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お誘い

「それにしても、結局進展がないな」


 謎の狐と出会ったり、『濡れ羽鴉』たちと戦闘をしたりしても、結局周囲の街並みに変化はない。


 あの後傘を直して、手を離さずにゆっくり傘を開くことであの暴風を出さないで済むことを理解したアタルは、ようやく傘を壊さず、濡れずに雨の下を歩くことができた。


 もちろんその隣では楽しそうにルルが付いてきて、ビジネスバッグの上では数の減った『失せ物たち』がのんびりしていた。


「おっと、道を変えるぞ、ルル」


 とはいえ、まったく何も変わらないわけではなかった。


 街並みは変わらなくても、現れるものたちには変化があった。


 あの『濡れ羽鴉』たちとの戦闘の後、今まで見かけなかった『濡れ羽鴉』たちをちらほらと見かけるようになったのだ。


 曲がり角の先にいた『濡れ羽鴉』たちに気づかれないように、踵を返す。


 あの時は5匹相手に勝利を収めたアタルであったが、別に好んで戦いたいわけではなかった。


 そもそも、まともな喧嘩すらしたことがなかったアタルにとって、暴力を振るうこと、しかも生き物の形をした相手にすることは積極的に行いたい行動ではなかった。


「まったく、これからどうすればいいのだろうか……」


 何もわからない土地で、先行きの見えない不安はかなりのものであった。


 普通の人間ならパニックになってもおかしくないし、アタルも一人だったらそうなっていたかもしれない。


 しかし、今のアタルにはルルがいる。


 たまたまここで出会った黄色いレインコートを着た子どものような不思議な存在。ルルについても分からないことが多いが、それでもアタルにとって精神的な支柱になっていた。


 もしルルがいなければ…… アタルはそれを考えるのが怖いくらいだった。


「しっかし、せめてどこに行けばいいのかくらいわかればなぁ……」


 先ほど犠牲者を弔ったことからも、おそらくここには自分以外の人間もいると考えているアタルは、どこかで人に出会えないかとあたりを見回す。


 しかしそう簡単にことが運ぶこともなく、人気のない雨音だけが鳴り響く町が続くだけだった。


「うん? あれは……」


 そうしてしばらく当てもなく街の中を歩いていると、たまたま通りがかった建物の扉がひとりでに開いた。


「これって、誘われているのか?」


 先ほどまで一切を拒絶するかのように堅牢だったこの町の建物の扉が、アタルが通りがかった瞬間に開いた。


 いくつかのテナントを募集しているような外見の建物を観察し、再びその入り口を確認する。


 それは何者かが手招きしているようにも、大きな口を開いて待っているようにも見えた。


「……行くぞ、ルル」


 再び訪れた環境の変化に、すぐさま決断するアタル。


 しかし以前キツネに呼ばれたときは、ルルに止められた。そのためルルに確認を取ってみるも、意外とルルも乗り気のようで力強く頷いていた。


「よし…… お邪魔しまーす」


 入り口前の屋根の下で傘をたたんでから、内部に入る。


 その中は薄暗く良く見えないが、外見から見るよりも内部が広いように思えた。


「うおっ!?」


 二人が内部に入ると、すぐさま扉が閉められた。


「くそっ、開けろ!!」


 すぐさま扉を開こうとドアノブをひねったり、ドアを叩いたりして試行錯誤するアタル。


 ルルはその隣で楽しそうにアタルの真似をしていた。


「畜生…… とりあえず、内部をたんさ…… く……」


「こっち…… きて……」


 そして、諦めて内部を探索しようと振り返ったその時、アタルは真っ暗な眼孔と目が合った。


「うっ、うわあぁぁぁ!!!!」


 青白い半透明の肌に長く黒い髪、そして白装束。


 紛うことなき幽霊が目と鼻の先にいたことに驚き、アタルはルルの手を引いて急いで近くの扉の中に入る。


 慌てすぎて傘を放り投げてしまったが、ルルがもう片方の手でしっかり回収していた。


「くっ!?」


 慌てて中に入って扉を閉めると、アタルは急いで内部を確かめて隠れられる場所を探す。


 そこは、荒れ果てたコンビニであった。


 慌てて入口から隠れるように商品棚の裏に隠れると、すぐに扉が開いて何かが入ってくる。


「はぁ、はぁ……」


 なるべく息を殺そうと努力するアタルだが、先ほど走ったせいもあってか少し息が上がっていた。


 商品棚の隙間から向こう側を確認すると、先ほどの幽霊が周囲を歩き回って何かを探していた。その探し物は、ひょっとしなくてもアタルたちのことだろう。


 アタルは周囲にガラスの破片などが散らばっていることから、傘を握りしめるルルを抱きかかえながら幽霊と対角線上になるようにこっそり移動を始める。


「……っ」


 視界の悪い商品棚の向こうと、足元のガラスの破片等の足音が鳴りそうなものを交互に確認しながらゆっくりと歩き始める。抱きかかえられたルルはなんだか楽しそうにしているものの、空気を読んでか静かにしてくれている。


 蛍光灯は割れており、他に明かりはない。一面張りのガラスはすべて割れているし、窓の外からも曇り空を通したわずかな光が差し込むだけである。


 さらには埃っぽくじめっとした空気がアタルののどに張り付き、せき込みそうになるのを必死に我慢していた。


「……ナィ」


 やがて店内を一通り見まわった幽霊は、諦めがついたのか扉の向こうへ帰っていったのだった。


「……ぷはぁ! 危なかったぁ」


 幽霊が去ってからしばらく時間を空けてから、ようやく一呼吸つくことができたアタル。その際に床に下ろされたことに、ルルは少し不満げだった。


「それにしても、ここはコンビニなのか?」


 改めて周囲を見回すと、荒れ果ててはいるものの、商品棚にはまばらに商品が置いてありコンビニとしては機能していそうである。


「一応食べ物もあるし…… 賞味期限まじかだけど」


 いくつかの商品を確認してみると、大体の食品が賞味期限1・2日前だった。


「ちょっと申し訳ないけども、いくつか拝借していこうか」


 ある程度の総菜パンやおにぎりを手にする。一応缶詰も持っておいたが、賞味期限的に長持ちしそうにもない。


 ちなみにルルはチョコレート菓子の箱を大事そうに抱えていた。


「後はここから出られたらいいんだけど……」


 そういって一面ガラス張りだった大穴に目を向けるアタル。それを見てルルがアタルの袖をつかむが、そんなことをされなくてもアタルには嫌な気配が感じ取れていた。


「たぶんここ、出口じゃないよな」


 割れたガラスの向こう側は、先ほどまでの町と似ているがどこか違っていた。


 そもそも建物の外側からはこのような割れたガラスも、その先のコンビニも確認できなかった。


 そして何より、このガラスは……


「なんというか、大きな生き物の口、みたいな……」


 アタルが発した言葉に呼応して、壁一面の割れたガラスの大口が勢いよく閉じた。


 やがてそれは悔しそうに歯ぎしりをすると、無機質なコンクリートの壁となって跡形もなく消え去ってしまった。


「……マジかよ」


 その光景に呆気に取られたアタルが手からこぼした商品を、ルルが慌ててキャッチする。


「……おっと、ありがとう、ルル。それじゃあそろそろ行こうか」


 しばらくして正気に戻ったアタルがルルにお礼を言ってから商品を受け取ると、入り口に向かって歩こうとする。


 結局ここに出口はなさそうであるし、他の場所を探索しなければならないと感じたからだ。


「……あれ、どうしたんだルル?」


 しかし、扉から出ようとするアタルの袖をルルが掴む。


 その行動を不思議に思っていると、ルルがレジの方を指示しているように見えた。


「えっと、もしかして…… 商品をちゃんと買ってから出ろって言ってるのか?」


 アタルの回答に、しっかりと頷くルル。


 確かに泥棒みたいに持っていくのもなんだろうなと感じていたアタルは、ルルの指し示す通りレジの方へと向かっていった。


「でも、これでどうしろと…… えっ?」


 とりあえずレジに商品を置くと、スキャナーがひとりでに動いて商品のバーコードを一つ一つ読み取っていく。


 そしてすべて終わると、アタルの目の前に『1,085円』という表示が現れた。


「あっ、はい。これでいいですか?」


 現金もキャッシュレスもどちらも使っていたアタルは、こういう時に良かったと思った。


 こんな場所で携帯電話の電力がいつまでもつかわからないし、そもそも携帯電話は嫌な予感がして電源を消してから一度も触れていなかった。


「これでちょうどかな?」


 とりあえず表示された金額ぴったりにお金を払うと、いつの間にはお金が消えて、代わりにレジ袋に包まれた商品が置かれていた。


「えぇっと…… ありがとう?」


 とりあえずお礼を言ってからレジ袋を手に取る。


 その後ルルがレジ袋をじっと見つめていたため見せてみると、中に入っていたお菓子の箱だけ抜いて抱きかかえていた。


「……まぁ、いいか」


 アタルはビジネスバッグと一緒にレジ袋を持つと、ルルがいつの間にか落としていたビニール傘を拾い上げて扉から退出するのであった。




 扉から出る際に、「ありがとうございました」と聞こえた気がした……







 『雨野 中』


 HP5/11 MP5/8


 術式 『霊術:霊傘』


                    


『総菜パン』


 食料とすることができ、包装が残っていれば『補充』することができる。(包装の損傷が激しい場合、『修復』する必要もある。)


 賞味期限が間近となり、廃棄寸前となったものたちが『失せ物漂着場』に流れ着いた。


 その期限は常に1・2日前を指示しており、封を開けなければ腐ることもない。


 たとえどんなことがあったとしても、食べてもらいたい。


 そんな意志を持ってしまったものたちが、この場所に流れ着いたのかもしれない。

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