地下道
「もし戦闘になったら俺が戦うから、貴方は下がっててください」
「は、はい……」
『雨宿り』を構えながら、広子を背に地下道を歩き始めるアタル。
先ほど肉塊が飛んできた方は避け、別の通路へと進んでいく。
その道も先ほどまでアタルが歩いていたところに似て、広く柱が等間隔に並ぶ道になっていた。
「あっ、そうだ」
途中まで歩いたところでアタルが歩みを止めてポケットを漁り始める。
何事かと広子がその様子を眺めていると、アタルがポケットから何かを取り出した。
「あの、これなんですか?」
「あぁ、これはいろんなものを強化できる結晶で、さっき肉塊を倒したときに落としたものなんだ」
「調べてみたら頑丈さを強化できるみたいだから、良かったら使ってみてくれ」
「はい、ありがとうございます……」
「使い方は…… あっ!?」
広子が受け取ったのを確認してから結晶の使い方を説明しようとしていたアタルだが、広子が取った行動に思わず声を上げてしまう。
広子は結晶をつまむと、しばらく興味深そうに眺めた後、おもむろに口に入れ始めたのだ。
そして吐き出すように声をかける間もなく、ゴクリと飲み込む音が聞こえてきた。
「ちょっ、大丈夫ですか!? 早く吐き出してください!」
「えっ? こうするものじゃないんですか?」
「違いますよ、服とかのものにつかうものなんですよ!! 早く吐き出して!」
「えぇぇ!? わ、わかりました!」
その後必死に吐き出させようとするも、結局結晶を吐き出すことはできなかった。
しばらく肩で息をして休憩していた二人だが、ある程度呼吸が落ち着くと再び会話を続ける。
「とりあえず、一応肉体にも使えるとは書いてましたけど、どんな影響があるかわからないんでこれからはやめてくださいね」
「はい……」
アタルに叱られてしょんぼりとした様子の広子。
そんな姿を見て一瞬罪悪感にかられるも、これも彼女のためだと自分に言い聞かせるアタル。
命がかかっているこの場面で、甘いことばかりは言ってられないのだ。
「わかってくれたら大丈夫です。ひとまず動きましょうか、ここにいても出口は見つかりませんし」
「はい、一生懸命探しますね!」
アタルを先頭に、再び歩き出す二人。
物音ひとつ聞き逃さないためか、あるいは危険な怪異に音で居場所がバレないようにするためか、一転静かに歩き始める二人。
静かな空間に、二人分の足音だけが響き渡る。
周囲は不思議なほどに清潔で、比較的明るいが時折電灯が点滅して暗闇が現れる。
側面の店舗は相変わらずシャッターが閉まっており、深夜に徘徊しているかのような気分になってくる。
そんなとき……
「……カラネェ……」
「……あれ、何か聞こえませんか?」
「えっ? 何か聞こえますか? 私は何も……」
「……タシガァ……」
「まずい、何かが走ってくる。急いで!!」
背後からの物音と声に怪異の接近を感じ、振り向きもせずに広子の手を握って走り出すアタル。
アタルの尋常ではない様子に広子も何かを悟り必死に走り出す。
広子の耳にも、何か重たい足音が勢いよくこちらに近づいてくるのが聞こえてきたのだ。
「くそっ、どこかに曲がり角はないのか!?」
「あっ、あのお店シャッターが開いてますよ!?」
「でかした! そこに飛び込むぞ!」
シャッターが開いているお店は、外見からしてカフェのようだ。
アタルたちは必死にその店まで走り出し、滑り込むように入店する。
そしてそのまま近くのテーブルの下に隠れるように潜り込み、必死になるべく音をたてずに呼吸を整える。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ……」
「たぁすけぇて、あげるからねえぇっぇぇぇぇ!!!!」
入口に目を向けていたアタルは、白い四足歩行のナニカが素早く通り抜けていく様子を見ていた。
一瞬でわからなかったが、頭部だけは人間の女性の様な形をしていたように見えたそれは、まるで蜘蛛のように手足をカサカサと動かして通り過ぎていっていた。
「はぁ、はぁ、ふぅ…… とりあえず、もう少しここで様子を見よう」
「ふぅ、ふぅ…… は、はい、わかりました」
アタルはそう言いながら、入り口だけでなく店内もテーブルの下から見える範囲で確認をして行く。
……何かいる。
店の奥の方のテーブルで、何かが食事をしている。
「あの、何か……」
「しっ、静かに、何かいる」
「えっ……」
アタルが口元に人差し指をあててジェスチャーすると、広子は自身の口元を手で隠した。
店内は電気がついておらず、薄暗い。
一応テーブルより上の壁はガラス張りになっているため店の外から光は入っているものの、奥の方は薄暗く目が慣れるまで様子を確認することができなかった。
「……っ」
……そして、ようやく目が慣れてきた頃に、アタルはようやく何かの正体を知ることができた。
それは、まるで映画に出てくるゾンビの様な見た目をしていた。
薄暗さのせいもあるだろうが、肌には生気がなく、痩せこけ、肌も所々削げている。
それらはすべてスーツを着ており、一心不乱に何かを食べて…… いや、食べようとしている。
「あぁぁ…… あぁ……」
「うぁ…… うぅ……」
それらは、必死に食べ物のようなものにかじりついている。
サンドウィッチ、ハンバーグ、オムライス……
それらにかじりつくも、一向に咀嚼する様子もない。
それもそのはずだ、彼らが食べようとしているものは、すべて食品サンプルなのだから。
だが、正気を失った彼らにそれを気づきもせずに、一心不乱に食べようとする。
残った数少ない歯がボロボロと落ちていっても気にせずに、或いは気づかないほどに、一生懸命に……
「……フランシーヌさん、静かにここから……」
「ま、待って……」
「こぉこぉかなあぁぁぁぁ?」
静かに、足音を忍ばせて、それはやってきた。
真っ白で異様に長い手足は、人と同じように見えるも腕の関節が二つあった。
胴体は真っ白な球状ではあるものの、皮が薄いからか、或いは中身がみちみちなのか、内部が皮越しにはっきりと見えている。その中には人の腕や顔のようなものまで入っている。
胴の前方には巨大な口があり、血と肉に汚れた鋭い歯がむき出しになっている。
そして何より目を引くのは、その口の上からチョウチンアンコウのように伸びている長い首だ。
その長い首の先端は女性の頭のようになっており、おかめの仮面が張り付き目の部分からは絶えず鮮血が流れている。
「たぁすけないとぉねぇぇ……」
それはゆったりと店内へ侵入し、テーブルの上やソファに手や足をかけて移動している。ゆらゆらと揺らめく首の先端はぼさぼさの黒い長髪であることもあり、まるでルアーのように獲物を誘っているようにも見える。
「あっ……」
店内に入ってしばらくした後、それは声を上げて動きを止めた。
先ほど店内で一心不乱に食品サンプルに噛り付いていた何かを見つけてしまったのだ。
「たぁすけてあげなぁきゃあぁぁ♪」
そして白いナニカはゾンビの様な彼らに勢いよく飛びついてその口を大きく開いた。
そこから聞こえる小さな悲鳴と咀嚼音。
アタルにはそれの言う『助ける』が一般のものとは違うようにしか思えなかった。
「……今のうちに、静かに逃げるぞ」
「……はい」
激しい咀嚼音に紛れるように小声で話し、こっそりとその店から脱出する二人。
ある程度忍び足でその場から離れた後、ダッシュで走り去っていった。
「なっ、なんだったんですかあれは!? あんな化け物見たことないですよ!?」
「俺も分かりません! 正直今まで見た中でもかなり強いですよあいつ!?」
アタルの見立てでは、先ほどの怪物はあのワニと同じくらいには脅威だと判断した。
もちろん強敵との戦いの経験が薄いため確証は薄いが、アタルにはそこそこの自信がある推測であり、現状の自分では勝てないと考えた。
「あっ、あと!? その頭の上なんですか!?」
「頭の上!? どうなってるの!?」
「うわっ!? なんか出てきた!? ……えっと、『*食べられません』って、そんなことどうでもいいんですよ!?」
「いやどういう…… なんかそういえば頭が重いな?」
しばらく走っているとようやく曲がり角を見つけ、その角を進んでその先の角をさらに曲がってようやく一息つく二人。
そして息を整えてからようやく、アタルは頭上を確認するのであった。
「……なんだこれ?」
頭上に乗っていた何かを手に取ると、そこにいたのはスパゲッティであった。
それはナポリタンのスパゲッティであり、ご丁寧にフォークが宙に浮いているタイプのものである。
それの頭上の浮いているウィンドウには『*食べられません』と書かれている。
注意書きにも見えるが、今までの経験からしてこれが名前なのだろうとアタルは結論付ける。
「えっと、なんでこんなものがレインコートさんの頭の上に?」
「たぶんこいつもあいつらと同じ怪異なんですよ、無害そうですけど……」
「へぇ、なんていう名前かわかりますか?」
「これを見る限り『*食べられません』が名前だろうな…… おっと、こいつらに固有の名前は付けちゃだめですよ。厄介なことになりますから」
「えっ、ダメなんですか……?」
「ダメなんですよ」
宙に浮いてるフォークと麺を手のように振っている『*食べられません』になごみながら、それどころじゃないと手を放す。
アタルたちは周囲を確認し、ナポリタンは宙を浮きながらアタルの頭の上に乗る。
どうやらここは改札口の目の前のようで、何処からか放送が聞こえてきた。
『まもなく電車が参ります。ご注意ください』
「……あの、もしかして電車が出口なんじゃないですか?」
「……いや、電車には乗るなって忠告されてますから、たぶん違うと思います」
「そうですか……」
すこし残念そうにしている広子を見て、アタルは少し考えた後、一つ提案をする。
「とはいえ、何かあるかもしれませんし、見に行くだけ見に行ってみますか?」
「えっ、いいんですか?」
「電車に乗らなければいいみたいなんで、見るくらいなら…… でも、念のため近づくのは止めておきましょうか」
「はい、わかりました」
次の行動を決めて、改札をくぐる二人。
どうやら切符がなくても中に入れるようで、二人はホームへと続く階段を降りるのであった……
『レインコート』(雨野 中)
HP11/18 MP12/12
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』『霊術:雨上がり』
状態 『川の主の寵愛』 繝サ縲手オ、縺?岑縺ョ蜻ェ縺?? 繝サ縲主セ。菴ソ縺?巨縺ョ邏?據縲
『*食べられません』
食品サンプル型の怪異。
新しい商品たちが現れるたびに古いものは姿を消す。そんな世の理の中打ち捨てられ気が付けばここに迷い込んでいた。
もはや誰にも必要とされていない、それでも彼らは自分たちの美味しそうな姿を磨き続ける。
そうすれば人々がやってきてくれるから……
たまに食べられそうになるのは、玉に瑕であるが。




