祝賀会の夜、運命の刻
エイリュシオン帝国宮廷での召喚勇者カズマ祝賀会と同時刻。
帝都方面と東部戦線の分岐点に位置する宿場町オルデン。
宿屋『星の橋亭』の一室。
- アルフォンス視点 -
アルフォンスは背筋を伸ばしベッドの端に腰掛けていた。
心臓が早鐘のように打つ。
窓から差し込む月明かりが部屋を仄暗く照らしている。
リーンが入ってきた瞬間から部屋の空気が変わったのを感じていた。
普段の野宿では気にもしなかった距離感が、宿の個室という密室の中で急に意識される。
「もう休まれていたのに……すみません」
リーンの声は小さく震えていた。
夕闇が落ち、登り始めた月光に照らされた彼女の顔はいつになく青白く見える。
白銀の長い髪が窓からの風に揺れ、その先端が肩の上で踊っている。
(やはり告白の件か? いや、それとも別の重大な話か……)
アルフォンスは努めて冷静を装いながらも内心では様々な考えが巡っていた。
左腕が無いことさえ忘れてしまいそうなほど全身の血流が顔に集まってくる。
右目に残された視野の端でリーンの一挙手一投足を目で追ってしまう。
そんな自分の反応に困惑していた。
「大丈夫だ。何かあったのか?」
言葉は落ち着いているつもりだが、声は掠れていた。
リーンが一歩踏み出し、床板がかすかに軋む音が妙に大きく感じる。
「はい……少しだけ貴方と話をさせてもらえないかと……」
そう言ってリーンは視線を彷徨わせた。
彼女の瞳が壁の小さなヒビや机の上の燭台へと移るたびに、
その不安げな視線が痛いほど伝わってくる。
やがて意を決したように息を吸い込む音が聞こえた。
「失礼します……」
躊躇いがちな声と共にリーンがベッドの端——
アルフォンスのすぐ隣に腰を下ろす。
スプリングのない硬い木製のベッドが軋み、布擦れの音が静寂を裂く。
アルフォンスは思わず身を強張らせた。突然の接近に胸の奥で何かが跳ね上がる。
だが表情には一切の感情を出さないように努めた。
(やはり……告白の続きをしに来たのか?)
心臓の鼓動が――
層速くなり左半身から滲む古傷の疼きさえ気にならないほどだった。
右目だけで確認しようと視線を送るが彼女の伏せた瞼は震えているばかりだった。
しばらくの沈黙が続いた。
月光が彼女の白銀の髪を撫でるように流れ髪先がシーツの上へ落ちていく。
リーンは両膝を揃え固く握りしめた拳を置いたまま俯いている。
その姿勢から強い緊張が伝わりアルフォンスもまた無意識のうちに唾を飲む。
「……どうした?」
ついに痺れを切らしたアルフォンスが声を掛ける。
その瞬間リーンが弾かれたように顔を上げた。
頬にはうっすらと朱が差しておりその青い瞳には涙が溜まっているように見えた。
「わ……私は……」
絞り出すような声と共に震える息遣いで彼女は言葉を紡ごうとしていた。
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エイリュシオン帝国宮廷での召喚勇者カズマ祝賀会と同時刻。
帝都方面と東部戦線の分岐点に位置する宿場町オルデン。
宿屋『星の橋亭』の一室。
- リーン視点 -
リーンは深呼吸を一つした。
アルフォンスの部屋のドアの前に立ちノックする指が小さく震える。
「リーンです。……少し……お話よろしいですか?」
返答を待つ間――
今夜も彼がちゃんと生きているか心配になってしまう。
そして彼の声を聴いて、姿を見て安堵する。
これは特別な想いではない。
毎日のように繰り返している心配と安心の連鎖。
ドア越しに彼の「入ってくれ」という声が聞こえた。
一歩踏み出す前から心臓が早鐘のように打っていた。
(アルフォンス様……今夜も貴方が無事で良かった……)
いつもと同じ安堵が胸を締め付ける。それが嬉しい。
だけど今は嬉しさだけではない複雑な感情が込み上げてくる。
(今すぐ駆け寄ってその大きな胸にしがみつきたい……)
その望みを押し殺しながらドアを開ける。
月明かりが窓から差し込み石造りの床に影を落としていた。
ベッドに腰掛けたアルフォンスの姿が逆光の中に浮かび上がっている。
「もう休まれていたのに……すみません」
自分から訪ねておきながら、その言葉が口を突く。
彼の姿を見て声を聞いて安心した半面……
自身がアルフオンスの元に赴いた理由に挫けそうになる。
「大丈夫だ。何かあったのか?」
アルフォンスは普段と変わらない落ち着いた口調で訊いてきた。
それが余計に私の焦燥を募らせる。
私は言葉を探す。何から彼に伝えれば良いかわからない。
(今夜こそ言おうと思って来たのに……)
言いたいことは明確なのに喉まで出かけたところで途切れてしまう。
勇気を振り絞り彼の隣へ視線を移すとそこに広がるのは月光が柔らかく差し込むベッド。
(本当は……貴方に飛び込んでしまいたい……でもダメ……)
心の奥底で湧き上がる衝動を必死に堪える。感情の狭間で苦悩する。
「失礼します……」
私は覚悟を決めてベッドへ歩み寄る。
彼が僅かに身じろぐに気付いたがが、私は彼のすぐ隣に座った。
木製の床板が軽く軋む音すら緊張を煽る材料となる。
(アルフォンス様の傍に来ただけで胸が痛い……)
彼の左半身の喪失が視界に入る。
焼け爛れた左顔の瘢痕が月光に浮かび上がって痛々しい。
これは罪の傷……彼を裏切った女の償う事など叶わない罪の証なのだろう。
「……」
沈黙が重い。私の荒い息遣いだけが夜気に溶けてゆく。
アルフォンス様はじっとこちらを見守っている気配がした。
(言うべきことがあるのに……言葉が出てこない……)
喉の奥で何かが詰まったような感覚に戸惑う。
これほどまでに言いたいことがある。臆病な自分が嫌になる。
それでも私は今日……ここまで来た目的を思い出した。
(全てを伝える……今日……今夜に……)
「わ……私は……」
やっとのことで振り絞った私の声は酷く掠れていた……
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エイリュシオン帝国宮廷での召喚勇者カズマ祝賀会。
- 皇帝グレゴリウス十三世視点 -
皇帝グレゴリウス十三世の眉間の皺がさらに深くなった。
(召喚当初のヤツはこれほど酷くはなかった……)
豪奢な絨毯の上を進むたびに靴音が不吉に響く。脳裏によぎるのは召喚儀式の光景だ。
異世界から呼び寄せた直後のカズマは確かに普通の少年だった。
戸惑いと不安が混じった瞳には確かに純朴さがあった。
異能の力に気づいた時こそ驚愕したものの、初めは謙虚でさえあった。
(アリシアも……)
彼の視線がカズマにしなだれかかる金髪の少女に向けられる。
かつての凛とした横顔と、目の前の媚びるような表情との落差が鋭く胸を刺した。
(力に振り回され女を侍らかし、アルフォンスを傷つけもしたが、
それでも周りに対して最低限の礼儀と分別はあったのだがな……)
皇帝の冷徹な眼光がカズマを貫く。
確かにアルフォンスとの決闘後は傲慢さが増した。
だが皇帝の権威は尊重し宮廷内の序列は理解しているかに見えた。
少なくとも表向きには。
しかし今回の祝勝会で見せるその姿はどうだ。
(四天王の一角を墜とし、奴を持ち上げる者たちのせいで増長したか……)
取り巻きの者たちも同類項の屑と蔑みたくなる。甘言を弄し媚びへつらう輩ばかり。
彼らはカズマの功績ではなく権力と富に期待し群がるハイエナに他ならない。
グレゴリウスが近づくにつれ周囲の喧騒が急速に収束していく。
先程までの熱気に代わり水を打ったような静寂が広間に落ちる。
その空気の変化にも気づかぬかのごとく和馬は二人の美女と談笑し続けている。
「カズマ……」
皇帝の低く重い声が静寂の中を切り裂いた。
「ああっ陛下! 俺が四天王を倒した祝いに、
すごい祝勝会を開いてくれてありがとうございますっ!」
振り返った和馬の表情に緊張の色は微塵もない。むしろ得意満面の笑みだ。
「その通りだ」グレゴリウスの瞳には怒りが宿っている。
「しかし……その有様は何だ?」
言葉に含まれる非難に気づかぬ和馬は平然と答えた。
「有様って……俺が功績をあげた祝いじゃないですかっ。
だからみんなでお祭り騒ぎしてるんですよね?」
皇帝の顔が歪んだ。
アルフォンスを追放した時点で薄々感じていたことが確信に変わる。
この男はもはや勇者でも英雄でもない。ただの増長した阿呆だ。
「この国に呼ばれた際……お前に与えた厳命を覚えているか?」
皇帝の声は静かだが威圧感を孕んでいる。
和馬は少し考えてから答えた。
「ええと……確か……世界を救う? とかそういう話でしたっけ。
魔王軍とか四天王とかを倒して……そうでしたよね?」
「違う!」
皇帝が鋭く否定する。その剣幕にカズマはわずかに怯む。
「お前には『人』として振る舞うよう命じた。
世界が変わろうとも人として恥じない振る舞いをせよと」
「そっ……そんなの知りませんよっ」
和馬の口調が突然崩れた。
先ほどまでの得意満面な笑みは消え不快そうな表情が浮かぶ。
「大体ね……勝手にこの世界に呼んどいて命令とか言われても困りますよ」
グレゴリウスが微かに目を見開く。
予期せぬ……いや予期はしていた反論が来たからだ。
「我々は……世界の命運を託せる勇者が必要だった。
そのためにお前を召喚したのだ」
「だからって何ですか? 俺だって自分の人生がありましたよ?
突然『魔王倒せ』とか言って怪物と戦わされて……
それで文句を言ったらダメなんですか?」
会場の貴族たちが息を潜めて見守る中、和馬の主張は続く。
「大体俺はまだマシな方ですよっ。転生モノの小説だったらもっと酷いやついるんですから」
「異世界征服したあげく王国乗っ取る勇者や、王族皆殺しにする暴君とか……。
それに比べたら俺なんて女神もいないし、礼儀も守ってるし良い方でしょ?」
和馬の口調はますます熱を帯びていく。
アリシアやミリアといった側近はうっとりして寄り添っているだけ。
彼女たちの顔には媚びと陶酔があり議論には参加しない。
(……そう来たか)
皇帝の思考が加速する。確かに召喚儀式を行った側に負い目はある。
しかし、だからといって今のような振る舞いを許して良いわけがない。
(この男はもはや必要ない)
皇帝の心は決した。眼前の男はもはや役に立たぬどころか害悪だ。
ならば送還し、新たに適切な勇者を召喚すべき――
そう決めた瞬間も和馬の演説はなおも続いた。
「俺はちゃんと四天王倒しましたよ?だから報酬もらって当たり前だし、
好きな女侍らせて何が悪いんですか?」
会場の貴族たちが凍りつく中、和馬はなおも演説を続ける。
皇帝の冷たい眼差しにも気づかず――
否、気づいても意に介さぬ傲岸さを見せて……
もしもの話しになるが……
彼がこのタイミングで日本に送還されていたら運命は変っていたかもしれない。
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エイリュシオン帝国宮廷での召喚勇者カズマ祝賀会と同時刻。
帝都グランフェリア東大門、東部方面への玄関口。
赤銅色の夕陽が帝都の大門に長い影を落として消えていく。
すでに帝都は冬夜の凍てつく空気が流れこんできていた。
召喚勇者カズマの四天王ヴェイン撃破を祝う祝賀会に
湧く帝都を抜け、騎馬と荷駄車が次々と東大門に集結していく。
荷台には大量の武具や食料が積まれていた。
門の両脇では騎士たちが整然と列をなしている。
彼らは揃いの鎧を纏い、手には磨き抜かれた長剣や槍を携えていた。
中には騎乗の者も多くその決意に満ちた姿は雄々しく勇壮だった。
やがて門の中央に騎馬を駆る騎士が現れた。
現れたのはかつてのアルフォンス騎士団副団長エリックだった。
「これより我々はアルフォンス団長の元へ赴く」
彼の静かな声が静寂の中に響いた。
それは力強い決意が込められた宣言だった。
エリックと共にする屈強なる騎士。彼らは皆アルフォンスの
元団員であり、帝国にとって「異端」行動者たちなのだ。
皇帝に叛旗を翻すわけではない。
ただ自分たちの忠誠心を皇帝から団長に移すだけの話だ。
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エリックは帝都帰還の翌日、皇帝との二度目の謁見の後、
彼と行動を共にしてくれる団員全員を集めた。
「我々の忠誠はアルフォンス団長の元にある。
それは陛下への不義となるがそれでも共に行ってくれるか?」
沈黙の後、全員が頷いた。
当初の予定通り残り二日の休息後の早朝出発予定が告げられる。
だが彼らの休息中の帝都ではカズマが凱旋し騒ぎとなった。
遠目に見るその傲慢な姿に騎士たちは苛立ちを募らせた。
独身者は即刻出発を訴えたが、家族を持つ者の為に予定変更は無しとした。
しかし翌日の祝賀会の狂騒を前に忍耐は限界に。
「昨日の凱旋だけでもう限界だ」
一致した意見により予定を繰り上げ、慌ただしくもなんとか、
祝賀会が始まる前の夕刻、東大門に集結する運びとなった。
すでに夜の帳は落ちている。宮廷では祝賀会が始まっているだろう。
帝都の中心からは冬夜の寒さに反して熱気が伺える。
出来れば夕刻のうちに出立したかったが……
エリックは頭を振り、意を決して皆に呼びかける。
「私たちの選択は帝国に対する反逆ではない。
ただ真の英雄を守るために生きるという決意に他ならない」
彼は騎士たちを見回した。彼らの目には恐れはなかった。
むしろ、新たな使命への期待感が浮かんでいた。
「真の勇者アルフォンス様の盾となり剣となるため。
そしてこの世界の平和のために!」
兵士たちは一斉に武器を掲げた。
「団長のために!」
「アルフォンス様のために!」
「真の勇者のために!」
彼等の勇壮な叫び声が凍てつく冬の空に響き渡った。
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そのとき……突如として帝都の空気を揺るがす轟音が響いた。
騎士たちは反射的に音の方向を振り返った。
そこには帝都の夜を照らすほど鮮明に見える大きな炎柱。
燃え盛る炎と爆煙が、間違いなく"宮廷"から立ち昇っていた。
「いったい何が起きたのだっ!?」
エリックの叫び声は帝都の騒乱の前に消え行っていた。
6,000文字弱で長丁場となりましたが、
一息で展開させたかったので分けずに投稿しました。
ようやっと佳境に入ります。




