が感じられない。
(アルフォンス様っ! 止めてくださいっ!
駄目です! カズマの元に行かないでくたださい聖女様!)
必死に頭の中で叫ぶが、
声に出せないことがこんなにも歯痒いとは思わなかった。
身体は依然として私の意思に反してカズマへの服従を示し続けている。
媚びるようにカズマに微笑む自分が視界の端でちらつく。
(聖女様っ……そっちに行っては駄目なのっ!)
私は心の中で必死に訴えかける。
アルフォンス様にとって、聖女様は唯一無二の存在。
それを奪われるわけにはいかない。
自分のことはどうでもいい。私がそうでなくなってのは辛いけど——
(今はそれどころではないっ! 聖女様に止まって頂かねばっ!)
だが無情にも聖女様は足を止めない。
その足取りは一定で迷いがない。完全にカズマの魅了下にある証拠だ。
(どうすれば……どうすれば……アルフォンス様の大事な方がまたっ……)
私の心の叫びが届いたのか――アルフォンス様が動いた。
その一瞬を待っていた。カズマへの忌々しい怒りも、
カズマの魅了に囚われた身体への無力感も押し退けて、
私はアルフォンス様の行動に全身の感覚を集中させた。
視線が聖女様に向けられたアルフォンス様が一歩踏み出すのを感じた時、
(アルフォンス様っ……!)
聖女様を守るために動いてくださった!
私は全身でアルフォンス様の動きを追いかける。しかし――
(魔王……!?)
突然、魔王の姿が視界に割り込んだ。
今まで微動だにせずアルフォンス様と対峙していたはずの魔王が、
音もなくアルフォンス様の前に立ち塞がったのだ。
(なっ……何故こんなタイミングで!?)
頭が真っ白になる。
これまでずっとアルフォンス様を無視するように黙していた魔王が突然動いたのだ。
しかも明らかに意図的。まるで聖女様をカズマに捧げる邪魔をさせるまいとするかのように。
(まさか……カズマの魅了に気づいて……!?)
私の心臓が再び強く鳴り響く。魔王の嘲笑うような冷笑が私の耳に響く。
(今ここで動くなクソ魔王っ! ああっアルフォンス様っ! 早く聖女様をっ!)
焦燥感に突き動かされる私。
しかしアルフォンス様も状況を理解しているようだ。
聖女様の方へ向かおうとするが、魔王が執拗に邪魔をする。
「クッ……邪魔をするなっ!」
アルフォンス様が苛立ちに満ちた声を上げる。
その間にも聖女様は止まることなくカズマへと近づいている。
(ああ……アルフォンス様……急いでっ……!)
アルフォンス様が必死に魔王を振り払い、聖女様の方へ駆け出そうとする。
しかし魔王は粘っこく、時間を稼ぐように粘着質な動きでアルフォンス様の進路を阻む。
ああ、この小者な魔王めっ!
どうせカズマと同じでお前のピーなんてフィ○ンシェと同じ小モノなんだろうっ!
私の必死の叫びは声にさえならず、アルフォンスの怒号も空しく響くだけ。
アルフォンス様の焦燥と怒りに満ちた顔を見れば見るほど心臓が張り裂けそうになる。
(止まって! 聖女様! その先に行ってはいけないっ!)
アルフォンス様が魔王に阻まれている隙に、聖女様は容赦なくカズマへと近づいていく。
カズマの下劣な笑みが目に入り、腹の底から怒りと絶望が噴き出した。
心の中でカズマに罵声を浴びせ続けるが声なき私の叫びは誰にも届かない。
ついに聖女様の足が止まった。カズマのすぐ傍で。
その無防備な動作に胸が張り裂けそうになる。
(お願い……止まってください……!)
しかし聖女様の虚ろな瞳は一切揺るがない。
迷いも躊躇もなく膝をつき始めた。それはまるで操られた人形の仕草だった。
「……」
無言で聖女様はカズマの胸元に手を差し入れる。
ああ、魅了に完全に染まり、カズマに媚び寄り添おうとしている。
だが、それは違った。
聖女様はカズマの胸元を――心臓を懐から取り出した純白に輝く短剣で刺し貫いた。
聖女様の純白の短剣がカズマの胸に深く埋め込まれていく。
グチャリ――という嫌な感触が私の中に広がった気がした。
カズマの笑顔が刹那で苦悶の表情へと変わる。
胸元から不思議な事に意外なほど血は流れ出ない。
聖女様の表情は死角となって見えないが、確実にカズマの命を断ち切った。
信じられないと同時に安堵が心を満たした。
だが心のどこかで疑問が浮かぶ――魅了にかかったフリ?
(まさか……あの動きは全部演技……? 魅了にかかったフリだったと……?)
(アルフォンス様を……陥れたあの男に……復讐を……?)
心臓が狂ったように打つ。信じられないほど自然な流れだった。
聖女様はまるでカズマに惹かれるかのように振る舞い、誰も疑わなかった。
まさに完璧な「カズマ好みの女」として演じきったのだ。
(そうか……! カズマはあの性格だ。警戒する必要もない女には隙を見せる……
それを聖女様は利用した! 自分の心を汚してまで……)
カズマが油断しているところを確実に仕留めるため。
それが全てだったというのか。
(確かにお優しいアルフォンス様なら――
カズマの命まで取るつもりはなかっただろう……
あんな鬼畜な男でも……アルフォンス様はきっと……)
あの男の卑劣さを知ってなお、アルフォンス様は情けをかけただろう。
だが聖女様はそれを許さなかった。
カズマは自らの力を過信し、アルフォンス様だけでなく、
多くの人々を不幸のどん底に突き落とした。その報いを受けさせるために――
(ならば……それは素晴らしいことだ……
アルフォンス様にできないことを……聖女様が代わりに……)
ああ……やはり聖女様こそが真の聖女なのだ。私とは違う。
穢れた私とは根本から違う。アルフォンス様の隣に立つに相応しい高潔な魂。
聖女様の手に握られた、純白の短剣から放たれた神々しい光がカズマを照らす。
その眩い輝きの中でカズマの身体が溶けるように消えていく。
(ああ……)
私の心に深い安堵が広がった。カズマの穢れた魂を肉体ごと浄化したのだろう。
あまりにも当然の結末だ。こんな男にはふさわしい最期かもしれない。
(お優しい聖女様……)
この地獄の日々を終わらせてくれた聖女様への感謝が溢れる。
ヤツにそんな価値は無いと思う自分は確かにさもしいだろう。
それでも――この醜悪な悪夢を終わらせてくれただけで充分すぎる。
(ありがとうございます……聖女様……)
しかし目の前では、アルフォンス様が困惑の表情を浮かべていた。
カズマが聖女様の手によって消し去られる瞬間を見ていなかったのだろう。
「な……何が起きた!?」
アルフォンス様が驚愕の声を上げる。
「何があった!?何故カズマが消えた!?」
私の心臓が大きく跳ねた。アルフォンス様は……
カズマが聖女様の手で刺されていたのを"見ておられなかった"のだ。
聖女様は静かに立ち上がり跡形もなく消えたカズマの亡骸に一度だけ哀悼の視線を向けた。
そしてアルフォンス様へ向き直ると、穏やかだが大きな声で説明を始めた。
「大丈夫です!安心してください、アルフォンス様!
召喚勇者を……彼の本来の世界に送還しただけです!」
「送還……だと?」
アルフォンス様が眉をひそめる。聖女様は言葉を続ける。
「彼がここに居ると危険ですし……アルフォンス様の心もお辛いでしょうから……」
聖女様の目が一瞬だけ遠くを見るように揺れた。私は瞬時に悟った。
(これは……嘘だ!)
おそらく聖女様は意図的に角度を選んでカズマを刺したのだろう。
アルフォンス様には死角になって見えなかった。聖女様の動きがあまりにも自然すぎた。
(聖女様は……アルフォンス様が傷つかないよう考慮した……)
カズマの死に苦しめられないように。
魔王との戦いの前に精神的な負担をかけないために。
(本当に……お優しい方だ……)
そしてカズマをこの場から排除することにも意味があったのだろう。
もしも魔王との戦闘中にカズマが何かしでかしたら……?
アルフォンス様の集中を妨げる邪魔になるだけではなく最悪の場合足枷にもなり得た。
(ああ……やはり聖女様こそが真の聖女……)
私の心の中で温かなものが広がる。アルフォンス様には知られていないけれど、
こうしてカズマに決着をつけてくださった事実が胸を打った。
だが安堵と同時に鋭い痛みが胸を刺す。
(それなら私のことも……殺してくださって欲しい……)
(魅了されたままの私はアルフォンス様の邪魔となる。おそらくミリアも……)
だが、聖女様はアルフォンス様に言葉を紡ぐ。
「私はこれからあの二人の女を保護します!」
聖女様は視線を私たちに向けて言葉を繋いでいく。
言葉遣いは丁寧だが、その内に秘めた強さと決意が感じられた。
「アルフォンス様は今は魔王との戦いだけに集中されてくださいっ!」
そんなっ 私は助けなどいらないっ……! 邪魔になる前に殺してっ
いや……魔王に人質にされる可能性もあるのか……考えが及ばなかった……
そうだっ! 魔王の闇の力!
アルフォンス様、危険です!その魔王は闇の力を操る!触れられただけで……!
聖女様の清らかな気配が急速に近づいてくる。
その背後で魔王は不敵な嘲笑を浮かべながらアルフォンス様に立ちはだかる。
(なんとかして魔王の力をアルフォンス様に……!)
そう思ったその時──
「いやあああああ!!! なんでぇぇぇぇ!!!」
耳を劈くようなミリアの叫び声が聞こえた。
そうか……カズマが聖女様に殺され消えたことで魅了が解けていたのかっ!
1年間の長い間、ずっとヤツの愛玩人形とされていたから気付かなかった。
なら、アルフォンス様に魔王の闇の力をお教え出来るっ!
触れただけで四肢を消す恐ろしい力。アルフォンス様が私の様にされてしまうっ!
「アっ……アルフォンス様っっ! アルフォンス様ぁぁっ!」
必死に叫ぶが、ミリアの耳を劈く悲鳴にかき消される。
カズマが消えたことで正気を取り戻した彼女の絶望は計り知れない。
その叫びが余計に私の声を掻き消す。
(アルフォンス様に届かない……このままではアルフォンス様が危ないのに!)
視界の端でアルフォンス様が一瞬こちらを見た気がした。
あの優しい顔が心配に歪んでいる。私を――こんな無価値な存在を心配してくれている。
その思いやりが胸を締め付ける。
ああ、私にそんな価値無いのです。
魔力も尽きて貴方の援護も出来ない、ただの肉塊は見ないで良いのです。
アルフォンス様。魔王のチカラの事をアルフォンス様に伝えなければならぬのです。
それさえ伝われば、舌を噛んで文字通り肉塊となってもいいのです。
盾にしてくれても良い。肉弾として使ってくれても良いのです。
ああ……早く……アルフォンス様に伝えねばならぬのに……!
「アルフォンス様ぁぁっ!アルフォンス様ぁぁっ!」
必死に叫ぶが、ミリアの悲痛な叫びが耳を劈くばかりに響き渡る。
その叫びが私の声をかき消していく。
「魔王はっ…………!」 「私を…………っ!」
(魔王は闇の力で人の四肢を消しますっ! 私を盾にしてくださいっ!)
ダメだ。アルフォンス様から距離があるのと、ミリアの叫び声で、
私の声はアルフォンス様に届かず、逆にアルフォンス様は私の心配をされてします。
戦いに集中して欲しいのに、危ないのに、どうしよう。
(いや! それどころか……!)
魔王の闇の力については確かに重要です。アルフォンス様に伝えるべきです。
だけど今の状況を考えると……もっと重要なことがあるんじゃないか?
アルフォンス様は今も魔王と対峙している。
私を心配することで気を散らしている場合じゃない。私も冷静にならないと。
アルフォンス様が一瞬、私の方を見た。その目に映るのは間違いなく「心配」だ。
(ああ……ダメだ。アルフォンス様はこんな私を気にかけてくださる)
私は自分を呪う。魔力も尽き、何もできない私が彼の重荷になっている。
その時――聖女様の澄んだ声が背中に刺さるように響いた。
「アルフォンス様っ! あの二人は私にお任せをっ!」
「女神の御力で、この場から連れて避難してまいりますっ!」
「転移という御業を使いますっ 一時的にこの場から消えて戻りますので、
今しばらくだけ魔王を願いいたしますっ!」
アルフォンス様は今度はかなりの時間を逡巡しされた。
最終的に、アルフォンス様は少し唇を固く引き結んで頷き聖女様の言葉に答えた。
聖女様もしっかりと頷き、アルフォンス様の背中に力強い視線を送った。
それはまるで互いに「信じている」という意思表示のようだった。
(やっぱり……聖女様はアルフォンス様を……
アルフォンス様は聖女様を本当に大切に想っている……)
その絆の深さを見せつけられたようで胸が疼いた。
しかし今はそんなことで嫉妬している場合ではない。
アルフォンス様の注意を逸らさせないように……私は声を殺す。
聖女様が側にいらしたら……魔王の力を伝えて私は……!
聖女様は私たちの方へ近づいてくる。その足音が妙にリアルに響く。
その間にミリアの悲鳴がまだ続いていた。
(ミリア……)
聖教会の孤児院で懸命に努めていたミリアにとって、カズマに魅了されていた
1年間はどんなに恐ろしくショックだったろう。ヤツの愛玩人形とされて……
私と同じようにヤツに媚びる身体に絶望していたのだろう。
えっええっ!? マズイっ! ミリアが舌を噛んで自決しようとしているっ!?
気持ちは分かりますっ! 私も出来るならそうしたい、でもダメよっミリアっ!
望に染まっているのであろうミリアが、今まさに舌を噛み切ろうとした
タイミングで、聖女様が私たちの元にいらっしゃった。
そして祈りの詠唱を唱え始められる。
聖女様が先程おっしゃっていた転移という御業。魔王も使った神の奇跡。
女神に遣わされた聖女様だからこその御業なのだろう。
これ程のお方が……アルフォンス様のおそばにいてくだされば……、
私はもう肉体も魂も塵に消えて良いと思える。お別れを言う資格も無いもの。
そして……聖女様を中心に私とミリアの姿が空間に滲み、次の瞬間――
私たちは宮廷内の訓練場に転移していました。
---
転移した瞬間、冷たい石床の感触が足元に広がった。
ここはまさにあの日――アルフォンス様の左腕が失われた忌まわしき場所。
鮮明に焼き付いた記憶が蘇る。
あの無残な光景。私の手で燃やし尽くした最愛のお方の目の腕。そして目。
(なんで……この場所に……)
聖女様の意図を測りかねる思考が一瞬よぎる。避難されるのに場所は他にもあるはずなのに。
ここはあまりにも……痛ましい思い出が濃すぎる。
(だがそれよりも――)
聖女様に魔王の闇の力をお教えして、アルフォンス様に伝えて頂かねば――
私がその事をお伝えしようとした、その時――
信じられない奇跡を聖女様は起こされていた。
私と同じように四肢を失ったミリアの身体に祈りを込めると、
ミリアの四肢は元に戻り、身体が回復していたのだ。
そして苦悶に満ち舌を噛み切ろうとしていた彼女は穏やかな寝息をたてて、
安らかな顔で眠り始めた。
聖女様はこれで大丈夫と小さく呟く。『記憶も消したし、身体も全て元通り』だと。
(そんなことができるのならっ! 何故アルフォンス様の身体は治さないのかっ!)
アルフォンス様を傷つけた私にそんな事を言う権利は無い。だが言いたくなってしまう。
いや……聖女様にも理由はあるのだろう。だって――
この方が出来る事を惜しんでアルフォンス様をそのままにしているとは思えない。
そして聖女様は私の元に来られた。
先のミリアと同様に私の身体を治すためだろうか……いや、それよりも、
「聖女様っ!お聞きください!魔王の闇の力についてなのですっ!」
私は必死に訴えた。女神の遣いたるこの方なら理解してくれるはず。
「魔王は、魔の創造神として闇の奇跡を操るのです!
触れるだけで……人の四肢を消し去る奇跡なのですっ!
早くアルフォンス様の元にお戻りになってお伝えくださいっ!」
声が震えた。あの時の恐怖が蘇る。自身の四肢が無くなった記憶のではない。
あの人の左腕が、左目が……私の最愛だったアルフォンス様の……
「私にも……アルフォンス様にも……同じような仕打ちを……」
言葉が詰まる。涙が溢れる。私の醜態は聖女様の御前に晒すべきではないのに……
「だから……私はこのままで良いのです……もう今の私に生きる価値など……」
黙りこんだまま私の話しを真摯に聞いていてくださったと、
思っていた聖女様のお顔をふと見上げたら――そのお顔は憎悪に塗れていた。
理解が追いつかなかった。
聖女様の清らかで慈愛に満ちた顔が一瞬で消え去り、
そこに現れたのは底なしの憎悪に染まった顔。私の全身が凍りつく。
目の前のこの方は本当にあの聖女様なのだろうか?
現実感が一気に遠のき、頭の中が真っ白になる。
アルフォンス様に魔王のチカラのことを一刻も早く伝えてもらわねばならないのに――
思考が纏まらず混乱したまま、聖女様の表情から目が離せなくなった。
そんな聖女様が急に口を開いた。
「そうね……確かに今のあなたに生きる価値は無いわ」
その声は低く冷たく響いた。私は驚きを隠せなかった。
私の望みではあるけれども、突然の変貌が信じられない。
(なぜこんな事を突然、言われるのでしょうか……!?)
私は困惑と恐怖に支配される。聖女様は続けて言葉を紡いだ。
「自分のことを生ゴミだと思っているのでしょう? だから私が燃やしてあげる」
聖女様の聖杖が掲げられると同時に、魔法か何かわからない。
聖女様が攻撃に値する魔法?御業?が使えるのに驚いてしまった。
轟々と燃え上がる炎が出現した。まるで私の"豪炎"みたいな火球を……
「聖炎というの。この炎は」
聖女様が小さく呟き私に一瞥くれる。
それは私が想像していた慈悲深い聖女様とはあまりにもかけ離れていた。
炎の輝きの中に見えるのは狂気じみた光だった。
私はその光景に恐怖し硬直した。
先ほどまでの優しさは何処に行ってしまったのだろう。
聖女様はまるで怨霊のような形相で私を見下ろしている。
私の心臓が早鐘のように鼓動し始める。
「アルフォンス様に侵した罪への罰。
炎でその身を焼き尽くされるのがあなたにとって最も相応しいでしょう?」
その言葉は氷の刃のように鋭く突き刺さった。
聖女様の瞳は底知れぬ憎悪に染まり、かつての清らかな慈愛は欠片もない。
私はただ呆然とその変貌を見つめることしかできなかった。
(アルフォンス様を想う聖女様の怒り……)
確かに私は罪深い。彼の大切なものを奪い、尊厳を踏みにじった。
この炎は聖女様のアルフォンス様への想いが凝縮されたものなのだろう。
そう思った瞬間——
聖女様が聖杖を振り下ろし、眩い聖炎が迸る。
『聖炎』
彼女の冷徹な宣告と共に、白熱の奔流が私を飲み込んだ。
四肢を失った私の身体は抵抗することも逃れることもできない。
ただ炎に包まれていくのを感じる。皮膚が焦げる匂い、骨が焼かれる痛み——
いや、これはただの炎ではない。魂そのものを浄化するような……聖なる裁きだった。
(これで……終われる……)
安堵とともに目を閉じる。最後に浮かぶのはアルフォンス様の姿。
申し訳ありませんでした。ごめんなさい。あなたの傍にいる資格はありませんでした。
炎の中で意識が薄れていく。私の罪深い生涯がここで終わりを迎え——
そして次の瞬間——
真っ白な世界が広がっていた。
これは救いの話し……ぼく達が最高の……
これ、書いているのが自分でなければ泣いてたかもしれない。
やっと本作品を連載にしようと決めてから、
描きたかったシーンのうちの最後のシーンに辿りつきました。
ただ、あまり盛り上がる風にならなくて己の力不足を感じております。
次回"は"アリシア回想sideです。




