英雄たちの咆哮 〜勝利の鐘、未だ響かず〜
エイリュシオン帝国宮廷での騒乱と時を同じくして、
帝都グランフェリア東大門では熾烈な戦いが繰り広げられていた。
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夜の帳が深まる帝都を魔物の咆哮が切り裂く。
エリック率いる騎士団は血塗れの戦場に立っていた。
地面には魔物の屍と魔族の遺骸が折り重なり、
戦場の硝煙と腐敗臭が渾然一体となって鼻腔を灼く。
「右翼!もっと詰めろ!奴らを押し返せ!」
エリックの号令が夜気を裂いた。彼の剣が閃くたび、赤黒い血が月光に踊る。
「民は? 逃げ道は確保できたか?」
エリックの視線が背後の副官に向く。副官の表情には安堵の色があった。
「はい!東大門からの避難路は確保済みです!」
その報告にエリックは小さく安堵の息を漏らした。だが戦いは終わらない。
次々と押し寄せる魔物と魔族の群れに騎士団は押されていた。
「だが……最初から尋常じゃない数の敵が突如として現れた……いったい何がっ!?」
誰かが苦悶の声を上げる。
その時—
「こちらだ!我々も助太刀する!」
聞き覚えのある声とともに新手の騎士団が現れた。
第四騎士団の副長バルドの姿もある。
「バルド殿!来てくれたか……」
「団長が勇者殿に媚びて祝賀会に出払っておってな、
ならば我々は帝国の騎士として民の為に戦うまでと思ってなっ!」
バルドが馬上から叫ぶ。
彼の騎士団もまた疲労の色を隠せないが、士気は高い。
召喚勇者が現れてから、カズマに媚びを売る自身らの団長に辟易していたのだろう。
「ありがたい!だが油断はするな!奴らは民を皆殺しにするつもりだ!」
エリックが警告すると同時に新たな敵影が迫る。
黒い影のような魔族が建物の影から現れた。
「あれは……シャドウウォーカーか!?厄介だぞ!」
バルドが叫ぶ。その名の通り影のように自在に移動する魔族だ。
通常の剣では捕らえにくく、魔法も通じにくい。
「魔法部隊!前進せよ!焼き払え!」
エリックが指示を出す。騎士団の魔法使いたちが前に出て火球を放つ。
炎の嵐が巻き起こり、シャドウウォーカーの姿が炎に包まれる。
しかし完全に消滅したわけではなく、炎の中から再び黒い影が立ち上がった。
「完全に消滅させないと無意味だ!集中砲火だ!」
エリックが叫びながら剣を振るう。
彼の周囲では騎士たちが懸命に敵の接近を阻止している。
突如として背後から聞こえる叫び声。
「危ない!後ろに敵だ!」
副官の警告とともに振り向くと、魔族の一団が騎士団の後方に回り込んでいた。
避難民の列に近づいている。
「まずい!援護が必要だ!」
エリックが焦燥感を露わにする。
ちょうどその時—
「助けが来たぞ!」
遠くから歓喜の声が上がる。
視線の先には新たに到着した騎士団の姿があった。第二騎士団の旗が見える。
「団長は祝賀会に出ておるがな!
俺たちには民を守る使命がある!一緒に戦おう!」
新たな援軍が到着したことにエリックの心に希望が蘇る。
だが戦いはまだまだ終わらない。
魔物と魔族の軍勢は途切れることなく押し寄せてきていた。
「我々だけでどこまで持ち堪えられるか……」
エリックが呟く。しかし彼の目に諦めの色はない。
帝国を守る者として、民を救う者としての信念がそこにあった。
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駿馬セレストの蹄鉄が砂利道を叩く音が夜の静寂を破る。
二つの影が鞍上で密着するように身を寄せ合う。
アルフォンスは右腕一本で手綱を握り、
背後からはリーンの細い腕が彼の胴に絡みつくように回されていた。
「……速すぎませんか!?」
風を切る轟音の合間に、リーンが叫ぶ。
「問題ない!」
アルフォンスの返答は短く鋭い。
彼は焼け残った右目だけを前方に集中させながら、
わずかに残る筋肉の記憶に頼り左半身を安定させる。
この速度は馬にとっても負担だ。セレストは全身を汗で濡らし、
白い湯気のような蒸気が月明かりに浮かぶ。馬腹は波打ち、息遣いは荒い。
宿場町オルデンは帝都グランフェリアの北大門から最初の宿場町。
北部方面の他にも東部と西部に分岐する地にある。
通常ならば帝都から1日弱の距離である。
だが駿馬セレストなら──全力を出せば数時間。
帝都、西部、東部の分岐路を突き抜けた時にリーンが言った。
「間違いありません!あの禍々しい赤い光……真なる魔王が現れました!!
アルフォンス様を倒そうと誘い込んでいます!!」
何故か彼女の言葉には確信があった。聖女の瞳には特殊な力でも宿っているのか。
アルフォンスにはその判断の根拠が分からないが――今は彼女を信じるしかない。
(本当に俺が狙いだとして、俺がオルデンに……近くに居た事を知っての事か?
それともこの国の中心に居座って俺を誘う為だったのか……いや罠だとしても)
そう罠だとしても、もはや彼には関係なかった。
勇者として……そしてアルフォンスなりの騎士の矜持を取り戻した今、
とにかく急ぎ帝都に向かい人々を救う力になれば良いとアルフォンスは考えていた。
カズマやアリシアが帝都にいるかもしれないが、今はそれすらも足を止める理由にはならない。
(帝都にはエリックたちがいる。彼等なら間違いなく民の為に戦っているはず……)
セレストは既に限界を超えている。額からは汗が流れ落ち鼻息は荒く泡立っている。
「まだ……行けるか?セレスト!?」
馬は応えるように唸り声をあげた。まだ走れる意志の表明だ。
「あとどのくらいでしょうっ!?」リーンが絞り出すように訊く。
「北門まで……おそらくあと20分ほどだっっ!」
アルフォンスの叫びにリーンが息を飲む。
そして彼はさらにセレストの馬脚の限界を超えるように加速させる。
片目となった彼の視野は狭い。
月明かりだけが頼りで道の起伏すら正確には捉えられない。
片腕で手綱を捌きながらバランスを取るのも精一杯だ。
だが今は――迷ってる暇などない。
アルフォンスとリーンを乗せたセレストは帝都北大門を駆け抜けた。
《BGM ジャ〇アント・〇ボTHE ANIMATION 爆走!一清と楊志》
名曲です。
この曲に合わす為にこのシーンを用意したと言っても過言ではありません。
この章のタイトルはOVA、Episode:4を引用しました。




