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顕現

帝都方面と東部戦線の分岐点に位置する宿場町オルデン。

宿屋『星の橋亭』の一室。


月光が彼女の白銀の髪を撫でるように流れ髪先がシーツの上へ落ちていく。

リーンは両膝を揃え固く握りしめた拳を置いたまま俯いている。

その姿勢から強い緊張が伝わりアルフォンスもまた無意識のうちに唾を飲む。


「……どうした?」


ついに痺れを切らしたアルフォンスが声を掛ける。

その瞬間リーンが弾かれたように顔を上げた。

頬にはうっすらと朱が差しており、その青い瞳には涙が溜まっているように見えた。


「わ……私は……」


月明かりに照らされた窓枠の向こう側。

南の水平線近くに闇を裂くように蠢く……赤く濁った光の塊が見えた。


彼の残された右目が捉えた窓の遥か先に水平線に滲んでいく赤い色。

アルフォンスの隻腕が無意識に動き虚空を掴む。


「あの光……帝都の方向だ……」


彼の呟きにリーンの肩が震える。

彼女が伝えようとした言葉は喉の奥で消え去り意図せず出た言葉は……


「……そんな……今日だったの……?」


アルフォンスに何かを伝えようとして震えていたリーン。

彼女の震えの理由が今は変化していることに彼は気付かない。


-----------------------------------------------------


エイリュシオン帝国、帝都グランフェリア、東大門


宮廷から響く轟音に一瞬体を強張らせたエリックだったが、

すぐに我に返った。冷たい夜気が肌を刺すように感じられる。


(動揺している場合ではない……今こそ冷静にならねば)


「斥候隊を組め! 城壁外の状況を確認せよ!残りはここで警戒態勢を取れ!」


凛とした声が静寂を破った。騎士たちは即座に散開する。

彼らの訓練された動作には迷いがない。

それでもその表情には明らかに緊張が走っていた。


「宮廷の火は中心部ではなく四方からですが……尋常ではない規模ですな」


代理の副官が声を潜めて言った。

その言葉通り、宮廷の赤黒い炎は徐々に夜空を染め上げていった。

瓦礫が崩れ落ちる音と人の悲鳴が遠くから風に乗って運ばれてくる。


しかし状況把握は困難を極めた。

夜間の闇に加え、帝都の中心部では既にパニックが発生していた。

市民たちが街路を埋め尽くし西へ逃げようとしている。


「街中にも異常な動きがあります!あちらをご覧ください!」


若い騎士の報告と同時に、彼らの周囲の暗闇にも異変が起こった。


石畳の隙間から何かが這い出してくる気配。

金属的な唸り声と湿った獣臭が漂ってきた。

街灯の薄明かりに浮かび上がる奇怪な輪郭。


「……まさか」


エリックが目を凝らした先には、異形の生物群が蠢いていた。


「魔物……それに魔族だ!」


騎士たちの間に激しい動揺が走る。

彼らは帝都の中心部にいるはずのない存在を目にしていた。

ゴブリンにオーク、さらには翼を持つガーゴイルまで。


「どうしてこんな所に!!」

「帝都になぜ魔物がっ!!」


一瞬にして混乱が拡大していく。


これはただの攻撃ではなく間違いなく計画された襲撃。

そもそも宮廷の火は全て四方から燃え上がっている。

敢えて宮廷の中心を残している事に気付いたエリックは痛恨の叫びをあげた。


「……まさか、帝都を狙って来るとは……

 この地を押さえて、アルフォンス様を迎え撃つつもりかっ!!」


エリックの絶叫が冷たく乾いた冬の夜気を切り裂いた。

その声には驚愕と痛恨の念が混ざり合っていた。


一瞬の動揺が騎士たちの間を走る。

しかし、エリックはすぐに鋭い命令口調を取り戻した。


「諸君! 目的を理解した!我々は今この地で戦わなければならない!」


彼の眼光は騎士たち一人ひとりを射抜くように貫いた。


「第一にこの一帯の敵の殲滅して 東大門の死守!

 第二に東大門を起点とした民の避難ルートの確保だ! 」


騎士たちは即座に動き始める。

エリックの声は混乱の中で秩序を呼び戻し始めていた。


(カズマに媚びを売っていた他の騎士団も今は帝都にいるのでは……?)


それは不意に彼の脳裏をかすめた思考だった。


今夜はカズマの祝賀会が行われていた。

ならば彼に媚びていた他の騎士団が帝都に集結しているはず。

それこそがまさに僥倖と言えるかもしれない。


「……各騎士団に伝令を!我々が主導し連携を取れ!民を救うために!」


彼は自らの剣を抜き放った。刀身が月光を受けて青白く輝く。


「我々はアルフォンス様と志を同じくする!国でも皇帝でもない!民のために戦う!」


彼の剣が最初の敵、近づくオークを斬り捨てた。血飛沫が石畳に散る。


「行くぞ!命を懸けて帝都を守る!」


彼の声に呼応して騎士たちの雄叫びが上がり、戦いは始まった。


-----------------------------------------------------


「──おいっ!? な……なんだこの音はッ!!」


突如、宮廷を揺るがす轟音が四方向から同時に鳴り響いた。


巨大な金属が破裂するような衝撃波が空気を切り裂き、

会場のシャンデリアが激しく揺れる。


「きゃああッ!」「地震か!?」「爆発だ!」


貴族たちの悲鳴と杯が砕ける音が混沌と入り混じる。

豪奢なドレスの裾がはためき、料理がテーブルごと倒れて床を汚した。


「な……なにが起きている……ッ!?」


和馬は椅子から転げ落ちそうになりながらも必死に立ち上がる。

彼のお飾りでしかないヒーラーのミリアが震えながら彼の袖を掴んだ。


「カズマ様ぁ……怖いですぅ……」


「ふざけんな! 何でもいいから魔法でなんとかしろよ!」


「私、聖職者ですよぉ~ そんなの無理ですぅ~!」


涙目のミリアの横でアリシアが鋭く周囲を見回した。

変貌していようと経験を積んだ魔導師団エースの本能は健在だ。


「カズマさま……こちらへ!」


アリシアは迷わずカズマの腕を引いて壁際へ移動する。

魔力感知を走らせながら呪文詠唱を始めるその姿は、かつての凛々しさを彷彿とさせた。


一方、皇帝グレゴリウスは泰然と玉座に踏み止まっていた。


「……これは明らかに攻撃だ」


低く唸る声が混乱の中でも妙に通る。

宰相ラファエルが血相を変えて駆け寄ってきた。普段の落ち着きは失われている。


「陛下! 北、南、東西の各門から同時爆発! 壁が吹き飛び……火が上がって……」


「詳細は後だ! 直ちに警備を掌握しろ! 貴族どもを一箇所に集め安全を確保!」


皇帝の指示が飛ぶ中、再び衝撃音が鳴り響いた。

窓の向こうで冬の夜空が朱く染まり始めている。


「外を見てまいります」


アリシアが短く告げると窓辺へ駆け寄り、カーテンを捲り上げた。

途端に熱風が室内に吹き込み、彼女の豊かな巻髪が大きく煽られる。


「───なに……これ……!」


帝都の夜を染める火柱が四本。

四方から立ち上る炎が黒煙と共に冬の空を焦がしている。

木造部分が燃える独特の焦げ臭さが鼻を突き、建材の崩れる重厚な音が耳を劈く。


「宮廷の円周部各所が……攻撃されて燃え上がっています……」


「ふざけんなよ……誰だよこんなことしやがったヤツ……ッ!」


和馬が恐怖と怒りが混じった声で叫ぶ。

その足は小さく震えており、いつ逃げ出してもおかしくない。


「カズマさまは私がお守りしますから……」


アリシアがそっと彼を支えながら詠唱を終えた防御魔法を展開する。

かつての清廉な横顔は今や媚びを含んだ艶めかしさになっていたが、

その眼差しだけはかつてアルフオンスと共にいた頃の凛々しい彼女のようだった。


「侵入経路はどこだ……警備はどうなっている……!」


皇帝の問いかけに答えられる者はまだいない。

宮廷の内外を繋ぐ各門から発生した破壊の炎はまさに「奇襲」の名に相応しかった。


『私はここにいるぞ』


その声は唐突に、まるで闇そのものが形を得たかのように降り注いだ。

言葉の一つひとつが魂を掴み取るような重圧を伴い、会場全体を氷のような静寂で包み込む。

まるで冬の夜よりも深い冷気が広がり、暖炉の火すら消えたように思えた。


誰一人として反応できない。

皇帝グレゴリウスも宰相ラファエルも、騎士たちも貴族たちも、

カズマと彼にすがりつくアリシアとミリアも——

全身が凍りついたかのように硬直し、呼吸さえ忘れた。


「何者だ……」


やっと皇帝の口から漏れた言葉。しかしその問いに答えるのは不自然な沈黙だった。

本来なら声の方角を探るところだが——全員が本能的にそれを避けた。

人間としての根源的な恐怖が警鐘を鳴らしている。この存在を認識してはならない、と。


だが——


「見たくない」「確認したくない」「怖い」


誰もがそう願ったにも関わらず。

目に見えぬ力が働いているのか。

それとも肉体が勝手に従ってしまうのか。

カズマをはじめ貴族たち、騎士たちも全員がゆっくりと——まるで操り人形のように——

首をその声の方向へと回していった。


その視線の先——

その声の主は——


玉座の最奥。帝国の栄光を誇示する巨大な国旗が掲げられた大理石の壁面。

その虚空に忽然と現れた。


漆黒のローブが深淵の暗雲のように翻り、痩身ながらも荘厳なシルエットが浮遊している。

痩躯の成人男性と形容される姿ではあったが——


(違う……)

(あれは……人間じゃない……魔物でもない……)


見る者すべての認識が揺らいだ。

生物が持つはずの輪郭が曖昧なのだ。ローブに隠された肢体は闇そのものと一体化し、輪郭すら捉えられぬ。


(存在が違う……)

(次元が違う……)


エイリュシオン帝国の権威の象徴である玉座——

そこで長年君臨してきた皇帝グレゴリウスですら、己が塵芥のように感じた。


「ひ……ぃ…」「……ぁ……っ……」


アリシアとミリアは抱き合いながら瞳孔を開いたまま固まっている。

カズマもまた腰を抜かし、歯をガチガチと打ち鳴らしながら床に崩れ落ちた。


虚空に浮かぶその"存在"自体から威圧感が押し寄せ、呼吸すらままならなくなる。


『……我が名は』


言葉が発せられるだけで空間が軋んだ。

大気中に不可視の亀裂が入り、空気が裂けんばかりの緊張に満たされる。


『魔王……ガルグリム』


『真の魔王にして……魔の創造神だ』


その名が発せられた瞬間。宮廷全体が悲鳴を上げるように震撼した。



《BGM ジャ〇アント・〇ボTHE ANIMATION 悲劇は再び》


やっと……ここまで来ました……

これは余のメラである……に少しは追いつけるくらい威厳が表現できましたかね?

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