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休息

「……この先は大丈夫そうね、行きましょう」


「ありがとうローリエさん、アナタのおかげでかなり戦闘を避けられるようになったよ」


「ふふっ、どういたしまして。戦闘で役に立てない分こういうところで役に立たないと!」


 そういいながら曲がり角の先を覗いているローリエの肩からは、いくつもの歯車が組み合わさった翼のようなものが生えていた。


 一番先端の歯車は目玉が付いたもので、どうやら視覚を共有できるらしく目玉の歯車だけを出して曲がり角の先を覗いてもらっているのだ。ちなみにちゃんと肩から外すことはできるので安心である。


 現在アタルたちは安全な拠点を目指して探索中だ。あれから4度『腐った歯車』の襲撃にあい、計14体との戦闘を終えて前線組の疲労も溜まっている。


 フレイムたちも陰陽術で援護してくれているが、MPも底をつきかけ精神的な疲労も出ているようだ。


 そんな中で『腐った歯車』たちの索敵をすり抜けられるローリエの翼による探索は、戦闘のリスクを避けながら先を進むことができるかなり良いものだった。


 現に、彼女の『眼』が完成してから、なかった時と同じくらいの時間が経っているが襲撃は1度しか起こっていない。


「そろそろ、休める場所が欲しいね」


「そうですね、もう結構時間たってますし……」


「大体8時間くらいかな? この異界で時計が正常に動いているかはわからないけど」


 アタルの発言に反応し、ギタリストは自身の腕時計で時間を確認する。午前か午後かわからないが、時計の針は8時を指していた。


「そうね、私のスマホも大体同じ時間をさしてるし、たぶん正常だと思うわ。ちなみに午後よ」


「電源はついても、やっぱり圏外か……」


 ローリエが自分のスマホを取り出し確認すると、フレイムが画面をのぞき込み残念そうな表情を浮かべる。さすがにこの異界まで電波は通っていないようだ。


「こんなことなら、少しでも気を紛らわせられるように電波のいらないアプリでも入れとけばよかった」


「あら、ソリティアなら入ってるけど、やる?」


「えぇ~、別にいいかな」


 周囲に『腐った歯車』たちがいないことを確認して、少し雑談をしながら道を進んでいく。


 再び大きな通路に出るも、少し様相が変わっているため今までの通りとは別のようだ。


「あらっ、あそこであいているのは喫茶店かしら? 中に何もなければここで休まない?」


「そうですね、もうそろそろ皆さん限界が近そうですし…… ローリエさん、中の様子を見てもらってもいいですか?」


「もちろん、任せて!」


 自分なりの役割を得たためか少しイキイキとしながら店内を歯車の目で確認するローリエ。


 しばらく観察した後OKサインを出したため、念のためアタルが先頭に立って内部に入る。


「暗いけど、中に怪異は…… 『*たべられません』くらいかな?」


「そういえばレインコートさんの頭に乗ってたナポリタンの子はどうしたんですか?」


「居心地がいいのか、今はバッグの中で寝てるよ。……寝てるって言っていいのかわからないけど」


「うん、とりあえず大丈夫そうだね」


 アタルと親方以外の全員がスマホのライトを照らしながら一通り店内を探索し、安全を確保する。


 どうやらそこそこ広くソファーもあるため、全員で寝る分はありそうだ。


「それじゃあ俺は入り口で見張りをしておくんで、皆さん休んでいてください」


「ダメよ! 貴方は一番戦ってるし、これからも戦ってもらうんだからしっかり休んでもらわないと! じゃないと余計私たちが困るわ!」


「大丈夫! 私が一番疲れてないし、今日は私に任せてみんなしっかり休んでて!」


「……ありがとうございます、ローリエさん」


 アタルがお礼を言うと、ローリエは少し誇らし気に胸を張っていた。


 するとその話を聞いてか、フランシーヌも口を開く。


「それを言うなら私の方が何もしてませんし、私が見張りをしときます」


「そうね、それじゃあしばらく時間が経ったら交代してもらおうかしら。それまでしっかり休んでて」


「わかりました、それじゃあどれくらいで交代しますか?」


「どうしましょう、大体8時間くらい寝るとして、四時間後くらいでどう? アラームは何か呼び寄せそうで怖いし時間になったら起こしてあげるわ」


「ありがとうございます」


 二人の話し合いが終わり、全員に情報を共有する。とりあえず二人が寝ずの番をするということになり、明日の探索に向けて早めに寝て英気を養うこととなった。他のメンバーが二人にお礼を言って、ソファーへ向かって眠りにいく。


「二人ともありがとうございます。それでは、お願いしますね」


 アタルも二人の好意に甘えて先に寝かせてもらうことにした。さすがに1日でこれほどの回数戦ったことなどなかったため、疲労が限界を達していたのだ。


 ソファーに寝転がると、一気に眠気が押し寄せて瞼を閉じる。柔らかいながらも寝るには適してないソファーにその身を預け、すぐさま眠りにつくのであった。






「みんな寝たみたいね、やっぱり疲れがたまってたのかしら」


 ローリエは肩から延ばした歯車の目を入口から出して周囲を伺っていた。


 なぜかは分からないがこの歯車はローリエの身体に引っ付き、思うように動かし視覚も共有することができる。まるで、体に新しい部位ができたかのようだ。


 とはいえ、何も便利なだけではない。視覚は自分の目と全く違う場所を映すためその分情報量が多く、これを使っている間は自分の目を閉じてないと頭が沸騰しそうになる。さらに普段とは違う場所に目線があるためまだ勝手がわかっておらず、周囲の確認に手間がかかることが多い。


 それでもこの目を使っているのは、ひとえにこの異界においてはメリットの方が勝るからである。


 怪異は同じ怪異をさほど気にしない。


 この目は怪異と同じと判断されているのか、今のところは襲われたことはないのだ。


「とりあえず、これがあればずいぶん楽よね…… あれ?」


 ローリエが独り言をつぶやいたその時、歯車の視界に何かが映った。


 白い、細長い腕のような何かだ。


 それが四本、中心には球体がぶら下がっており、よく見れば大きな口が開いている。さらにその口の上からはチョウチンアンコウのように仮面を被った女の頭がぶら下がっている。


「たぁすけて、あぁげるからねぇ~」


 白いナニカは、ゆったりとして足取りでこちらに向かって歩いてくる。


 それを一目見て、ローリエは確信する。あれはダメだと、関わってはいけないと。


「……っ」


 ローリエは歯車の目を引っ込めて、こっそりと近くのテーブルの下に身を潜ませる。そして生まれたての小鹿のように身を震わせながら、必死に声を抑えて脅威がさるのを待ち続ける。


「たぁすけて…… あれぇ?」


「にぃおうなぁ、どこかなぁ~?」


「こぉっちぃかなぁ~?」


 ひたひたと、人が裸足で廊下を歩くような音が近づいてくる。足音は完全に人の物、されどその正体は……


 ローリエは先ほど見た怪物の姿を思い浮かべ、必死に体を縮こまらせた。心臓がバクバクと鼓動し、この音で怪物にばれてしまわないかと心配になるほどだ。


 歯車も自身の目も閉じ、少しでも音を出さないように必死に体の動きを抑える。


 しかしそれでも恐怖で震え、歯と歯がぶつかり小さく音を鳴らす。口元を必死に抑えて少しでも音を鳴らさないようにするも、それでもかすかに音が漏れる。


「……ちがうかぁ」


 足音は遠ざかっていく。


 そしてその足音が完全に消え去り、心臓の音が収まったころにようやく、ローリエは体を動かすことができた。


「なっ、なんなのよあれぇ……」


「みぃつけたぁ」


 心臓が縮み上がった。


 入口からナニカの首だけがにゅるりと店内に侵入し、テーブルの下にいるローリエの目の前に現れる。


 その頭部はオカメの仮面をつけ、瞳の代わりに鮮血がとめどなくあふれる穴がローリエを見据える。そして首に続いてその体も店内に入ってきて、ローリエの正面に立ちふさがった。


「あぁれぇ? ちがうなぁ……」


 目のない頭で何が見えてるのか、ローリエの目の前の頭は人間のように首をかしげる。声を発するときに胴体の口は動いていないことから、もしかしたら仮面の下は人と同じようになっているのかもしれない。


 しかしそんなことをローリエは考えることもできず、唯々目の前の死の恐怖に対し、震えることしかできなかった。


「あぁなたぁねぇ~、ひぃとりぃ~?」


 ナニカの問いに、ローリエは皆の方に視線を向けようとして、必死に抑える。


 どうやら目の前のナニカは他の人に気づいていないようだ。なら、せめて犠牲になるのは自分だけでいい。恐怖に支配された頭でも、ローリエは皆のため、そして己の矜持のために必死に理性を働かせ、首を縦に振る。


 すると、ナニカはうんうんと首を縦に振った、どうやら納得しているようだ。


「ふぅるえぇてるぅ…… こぉわいのぉ~?」


 誰のせいだと言いたくなる問いに対し、ローリエはどうしたらよいかわからず固まってしまう。この問いは答えていいものなのか、どう答えたら正解なのかわからなかったからだ。


 ナニカは怯える彼女をなだめるように悍ましい声で次は違う質問を投げかける。


「あぁなたぁわぁ…… たぁすけがぁひぃつよぉうですかぁ~?」


 これは、ターニングポイントだ。ローリエは何の確証もなかったが、確信した。


 ここで答えを間違えれば、終わりだ。


 ローリエは必死に頭を働かせる。


 助けとはどういう意味なのか、どう答えるのが正解なのか、断ってもいいのか、それとも受け入れたほうがいいのか、しかし受け入れたらろくな目に合わない気がする、逆に断って機嫌を損ねてしまったら……


 様々な可能性が頭の中に浮かんでは消え、このままでは目の前の怪物がしびれを切らすかもしれないと思い始めたころに、ローリエは覚悟を決めて首を横に振った。


「……そっかぁ、まぁだなんだねぇ~」


 成功か、失敗か。


 ナニカは残念そうな声を漏らすとその胴体の大きな口を開いた。


「ひっ」


「はぁぁぁぁ~~~~」


 そして大きなため息をつくと、その息がローリエにかかる。


 生暖かく湿って空気は非常に不快で、腐敗臭と鉄臭さが混じっていた。


「つぅぎはぁ、たぁすけてあぁげるからねぇ~」


 それだけ言うと、ナニカは店の外に出てどこかへ行ってしまった。


「どぉこかなぁ、にぃおうなぁ~」


 足音と共に声も遠ざかっていく。


 そして今度こそ死の恐怖から逃れられたことに安堵してローリエは泣いた。もう無理かもしれないという状況で生き残ったこと、そして誰も犠牲にならなかったことで安心したからだ。


 それからしばらくして、さらに泣いた。あの怪物の最後の言葉を思い出し、理解したからだ。


 最後にもう一度泣いた。この歳になって、少し漏らしてしまったことに気が付いたからだ。






 『レインコート』(雨野 中)


 HP5/23 MP4/14


 術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』『霊術:雨上がり』


 状態 『川の主の寵愛』《transparent》『赤い雨の呪い』『御使い狐の約束』『糸の呪い』《/transparent》



『スマートフォン』


 それは、現代人なら誰でも持っている多機能デバイス。もはや現代の象徴と言ってもよく、これなしでは相当不便な生活を強いられるだろう。


 異界において充電できる場所はないが、代わりに『補充』することで充電量を回復することができる。


 この異界においては、取り扱いに注意しなければならないものである。


 迷い込んだ場所が地下道と言う電波を遮断する場所であったことは、幸運だったのかもしれない……


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