炎に垣間見る断片的な記憶 - アリシアside -
城内の特別治療室は静寂に包まれていた。
白い壁に囲まれた清潔な空間で、アリシアは横たわっている。
彼女の左腕は火傷で赤黒く腫れ上がり肌の表面は無惨にもただれていた。
「アリシア様、もう少しで終わりますからね」
皇帝直属の最高位治癒術士・セリーヌの優しい声が響く。
彼女の掌から青白い光が溢れ出しアリシアの腕を包み込んでいく。
光が触れるたびに痛みは和らぎ、徐々に皮膚が再生されていった。
「大丈夫ですか? 痛みますか?」
セリーヌが心配そうに訊ねる。
アリシアはぼんやりとした表情で首を横に振った。
しかし意識は別の場所を彷徨っている。
彼女の心の奥底から断片的な記憶が浮かび上がってきていた。
――誰かが叫んでいる。
――剣が閃く音。
――地面に落ちた腕。
「……っ!」
突然、激しい頭痛とともに鮮明なビジョンが脳裏によみがえった。
血まみれの剣、切断された左腕、そして……誰かの叫び声。
「どうされましたか?」
セリーヌが手を止め心配そうに覗き込む。
しかしアリシアは答えられなかった。
目の前にはいないはずの人影が見える。誰よりも誠実で優しく……そして勇敢な人。
しかし……その顔は霞がかかったようにはっきりしない。
「……ダメ……」
震える声で呟く。
何か大切なことを思い出さなければならない。そんな気がしてならない。
自分が奪ってしまったもの。そして与えてしまった苦痛。
「お願い……もっと……強く……」
アリシアは自分の腕に注がれている光の輝きを凝視する。
治癒の魔法を通じて何かを感じ取ろうとしているかのように。
再びビジョンが変わる。今度は炎のイメージだ。
誰かの顔を焼き焦がす炎。恐怖と絶望に満ちた表情。
しかしその人物の輪郭もぼやけている。
「私……何を……?」
涙が頬を伝い落ちる。
自分がなぜこんな光景を覚えているのか分からない。
だが確かに感じるのは、深い罪悪感と喪失感。
何か大事なものを失った。いや、むしろ自らの手で壊してしまったような恐怖。
その時だった。
「アリシア」
聞き慣れた声が耳元で響く。はっと我に返ると、
いつの間にか部屋に入ってきたカズマが心配そうに彼女を見下ろしていた。
「左腕は大丈夫か? 祝賀会まであと少しだが……」
彼の声を聞いた瞬間、アリシアの中で何かが切り替わった。
あれほど鮮明だった記憶の断片が霧散し代わりに安心感と幸福感が広がっていく。
「カズマさまぁ……♡」
アリシアの表情が一気に柔らかくなる。
先ほどまでの苦悶の表情は嘘のように消え去り彼女は媚びるように微笑んだ。
「大丈夫です。セリーヌ様のおかげで完璧に治りました」
カズマは安堵した様子で彼女の髪を撫でる。アリシアは嬉しそうに目を細めた。
「よかった。君の美しい腕が傷つくのは耐えられないからね」
セリーヌは少し戸惑いながらも二人の様子を見守った。
治療は終了している。アリシアの左腕は傷一つなく綺麗に蘇っていた。
「ではアリシア様、お着替えをお願いします。祝賀会まであと1時間ほどですので」
侍女たちが入ってきて、アリシアと共に宮廷内に用意されている彼女の自室に向かう。
彼女の身体が整えられ華やかなドレスを纏い丁寧にメイクアップされていく姿を、
カズマは満足げに眺めていた。
数十分後、鏡の前に立つアリシアは見違えるように美しく装われていた。
純白のドレスに身を包み、髪には華やかな宝飾品が輝いている。
カズマは彼女を見て満足げに頷いた。
「うん、これなら完璧だ。帝国民みんなが君に見惚れるだろうね」
「ありがとうございます……カズマさまぁ」
アリシアは陶酔したような表情で彼を見上げる。
かつての苦悩も不思議な記憶の断片も今はもう彼女の心から消え去っていた。
二人は寄り添いながら部屋を出て行く。
城内には祝賀会の準備で慌ただしく走り回る人々の声が響いていた。
外からは街の人々の歓声が聞こえてくる。
勇者カズマの祝賀会の為に多くの市民が集まっているようだ。
そして間もなく、二人は祝福の渦の中に足を踏み入れることになる。
華やかな宴の中心で祝福される勇者カズマと傍らに佇む美しき姫君アリシア。
しかしその一方で陰では多くの犠牲が払われていたことを知る者は少ない。
真実は闇に葬られ嘘と偽りが織りなす物語が今宵も語り継がれていくのだろうか。
本当は先の二話と合わせて、ひとつの話しにしたかったんです。
纏められず無理でした……。
アリシアが自力で正気に戻るわけでは無いですが、
彼女のアルフォンスへの思いは軽く無いという言い訳回でした。
セリーヌさんは重要キャラの予定は無いです。たぶん。
尚、取り巻きヒーラーさんは今更なので名前はつけないと思います。




