壊れ物
「……さて、これはどうしたもんか」
ルルが雨の下で走り回っているのを眺めながら、屋根の下で雨宿りをしているアタルは黄昏ていた。
彼の手元には、様々なものが乗せられている。
先ほど成仏した無縁仏が残した結晶と同じようなものが大小5つ、あのカラスの羽や嘴のようなもの、そして他の結晶と同じようで、明らかに禍々しいもの。
「それにしても、倒したらアイテムを落とすって、まるでゲームみたいじゃないか」
これらのものは、先ほどアタルが倒した『濡れ羽鴉』たちが落とした素材、言ってしまえばドロップアイテムのようなものだ。アタルがそのように感じるのも無理はないだろう。
それぞれ『詳細』を使って確認してみると個別の説明文が現れたことも、その一因である。
『願いの極小結晶:素早さ』
豆粒サイズのとても小さな結晶。
この結晶を使用し物品や肉体を強化すれば、素早さの力を少し増幅させるような気がする。
使用の際には強化したいものに結晶を合わせて念じれば、まれに成功することもある。
これほど小さな結晶では、どのような思いが込められていたのか判別することはできないだろう……
『願いの小結晶:力』
手のひらサイズの小さな結晶。
『濡れ羽鴉』が最期の瞬間に願った、力への渇望。
この結晶を使用し物品や肉体を強化すれば、戦いの力を少し増幅させることができる。
使用の際には強化したいものに結晶を合わせて、念じれば成功することもある。
本来非力である『濡れ羽鴉』たちにとって、力とは無縁の存在であった。
力の代わりに仲間の数と連携で獲物をしとめる。彼らはずっとそうしてきたし、それを誇りに思っていた。
しかし、仲間が次々と倒れていく姿を見て、この『濡れ羽鴉』はこう願った。自分にもっと力があれば……
芽生えた願いは、その瞬間に呆気なく潰えたのであった。
『願いの中結晶:風』
手のひらに収まる程度の中くらいの結晶。
この結晶を使用し物品や肉体を強化すれば、風の力を大きく増幅させることができる。
使用の際には強化したいものに結晶を合わせて念じれば成功し、まれに効力を大きく高めることができるだろう。
晴れ渡る青い大空。それは『濡れ羽鴉』たちにとって見果てぬ夢であり、決して拝むことのできない望みである。
常に雨の降るこの『失せ物漂着場』において『濡れ羽鴉』たちは空に飛び立つことはできず、その濡れた翼をばたつかせて飛び上がり、滑空するくらいしかできない。
いずれこの大空を自由に飛び回ってみた、それは『濡れ羽鴉』たち皆が抱く想いであり、果たさずに命を散らしていく。
『濡れ羽鴉』たちは必ず上を向いて命を散らす。最期まで大空を夢見ながら……
『濡れ羽鴉のハネ』
しっとりと濡れた、艶やかな濡羽色の羽。
特に使い道はなく、無価値である。
『濡れ羽鴉の嘴』
鈍く光る黒色の嘴、固く鋭利であるため取り扱いには注意が必要。
その嘴は人の血肉を容易く貫き、食い荒らす。
そのまま使うこともできなくはないが、素直に武器や儀式の素材に使うのがよいだろう。
『濡れ羽鴉の凝縮極小呪い結晶』
『濡れ羽鴉』の群れによる無念の思いが呪いとなって凝縮された邪悪な結晶。
使用すればその者は『濡れ羽鴉』に呪われることとなり、特定の対象であればその呪いはより強大になる。
群れの主を中心に、自身の仲間たちの無念や後悔、そして群れを殲滅した対象への怒りが呪いとなって凝縮され、やがて最期まで呪いの対象を映し続けたその瞳から零れ落ちた怨嗟の塊。
呪われた者は常にカラスの影に纏わり続けられ、怨嗟の声を浴びせられ続ける。
やがて対象者の死が近づいたころに近づき、その後は薄れゆく意識の中すべてを啄まれる。
もし使用者が彼らを調伏することができれば、頼もしき味方となることだろう。
「……とりあえず、おいておくか」
説明文を見ても使って大丈夫かわからず、とりあえず問題は先送りにされた。
ひとまずすべてポケットに入りそうだったので入れておく。呪い結晶に関してはここに置いておこうと考えたが、逆に呪われそうだと思ったし、それはこのカラスたちにも申し訳ないと感じたのだ。
「それよりも、これはどうしようか?」
そういってアタルが持ち出したのは、先ほどボロボロになったビニール傘だ。
『濡れ羽鴉』たちの嘴によってボロボロになり、本来の用途としては使うことができそうになかった。
一応先ほど習得した『霊術:霊傘』により出てきた半透明の傘も使えそうではあるが、アタルはこれを先ほどの無縁仏の墓標のようなものと考えてしまい、あまり使う気にはなれなかった。
さらにはもう一度『霊術:霊傘』を使おうにも、何故か使う気が起きない。
そして何より……
「これ、結構愛着があるんだよなぁ」
そう、この傘は、アタルが長年使ってきたビニール傘なのだ。
風が強い日でも頑張って傘の骨が折れないように大切に使ってきた傘だ、できることなら修復したいとすら考えている。
「どうにかして直せないものだろうか…… うわっ!?」
そうやってぽつりと呟いた言葉に再び呼応するように、アタルの目の前に半透明のウィンドウが出現する。
「これってこの傘の『詳細』か? ……あれ、これって」
突然現れた傘の『詳細』を確認していると、『耐久値』と書かれた項目を発見する。
『ビニール傘』 耐久値 0/1 【HPを消費して修復できます】
「HPを、消費……?」
そこに書かれた文言に、思わずそう呟き返すアタル。
HPと言えば、ゲームなどではそのキャラクターの命を表すパラメーターだ。アタルもなんとなくそう思っていたし、これが0になったときどうなるか、ある程度の予想はついていた。
しかし、それを消費することによって物の修復をすることができるというのは、予想の範囲外であった。
「これって、使って大丈夫なものなんだろうか……?」
普通に考えれば、使わないほうがいいだろう。
しかし、これからのことを考えれば、この町では傘は必須となる。それならば仕方ないと自分に言い聞かせ、ビニール傘の修復を決意する。
「よし、『直れ~直れ~』 ……おぅ」
試しに傘に掌を向けて『直れ』と念を送ってみると、体から少し力が抜ける感覚と共にビニール傘がみるみるうちに修復されていく。
「おっと、ぼうっとしている場合じゃなかった! 『ステータス』!」
そのビデオの逆再生のような光景を見て言葉を無くしてしまったアタルは、我に返ると急いで自分のステータスを確認する。
『雨野 中』
HP10/11 MP1/8
術式 『霊術:霊傘』
「……いつの間には増えてる」
気が付けばHPの最大値が増えていたことにより、本当にHPが消費されたのか少し疑問に感じるアタル。
だがおそらく消費され、その数が耐久値と同じ1であったことに安堵するも、それとは別に心配になる事実が発覚してしまった。
「というか、MPが残り1しかないじゃないか!?」
そう、いつの間にかMPが残り1しかなかったのだ。
「あの傘の術でこんなに消費したのか?」
とりあえず心当たりがそれしかないので、おそらくそうなのだろうとあたりを付ける。
本当はそれ以外にもMPを消費する機会があったのだが、それは今のアタルには知りようがないことであった。
「それにしても、喉が渇いた……」
ずっと雨が降っているというのに、何故か異様に喉が渇いてきているアタルは、『失せ物たち』がくつろいでいるビジネスバッグの中から水の入ったペットボトルを取り出す。
これがHPを消費した代償なのか、或いはMPが減ったことを自覚したからなのか、或いはそれ以外の原因か、そんなことを考えながら水を飲む。
「……やばっ!?」
そして、やらかした。
余計なことを考えていたせいで、ペットボトルの中身を全て飲み干してしまったのだ。
こんな場所で再び飲み物を得られるかもわからない、そんな状態ならもっと慎重に飲むべきだったと後悔していると、そこでふとある考えを思いつく。
「もしかしたらこれもいけないだろうか? いや、頼むからいけてくれ…… 『詳細』」
一抹の望みをかけてペットボトルに『詳細』をかけると、ペットボトルにウィンドウが表示される。
『ペットボトル』 残量0/1 【HPを消費して補充できます】
「……よかった~」
そこに書かれた文言を見て、喜びに震えるアタル。とりあえず今後水の心配をする必要はなさそうである。
「とりあえず、これも試してみるか……」
先ほどと同じようにペットボトルに念を送ってみると、みるみるうちにペットボトルの中に水が溜まっていく。
試しに一口飲んでみると、先ほど飲んだものと違いはないように感じる。
「さて、これでどんなかんじだ?」
そう考えながら出しっぱなしにしている自分のステータスを確認すると、そこには
『雨野 中』
HP9/11 MP5/8
術式 『霊術:霊傘』
と書かれていた。
「……やっぱり、これも数字と同じ量減ってるな」
「それに、MPも回復している」
とりあえず先ほどの仮説が当たり、MPの回復方法を知ることができたと前向きに考えるアタル。
すると、先ほどまで雨の下で遊んでいたルルがアタルの元へ駆け寄ってきた。
「おっ、帰ってきたのか」
全身で楽しかった雰囲気を醸し出すルルは、アタルの傍に立てかけられているビニール傘を見て嬉しそうに飛び上がった。
「おっ、お前もこいつが直ったのを喜んでくれるのか」
アタルはペットボトルをビジネスバッグに戻して、再びビニール傘を手にする。
どうやら、ルルもアタルがこの傘を大切にしていたことをある程度感じていたようだ。
「それにしても、また壊れると困るよな……」
先ほど戦った『濡れ羽鴉』のような奴が他にもいるかもしれないと考えると、そのたびにHPを消費して修復するのはリスクがある。
特にMPと違ってHPはまだ回復方法が判明していないのだ。
「……試してみるか」
そこで、試しに際ほど手に入れた結晶を使ってみることにする。
もちろん使うのは『想いの結晶:守り』だ。
名前や説明文から、傘の耐久力を上昇させる可能性がある『想いの結晶:守り』を使って、傘を壊れにくくしてみようという魂胆だ。
ポケットの中から一番大きな結晶を取り出し、傘に引っ付ける。
「いくぞ、『強化』……で、いいのか?」
傘を強くするイメージで結晶を押し付けてみると、徐々に結晶が傘に溶け込んでいく。
「これで…… うまくいったのか?」
やがて結晶が傘に溶け込み、綺麗になくなるとビニール傘が一瞬淡く輝いた。
「よし、それじゃあ『詳細』」
『暴風のビニール傘』 耐久値 1/1
スキル 『暴風来』
「……あれ?」
ビニール傘の詳細を見てみると、何故か名前が変わり謎の『スキル』なるものまでついていた。
「ま、まさか……」
自らの予想と全く違う結果に冷や汗をかき始めるアタル。
慌ててポケットの中を探してみると、先ほどより少し小さめの結晶が出てきた。
「や、やっちまった……」
アタルは一番大きい結晶が『想いの結晶:守り』だと勘違いしていたが、今使ったものは『願いの中結晶:風』だったのだ。
とりあえず『想いの結晶:守り』もビニール傘に使ってみると、『詳細』が
『暴風のビニール傘』 耐久値 4/4
スキル 『暴風来』
に、変化していた。
「……まぁ、誰にでも失敗はあるよな。とりあえず目的は達成したし」
己の失態から目を背けながら、無理やり自分を納得させる。
過ぎたことは、仕方ないのだ。
「さて、もうそろそろ行くか、ルル」
アタルが傘とビジネスバッグを手に持つと、ルルが隣に並ぶ。
そこでふとビジネスバッグが少し軽くなっていることに気づいたアタルがあたりを見回すと、先ほど『霊術:霊傘』で置いた傘の下に、『失せ物たち』が何体かくつろいでいた。
「お前らはそこにいるのか?」
アタルの問いかけに、その『失せ物たち』は頷いてくつろぎ始める。どうやら居心地がいいらしい。
「そうか、なら行くか」
そういって前に向き直ったアタルは、ボタンをプッシュしてビニール傘を開いた。
「……えっ?」
すると、傘が勢いよく開き、目の前で暴風が吹き荒れ水しぶきを飛ばしていった。
噴出した後ろ側にいたおかげである程度の強風を受けるだけで済んだアタルとルルだったが、もし目の前にいたらどうしようもなかっただろう。
「……これ、どうしよう?」
ボロボロになった傘を力なくおろし、二人は互いの顔を見つめ合うことしかできなかった……
『雨野 中』
HP5/11 MP5/8
術式 『霊術:霊傘』
『霊術:霊傘』
死者を弔う気持ちが、この『失せ物漂着場』において傘を差しだすという形で具現化した優しい霊術。浄化の力を持ち、悪しきものにある程度の影響を与える。
半透明の、霊体のような傘を具現化することができ、その傘は実際に触れることができる。もちろん普通の傘として機能する。
使用者が死者を弔う気持ちでこの傘を差しだし、死者がそれを受け入れれば成仏させることができる。
また、この傘は使用者が望むか、物理的に破壊されるまで永続的に残り続ける。
この傘の下は害意がないものには居心地がいいのか、やがて残されたこの傘の下は、無力なものたちの憩いの場所となるだろう。