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『不幸な乗り間違い』

 本当は、あまり学校に行きたくない。


 人付き合いは苦手だし、学校にもあまり馴染めていない。


 たまに遊びに誘ってくれる人はいるけど、習い事があって遊べなくて断るしかない。それは申し訳ないし、陰でこっそり『ノリが悪い』とか言われていそうで、嫌だ。


 本当はもっと遊んだりしたいし、みんなとお話もしたい。部活もしたいし青春もしてみたい。


 でも、放課後は塾か習い事、家にいても勉強、私の自由はどこにもない。


 母は将来のためって必死に勉強をするように言うけど、私はそんなの望んでいなかった。




 ガタン ゴトン ガタン ゴトン




 今日も一人、電車に乗る。


 いつもの夕焼け、灰色の帰り道。


 習い事が終わり、珍しくまばらな車内をなんとなく見回す。


 ピシッとスーツを決めたかっこいいキャリアウーマン風の女性や、着物を着た頑固そうなおじいさん。


 ちょっと制服を着崩したヤンチャそうな中学生の男の子に、ピアスをチャラチャラとつけて長い髪を後ろに束ねるギターケースをもつ怖そうなおにいさん。


 この習い事の帰りに、たまに見かける人たちだ。


 なんとなく、彼らがうらやましいと思ってしまう。


 隣の芝は青いというか、苦労なんて人それぞれだろうけど、今の自分が辛くて、逃げ出したくなってしまって、自分勝手だけど、彼らを羨んでしまう。


 きっとこの人たちは、自分ほどつらくはないだろうって、何も知らないくせに考えてしまう。


 そして、そんなことを考えている自分が嫌で、目を逸らすように窓の外に目を向ける。


 夕焼けが目にしみて、思わず瞼を閉じてしまう。


「……えっ?」


 そして再び目を開けた時、窓の外は真っ暗になっていた。


 電車の走行音がくぐもって聞こえ、目を凝らすと高速で壁が動いていることがわかる。おそらくはトンネルに入ったのだろう。


 だけど……


「……ねぇおじいさん、この電車ってトンネル通ったっけ?」


「……あぁ? なんだいきなり…… って、なんだこれは?」


 怖そうなおにいさんと頑固そうなおじいさんが話をしている。やっぱり他の人も困惑しているみたいで、OLのお姉さんも中学生の男の子も戸惑っていた。


「あれ? 電車間違えたかしら?」


「いや、それもなさそうだよ。だってここの人たちってこの曜日によく同じ電車に乗ってるよね? それをみんな一緒に間違えるなんて……」




『この電車は~、『異界』~、『異界』へと参りま~す』


『次は~、終点~、終点『現代地下迷宮』で~す』


『ご降車の際は~、忘れ物の無いように~、ご注意くださ~い』




「……えっ?」


 突如車内に鳴り響く不穏なアナウンスに、思わず声が漏れる。


 『異界』? 『現代地下迷宮』?


 なんだろうかそのふざけた名前は? もしかして、今日はたまたまそういう催しがあるのだろうか?


 不思議に思っていると、怖そうなおにいさんが立ち上がって隣の車両へと向かっていく。


「ちょっと車掌さんに話を聞いてきます。さすがに何かおかしいですし……」


「おい、どうしたんだ兄ちゃん?」


 隣の車両へ行こうとしていたおにいさんが、扉の前で動きを止める。


 それを不思議に思ったのかおじいさんが声をかけるけど、おにいさんは暗い表情でこちらに戻ってきた。


「……皆さん、なるべく大きな声を出さないで、ちょっと集まってください」


「えっ、何よ急に? ちょっと怖いわよ……」


「そ、そうだ! いきなりどうしたんだよ……」


「お願いだから、静かに、ちゃんと説明するから」


 OLさんと中学生の抗議に、静かながらも怒りに満ちた声で返答するおにいさん。


 それにただならぬ雰囲気を感じて、おとなしく私たちは彼の近くへと集まった。


「いい? 絶対に大声は出さないで……」


 真剣な眼差しで念を押すおにいさんに、思わず生唾を飲んでしまう。


 いったい何があったのだろうか?


 不安と好奇心がせめぎ合う。もしかしたら周りの人たちも同じなのか、冷や汗を流しながら、おにいさんの言葉を待つ。


 そしておにいさんは、「信じられないかもしれないけど」と前置きをして、口を開いた。


「隣の車両に、化け物たちが乗っていた。着ぐるみでも特殊メイクでもない、明らかに人間じゃない、動物かも怪しい奴らが」


「……えっ?」


 それは、普段の自分なら信じられないような話だった。


 けれど、彼の真剣な表情やこの異常事態のせいで、信じることしかできなかった。


「……いや、おにいさん何言ってるんすか? 化け物なんているわけないじゃないっすか」


「そうよ、私たちを揶揄おうとして……」


「いや、どうも冗談じゃねぇみたいだ」


 気が付けばおじいさんが反対側の扉の方から歩いてきた。


 その表情は、苦虫を噛み潰したようなものになっていた。


「ありゃまずい、少なくともガキどもには見せられねぇな」


「確認してきたんですか? 危険ですよ」


「わりぃ、さすがに言葉だけじゃ信じられなくてな。だが、ありゃダメだ。ぜってぇばれたらまずい」


 大の大人が揃って危険だと言う存在に、思わず悪寒を感じてしまう。


 私たちは、もしかしたら今危険に挟まれているのかもしれない。


 だけど、OLさんは信じがたそうに、中学生は興味津々な様子で話を聞いていた。


「なんですか? 二人そろって怖がらせようとしてますか? ちょっと悪趣味ですよ」


「えっ、なにそれ? 超見たいんだけど!」


「静かに」


「……ごめんなさい」


 興奮した様子の中学生はおにいさんのドスの効いた声を聴いてすぐに謝罪していた。


 ……隣で聞いてるだけの私も怖かった。




『まもなく~、終点~、終点~、『現代地下迷宮』~』


『この電車は~、この後回送となります~』


『ご降車の際は~、忘れ物に~、ご注意くださ~い』




 やがて、電車のスピードはみるみるうちに遅くなっていき、やがて地下鉄の駅に停止した。


 車内から見る限り、何処にでもありそうな、普通のホームだ。


 しいて違和感を感じるとしたら、人の気配がないことくらいだろうか?


「……どうする?」


「とりあえず、ボクが外を確認して大丈夫か判断します」


「えっ、ちょっと、このままこの電車にいちゃダメなの? 貴方たちの話だと、他の化け物がいるんでしょ?」


「……いや、どうやら他の奴らは降りてないみたいだ。それに、この電車に乗っててもいいことは起こらない気がする」


「なんでよ?」


「お嬢さん、さっき言ってたろ? この電車は回送になるって。つまりこのままだと車庫送りだ、帰れる保証はない」




『まもなく~電車が発車しま~す』


『このままご乗車のお客様は~、忘れ物になることに同意したとみなされま~す』


『この電車は~、このあと回送電車となりまして~』


『『忘却ステーション』へと~、向かいま~す』




「……どうやら、迷ってる時間はなさそうだよ」


「……わかったわよ」


 おにいさんたちの説得で、ここにいる全員で電車から降りることになった。


 ホームに降り立っても、何か違和感があるわけでもない、普通の場所。


 そのはずなのに、異様な静けさと、人気のなさが私の肌に突き刺さる。


 ここは危険だと、私の本能が全身全霊で訴えかけてくる。




『それでは~、出発しま~す』




 私たちが全員降りたのを確認してか、電車が出発する。


 その時に電車の中を見て、後悔した。


 おにいさんたちが言っていた、見ないほうがいいものを、化け物を見てしまった。


 ……忘れよう、あれはきっと知ってはいけないものなんだ。


「……だれか来るよ」


 おにいさんの声を聴いて、思わず階段の方に目を向ける。


 確かに足音が聞こえてくる。


 降りてくるのは、人間か、はたまた先ほどの様な化け物か……


 不安から、近くにいたお姉さんの服の裾を掴んでしまう。


 お姉さんは一瞬驚いた様子だったけど、私を安心させようとしてくれたのか、背中を撫でてくれた。


「……おんな子どもは下がってろ」


 おじいさんとおにいさんが私たちをかばうように前に出る。


 おじいさんの言葉にお姉さんが何か言い返そうとしたけど、私が震えていることに気が付いたのか肩を抱いて大丈夫と言ってくれました。


 階段から何かが下りてくる。


 やがて足音は近づき、革靴が見えてくる。


 良かった、人だ……


「あの、私たち……」


「まだだ! ……たぶんあれは違う」


「……えっ?」


 その人は、ゆったりとした足取りで階段を下りてくる。


 スーツを身に纏った男性のように見えるけど、違う。


 士気色の肌は所々肉が削げ落ちて、筋肉や骨が見えている。


 目はうつろで濁り切っており、フラフラと酔っ払いの様な足取りで階段を下りている。


「なんだよあいつ……」


 誰かがそうぽつりとつぶやくとともに、『腐った歯車』と書かれた半透明の画面が現れる。


 明らかに生きているとは言えない見た目、しかしそれは、確かに私たちの方に向かって歩いてきていた……


『忘却ステーション』


 危険度 ★★★・・


 それは、忘れられたものたちが集められる場所。


 忘れられしものたちは、電車を通じてこの場所に集められ、この地で悠久の時間を過ごすこととなる。


 怪異に拾われるものもいれば、怪異となるものもいるだろう。


 もしもこの地に人間が紛れ込んだなら…… その時は、言わずともわかるだろう。


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