神の告げる真実とヒトの悲喜劇
「な……なんだよ……これ……」
和馬の声はかすれて震えていた。
右腕の肘から先がなくなっている。ただの切断ではない。
まるでそれが元から出あっかのように切断面は闇で閉じられている。
「痛くない……のに……なんで……」
痛みはない。それがまた不可解だった。
腕が消えたという事実だけが頭の中で繰り返される。
まるで悪夢のような光景が目の前に広がっていた。
「おい……おい……嘘だ!? なんで俺が……こんな……!」
和馬は喚いた。
涙こそ流していないが声には明らかに混乱と恐怖が混じっていた。
自身より弱い者を虐げたこともある彼が、まるで被害者のように喚いている。
アルフォンスの左腕を肩から切り落としたにも関わらず。
「カズマさまぁ……」
甲高い声が耳元で響いた。アリシアだ。
彼女の目は涙に濡れている。その表情からは深い同情と哀れみが見て取れた。
魅了で彼に嬉々として従う彼女は、彼の身を共に嘆いているようだった。
彼女も和馬の魅了による影響で切り落とされたアルフォンスの左腕を
かつてアルフォンスのと共に研鑽した炎魔法で灰にしたにも関わらず……。
「ああ……なんてひどい……カズマさまがこんな目に……」
隣ではミリアも同じように泣きながら寄り添っていた。
和馬の魅了に染め上げられた彼女たちが自身を哀しんでくれているのが、
今の和馬にとっては唯一の救いのようにも思えていた。
「ああ……可哀そうなカズマさま……」
「私たちがきっと守ります……」
己の愚かさが分からない彼女たちの優しさが空虚に響く。
一方で周囲の反応は違った。皆一様に目を見開き口を半開きにして――
「……勇者様が……」「……魔王が……」「……何が起きている……?」
周囲の人々の声が遠くで聞こえる。
「勇者様が……」
「魔王が……」
「一体何が……」
誰もが何が起こったのか分からず混乱している中で、
ただ一人だけが違う反応を見せていた。
皇帝グレゴリウス。
彼は玉座の側で這いつくばりながら目を見開いている。
冷静さを失わないはずの男はもういない。ただ驚愕と恐怖の色に染まっている。
「まさか……勇者様が……」
「本当に……この程度なのか……」
期待と希望が脆く崩れ去る周りの騒音が聞こえる。
皇帝の頬を一筋の汗が伝い落ちていく。
命運を掛けてみた和馬という存在がどれほど儚いものだったのか。
「……この男に……我らの命運が託されておるのに……」
その呟きには重苦しい諦念が滲んでいた。
皇帝もまた他の者たちと同じく衝撃を受けている。
しかし――魔王ガルグリムだけは周りの騒乱など気にせず、
床に転がった『聖剣』へと赤く鈍く輝く眼差しを向けていた。
それは帝国の歴史と共に受け継がれてきた伝統ある聖剣――
歴代の魔王を討伐するために、召喚された『勇者』たちが振るってきた武器。
剣身はミスリルで造られ柄には光晶石の結晶が埋め込まれている。
時の正教会の最高司祭たちが祝福(光魔法の付与)を与える続けてきた。
その名は――『聖剣・レヴァティーン』
ガルグリムはその刃を冷徹な目で眺めていた。さも面白いモノを見つけたように。
一方、和馬は――
「なん……で…」
未だ失った右腕を信じられないといった表情のまま、
喉から呻き声のような声を絞り出す。
「なんで……俺がこんな目に……!
レベル152の俺が! レベル120のお前に負けるわけないだろ……!」
『聖剣』から視線を外すとガルグリムはゆっくりと顔を上げた。
『レベル……?』
魔王ガルグリムの低く響く声が空気を震わせ、眼差しがさらに細められた。
彼は和馬の言わんとする意味を理解していた。
この愚かな男は『レベル』という数字を根拠にしたのだと――
(真なる魔王……魔の創造神たる私を……数値化しようとしたか)
傲慢とも言えるその考え方すら愉悦に感じながら、
ガルグリムは静かに口を開いた。
『お前の言いたい事は分かっておる』
低く響く声が和馬の鼓膜を刺すように届く。
『お前が見た私の"レベル"とやらを示した数値は……』
一拍置き――
『……この"依り代"となった身体のものだ』
「依り……代…?」
和馬の口がわずかに開く。初めて聞く言葉に戸惑いの色が隠せない。
驚いているのは和馬だけではなく、帝国の歴史と共に魔王の記録を
最も知っているはずの皇帝グレゴリウスも驚愕の表情を浮かべていた。
『そうだ』
ガルグリムの赤い瞳が淡い光を宿す。
『今お前の目に映る私は……
真なる魔王、魔の創造神としての力の一部しか顕現出来ていない』
「……どういう意味だ!」
和馬の声に怒りと混乱が混ざる。
『簡単な話だ』
魔王の声は穏やかだった。おそらく愉しいのだろう。
『お前が見たレベルとやらの数値は現世に降りるために借りた"器"の数値に過ぎん』
「つまり……それは……」
『そうだ――真なる魔王、魔の創造神のレベルとやらが測れると思うな』
魔王ガルグリムの赤い瞳が祝宴会場全体を見渡した。
その視線だけで人々は凍りついたかのように動きを止めた。
『諸君らに真実を告げよう』
魔王の声が会場の隅々まで響き渡る。
もはやそれは単なる魔族の主という範疇を超えた存在感だった。
『歴代の魔王と勇者の戦い——あれは単なる闘争劇にすぎぬ』
ガルグリムの言葉に会場は静まり返った。
特に帝国の……魔王と召喚勇者の歴史を最も知る皇帝からは驚愕の表情が漏れる。
『魔王と勇者。どちらも人間と魔族という二つの種族の争いに過ぎぬ』
和馬の表情が歪む。自分が勇者と呼ばれることへの自信が揺らいでいる。
『真の歴史を語ろう』
魔王の赤い瞳がさらに強く光を放った。
『この世界を任す種族を創り出すために二柱の創造神が存在した。
一つはヒトという生命を創りし女神フィリア。そしてもう一つは——』
一拍の沈黙。
『貴様等に魔族と呼ばれし種族を創った魔の創造神だ』
皇帝グレゴリウスが息を詰める。
『女神の創りしヒトはこの現世の支配者となった。
当然……魔の創造神は——そのヒト、すべての命を憎んだ』
静かな怒りが魔王の声に込められる。
『彼は女神の創造物であるヒトのすべての根絶を望んだ。即ち——』
魔王の口元にわずかに弧が浮かぶ。
『幾千年の刻を経て、私が現世に顕現した際の目的もその一点のみである』
会場全ての人間の間に恐怖が蔓延した。
魔族と人間の戦いではなく——神の争いなのだと悟らされた。
『貴様等が頼る召喚勇者など……ただの人形に過ぎぬ』
和馬の顔から血の気が引いていく。
『真なる勇者は……女神の遣わした真なる意思。
その勇者が女神の手足となる聖女と共に魔王を阻む存在なのだ』
魔王ガルグリムの言葉が和馬の心臓を締め付けた。
『そして今宵よりこの地は……真なる魔王と女神の勇者の戦いの場となる』
その宣言に会場中の空気が変わる。
これから始まるのは種族同士の争いではない。
世界の根源に関わる神の争いであることを理解し——
人々の絶望が色濃く広がっていく。
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玉座の近くで皇帝グレゴリウスは呆然と立ち尽くしていた。
魔王ガルグリムが圧を弱めたのか身体はいつの間にか自由となっていた。
皇帝グレゴリウスの心中には怒涛のごとく様々な感情が押し寄せている。
アリシアやミリアたちを和馬の妾のように差し出し魅了を見て見ぬふりをした。
その為にアルフォンスを見捨てもした——それら全てが無駄であったと悟った。
何故なら召喚勇者カズマは、この魔王……神を斃す役目を持った者でないからだ。
『召喚勇者ではこの真なる魔王……神には勝てぬ』
ガルグリムの言葉が脳裏で繰り返される。
ならば和馬の特別なチカラでも通用しなかったのも必然。
剣を振るうこと自体が神への冒涜に等しかった。
和馬の右腕が闇に飲まれた光景が焼き付く。
あれはただの攻撃ではなかった。神の裁きだったのだ。
(愚かな……我々は神に挑もうとしていたのか)
全身から血の気が引くような恐怖が襲う。
もうこの国は終わりなのだ。いや世界の人間の終わりの刻なのだ。
女神を信仰するこの帝国の皇帝が女神に敵対する存在に屈服してしまう。
だが逃げ場もない。生き残る道などどこにもない。
「……もはや……どうすれば……」
震える唇から零れる声は掠れている。
「……この真なる魔王には……何も出来ない……神を傷つけるなど……」
グレゴリウスの言葉は完全なる諦観の言葉だった。
皇帝としての矜持すら砕け散るほどの絶望的な現実が突きつけられる。
しかし——
『そうでもない』
その言葉が耳に届く。
え?
グレゴリウスは弾かれたように顔を上げる。
魔王ガルグリムは感情の籠らない表情で何かを眺めていた。
その見つめる先は――
使用者の手から離れ地に転がる―聖剣・レヴァティーン―
『この聖剣とやらは歴代の紛い物の魔王を倒し続けてきた剣……』
ガルグリムは赤い瞳を細めながら床に横たわる聖剣・レヴァティーンを見下ろす。
『歴代の魔王はいずれも我が権能から分岐した存在。
完全な依り代とはならぬものの……』
一拍置いて続ける。
『かつて魔の創造神より生み出されし際に宿した神力の残滓を持つ者たちだ』
『それを打ち倒し続けたこの剣は……』
『不完全ながらも、神殺しに至る存在へと変貌しているようだぞ?』
和馬の眉が僅かに動いた。皇帝グレゴリウスも驚愕の表情を浮かべる。
『つまり……この剣は……私に傷を負わせるかもしれないな……』
その言葉が静寂の中に落ちると同時に――
「勇者カズマよっっ!」
皇帝の叫び声が祝宴会場に響き渡る。
「その聖剣を手に取って、 我々のために戦うのだっっ!!」
かつての威厳は欠片もない。まるで縋るような皇帝の姿があった。
「戦えって言われても……右腕がないのにどうやってだよっ……!」
和馬が苛立たしげに答える。
失った右腕がまだ信じられないように視線を何度も失た右腕に向けている。
「左腕があるだろうがっ!」
グレゴリウスが必死に叫ぶ。すでに皇帝としての体裁など捨て去っている。
「そんなことできるかよっ!」
和馬の声には怒りが混じっている。
「それにまた……身体が消されちまうだろ……」
二人の無駄な言い争いが続く中――
アリシアとミリアだけは魅了に染まり黙って和馬を支持していたが、
他の者たちは無言で見守るしかない。
(陛下と勇者の恥ずかしい無駄な争いでも……)
(何とかしてもらわないと……我々も……)
宰相ラファエルすら含む、皆の胸中に焦燥が広がっていく。
そこへ――
『随分と滑稽なやり取りだな』
低く響く声が全員の耳を打った。
『勇者よ……右腕が失われたことが問題か?』
魔王の問いかけに和馬は反射的に振り返る。
『ならば別の方法で聖剣を扱えばよいのではないか?』
和馬だけでなく会場中の人々が驚愕の表情を浮かべる。
『例えば――その小娘達の手を、
いやこの場にいる者共の身体を借りれば良いであろう』
魔王の指先がアリシアとミリア、そして会場の全ての人間を示す。
『私は魔の側とはいえ創造神なのだ』
ガルグリムの声が低く響く。
『魔の側であるがゆえ……ヒトに対して身体を無から回復させる――
所謂女神の手足である聖女の"パーフェクトヒール"のような真似はできん』
和馬の喉が微かに動いた。少しの間諦めが付いたというように。
『だが――貴様の別の部位を貴様の右腕に変換することは容易い』
その言葉に、和馬の表情が凍りつく。
『あるいは――この場にいる者たちの身体の一部をそのまま借りることもできる』
その場の空気がさらに凍てつく。
『貴様の身体であれば変換は可能』
ガルグリムの視線が和馬の左腕に向く。
『貴様の身体の一部を右腕へと変換すればよい』
和馬の左腕を見つめながら呟く。
『ただし――別の者の身体であればその部位そのままでの交換となる』
和馬の顔から血の気が引く。
同時に周囲の人間たちの顔色も変わっていった。
皇帝グレゴリウス、宰相ラファエル、もはや全ての貴族と騎士団長達……
皆が恐れ慄きながら互いの顔を見合わせている。
『さて――どうする?』
ガルグリムの赤い瞳が和馬を捉える。
『貴様の左腕を右腕に変換するか?それとも他の者の身体を奪い取るか?』
和馬の視線が左右に泳ぐ。
失った右腕を取り戻したいが――
『自分の身体を削るのは嫌なんだ……』
その時――
「カズマよっっ!」
皇帝の絶叫が響く。
「アリシアやミリアたちを使えばいい!
あの娘たちならば喜んで身体を差し出すであろう!」
もはや皇帝の尊厳など欠片もない。
一方――
魅了されているアリシアとミリアの二人は、
「カズマさまぁ……」
「私たちの身体をお使いください……」
二人の瞳には狂信的な光が宿っていた。
和馬のためなら身体の全てを捧げる覚悟が窺える。
和馬の中で一瞬だけ迷いが生まれた。
確かに彼女たちは自分の妾、そしてアリシアは愛する存在になっている……
しかし――
「……悪いな」
和馬は顔を背けて直視せずに呟いた。
その言葉は謝罪の気持ちよりも自己保身が滲みでていた。
もはや和馬の中に愛も感謝も消え失せた。
アリシアとミリア……魅了による憐れな献身は、
和馬にとっては最悪の形で利用されようとしていた。
真なる魔王……魔の創造神はその悲喜劇に愉悦していた。
かの神にとってこの喜劇は、待ち時間を潰すだけの娯楽でしかないのだから。
やってしまいました。かなりグロい因果応報となりそうです。
これで本当に祝賀会会場は悲喜劇な地獄絵図となるのかもしれません。
作品説明から悲喜劇を外すか考えてたんですが説明回収となりました。
これが昨日、前話を作成した際に思いついてしまったエグい展開です。。。
出来る限り悲壮はあってもグロにならないように作成します。
尚、現魔王のステータスは以下の通り。レベルは元の身体の数値です。
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【名称】魔王・ガルグリム
【称号】魔の創造神の依り代
【レベル】120
【状態】正常
【HP】█████████(測定不能)
【MP】█████████(測定不能)
【スキル】暗黒魔法/闇の加護/絶対領域/限定神力
【備考】「魔の創造神」の依り代。神格由来の特殊能力多数保有
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