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皇帝と宰相、帝国の罪と先送り

「それに……」皇帝は静かに言葉を継いだ。


「根本的に我々が召喚勇者と敵対すること自体が間違いなのだ」


皇帝の言葉にラファエルは息を呑んだ。


「それは……どういう意味でしょうか?」


「そもそも召喚勇者の力とは魔王と同等なのだぞ?」


皇帝は淡々と言った。


「過去の召喚勇者たちの記録を調べてみると分かるが、

 彼らの多くは尋常ならざる力を備えていた。特に今回のカズマは規格外だ。

 たった1年で四天王を倒すほどの能力を持っている」


ラファエルは眉根を寄せた。

彼の知識の中には、そこまで強力な勇者の記録は存在しなかった。


「しかし陛下……それでも人間でしょう? 我々で対抗することは可能なのでは……」


「不可能だ……出来るとしたら送還ぐらいだ」


皇帝は首を横に振った。


「だが忘れるな。勇者は魔王を倒すために召喚された存在だ。

 仮にカズマを元の世界に送り返したら、魔王に対抗できる唯一の手段を失うことになる。

 そうなれば帝国はもちろんのこと、この世界全体が危機に瀕するだろう」


ラファエルは唇を噛んだ。理屈では分かっているが感情が追いつかない。


「さらに言えば……」皇帝は少し躊躇してから続けた。


「魅了の能力は非常に厄介だ」


アリシアを変えたという能力に、ラファエルは顔をしかめる。


「魅了……カズマが隠し持つと陛下がおっしゃった能力ですな」


「そうだ」皇帝は苦々しげに答えた。


「過去にも同じような力を持つ勇者がいた記録がある。

 その時は皇家にとって最悪の結果を招いた」


皇帝の声が重く響く。

ラファエルはその暗い表情から何かを察した。


「まさか……」


「そう」皇帝は頷いた。


「当時の勇者は魅了を使って王女を操り、皇位継承権を巡る混乱を引き起こした。

 最終的には皇家内部で血を見る事態となった。それ以来、

 我が皇家では召喚勇者の魅了の能力について秘匿するようになったのだ」


ラファエルは絶句した。

そのような恐ろしい能力が存在することさえ知らなかった。

ましてや現在の勇者がそれを所有しているとは。


「だが今回は……」

皇帝は遠くを見つめるような目つきになった。


「幸運にも早期に気づくことができた。アリシアの異変を通じてな」


「では陛下……アリシア嬢がカズマに魅了されていることを、

 初めからご存知だったのですね?」


「うむ……」皇帝は答えた。


「彼女の変貌はあまりにも急激だった。昔の彼女を知る者ならば誰もが

 違和感を覚えるほどにな。だが証拠を集める必要があった」


ラファエルは息を詰めた。

皇帝が秘密裡に調査していたことに今さらながら驚く。


「もしや……カズマに直接問いただのではっ!?」


「ああ」皇帝は簡潔に答えた。


「直接対峙した際、奴は否定しなかった。むしろ堂々と認めたよ。

 『アリシアは俺のモノになったし、元にも戻せない』とな」


皇帝の言葉には微かな怒りが感じられた。

しかし同時にどこか諦めの色も滲んでいる。


「そこで私は取り引きを持ちかけた。『皇家と高位貴族の女性には手を出すな』とな。

 そして代わりに……アリシアや他の側近たちには目を瞑るという条件を提示した」


ラファエルは衝撃を受けた。

皇家や政を担う貴族の安全と引き換えに他の女性が犠牲となる取引など、

到底許されるべきではないように思えた。


「陛下……それでは……」


「分かっている」皇帝は手で遮った。


「だが他に選択肢があったか? カズマの力は圧倒的だ。

 奴と正面から対立すれば、どのような結果に成ろうと国家が危機に晒される」


ラファエルは言葉を失った。

正義感と現実的な判断との狭間で揺れ動く。


「この件については箝口令を敷いている。勇者に反抗するものは

 処罰すると通達したが……実際は皇家と高位貴族の女性を守るための方便だ」


皇帝は自嘲気味に笑った。その笑みには深い悲しみが宿っていた。

他者の犠牲を見て見ぬふりをする決断を下したことへの後悔が滲む。


「しかし……アルフォンス殿やアリシア嬢は……」


「分かっている」皇帝は言葉を詰まらせた。


「彼等には悪いことをしたと思っている。全ては私の責任だ」


部屋の中には沈黙が降りた。

遠くから祝賀会の開催を待ち望む喧騒が聞こえてくる。

華やかな宴の裏で展開されている残酷な現実との対比が余計に痛みを増幅させる。


「さて……」皇帝は重い腰を上げた。


「悩んでも仕方がない。まずは今宵の祝賀会を乗り切らねばならない」


ラファエルも立ち上がったが、その顔には深い憂いが残っている。


「アルフォンス殿の処遇については……どうなさいますか?」


「……保留だ」皇帝は短く答えた。


「今すぐ決められる問題ではない。彼の行方が分からぬ以上、

 下手に動けば事態を悪化させるだけだ」


「承知しました」


「ただし」皇帝は付け加えた。


「彼を探し帝都に連れて来るように各騎士団に指示は出してある。

 我々にとって……そして何より奇跡的にアリシアの目が覚めた時のためにも」


ラファエルは深く頭を下げた。

この困難な局面を乗り越えるために全力を尽くす覚悟を新たにしていた。


街では人々が今夜の祝賀会の開催を待ちわびている。

その歓声の下で交差する悲しみや憤り。政治家たちの冷徹な計算。


そして見えざる力によって捻じ曲げられた愛情。

全てが複雑に絡み合い、次の幕へと向かっていくのであった。



要するに自己保身の先送りな人達の話しでした。

こんなのに2回に分けてしまいましたが、繋げると4,000文字以上です。

もっと上手く纏められるようになりたい……

次回は本当はこの話しに組み込みたかったアリシアの話しです。

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