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絶望

「何をしているんだ、お前は」


「おじさん……」


 怒りを孕んだ中年男性の声に対して、アタルは泣きそうな声で答える。


 突然動かなくなった体を必死に動かそうと藻掻きながら、中年男性に目を向ける。


「ルルの名前を知ってるグループに見つかっちゃって、この人たちを呼ばれて、周囲の認識でルルが変わるって言われて、そしたらルルが……」


「……ちっ、泥人形どもが」


 アタルの支離滅裂な説明に何かを察したのか、中年男性は集落の人々に目を向け舌打ちする。


 その視線を受けて動揺する彼らの中から、村長を名乗る男が口を開く。


「なっ、なんなんだよお前は!? 俺たちは……」


「黙れ、人形遊びをする趣味はない」


 中年男性の冷たい言葉を受けて口を閉ざす村長を名乗る男。


 中年男性はアタルの目の前まで行くと、消火斧を肩に担ぐ。


「あれがこの前お前の傍にいた『雨童』か?」


「そ、そうです! ルルがキュウにあんな姿に……」


「あそこの死体、ほとんど原形はないが、あれをやったのはこいつか?」


「……はい」


「でも! ルルは……」


「わかった、もういい」


 赤い染みとなった3人組のリーダー格だった男を指さす男性に、苦々しい思いをしながらも頷くアタル。


 それを聞いてアタルに背を向けルルに向かい合う中年男性、ルルも体が思うように動かないようだが、徐々に身じろいができるほどの身体が動くようになっていっている。


「も、もういいって、一体何を……」


「奴はもう後戻りできない、だからここで仕留める」


「ルルを……」


 その言葉の意味を徐々に理解し青ざめていくアタル。


 彼は動かない体を必死に動かそうとするも、体はピクリとも動きそうにない。


「違うんだ! ルルは、ルルは優しい子なんだ! ただ俺を助けようとしただけで! 悪い子じゃないんだ!」


「これからは絶対に誰も傷つけさせない! だからやめてくれ! ルルを殺さないでくれ!」


 涙を流しながら、必死に懇願するアタル。


 先ほどこの男の規格外の力は目にした、ついでに今も体を動かすことすらできない。


 そんな彼の手にかかれば、ルルはひとたまりもないだろうと思い、必死に声を荒げる。


「ルルは人殺しの化け物なんかじゃない! ルルは優しい子なんだ! 優しくて、いっつも楽しそうで、明るくて、俺のことを心も体も助けてくれて……」


「頼むから、頼みますから、ルルを殺さないでください……」


「……『悪転魂換』」


「……えっ?」


 アタルの必死の懇願に対して、男はぽつりと何かを呟く。


 その聞きなれない単語にアタルが聞き返すと、男は再び口を開いた。


「『悪転魂換』、名をつけられた怪異の行きつく先の一つだ」


「人間たちの認識、呪いの影響、人間への憎しみ…… 要因はいくらかあるが、悪意に振り切れてしまうことを、そう呼んでいる」


「こうなってしまったやつは、どうあっても元に戻らない。人々に害をなしてしまう。だから殺す」


「ま、待ってくれ! それでもルルは!!」


「こいつはもう、人を殺したんだろう?」


「っ!?」


 男の指摘に、言葉を詰まらせるアタル。


 ルルが人を殺してしまったことは、まぎれもない事実であったからだ。


「一度でも殺してしまえば、そいつはもうそういう存在として刻まれてしまう」


「たとえお前を傷つけなくても、他の人間を襲ってしまう。『悪転魂換』とは、そういうものなのだ」


「で、でも、ルルは……」


「優しいはずのそいつが、故意であれ何であれ、人を殺してしまうんだぞ」


「そんなこいつを野放しにして、これからも人々を傷つけてしまえば、それで心を痛めるのは誰だ?」


「……っ」


 ルルは優しい子だ、そんなルルが自分の手で人を傷つければ、人間だけでなくルルの心も傷つく。


 そして故意でなくとも、人を傷つける怪異を待つ運命は……


「……せ、せめてルルと話をさせてください。絶対に、絶対にこれ以上誰も傷つけさせないから、お願いします」


「……そうか、好きにしろ」


 男が左手を真横に振ると、そこにいる全員が体の自由を取り戻す。


「ありがとうございます、おじさん!」


 男性に礼を言いながらルルの元へ駆け寄るアタル。


 ルルはその大きな腕を振り回しながら、苦しむように暴れていた。


「なっ、ふざけるなよ……」


「黙れ」


 アタルの後を追いかけようとする村長を名乗る男の目の前に、再び灼熱のラインが引かれる。


「その線を超えるな、黙ってみてろ」


「お、お前まさか『狩人』か……!?」


 何かに気づいた村長を名乗る男は、顔を恐怖に引きつらせながら男に背を向けて逃げ出し、他の者共も一緒になって走り去っていった。


「……まぁ、あとでいいか」


 中年男性は彼らに背を向け、アタルの方に体を向ける。


 あの程度はいつでも狩れるし、わざわざあの青年の目の前で人型の惨殺現場なんて見せる気にはならなかったからだ。


 それに、彼は見届けたいと感じたのだ。


 あの二人の行方を。




「……ルル、俺の声が聞こえるか?」


 苦しそうに暴れ、蹲るルルに向かって、ゆっくりと歩きながら優しい声で呼びかけるアタル。


 蹲ったその姿の時点でアタルより大きく、かつての可愛らしい姿はかけらもなかった。


 薄汚れボロボロになったレインコートの中から、涙のように濁流が流れ、アタルの歩みを遅らせる。


「大丈夫、ルル。もう大丈夫だから、こっちにこい」


「お前が優しい子だってことは、わかってるから」


 アタルの優しい言葉がルルの元に届く。しかし、アタルを拒絶するようにルルはあばれ、濁流が強くなる。


「もちろん、人を殺してしまったことはいけないことだ。でも、その罪は俺も一緒に背負うから。一緒に罪を償っていこう、ルル」


「これからは誰も傷つけなければ大丈夫だから、俺がずっと一緒にいてやるから。だから一緒に行こう、二人で罪を償う方法を考えよう、ルル」


 アタル自身も、自分が苦しいことを言っているという自覚はあった。


 人殺しと言う罪は重い、それでも正当防衛などの理由があれば罪に問われないこともあるし、刑期を務め罪を償うことだってできる。


 それを、具体的にどうすればいいのかはわからない。それでも、ルルと一緒にいたいと願い、必死にルルに声をかける。


 たとえどれほど苦しい道のりでもいい。それでもルルと一緒にいたいと願っているから。


「太陽の話をしたとき、お前嬉しそうにしてただろ?」


「ここを出たら、一緒に太陽を見よう。そして一緒に罪を償ったら、オレと一緒に暮らそう」


 それは今までアタルが秘めていた願望だった。


 ルルを元の世界に連れていっていいのかはわからない。だが、アタルはずっと一緒にいたいと思ってしまったのだ。


「だからルル、オレと一緒に……」


 その時、暴れるルルの腕にアタルが当たり、吹き飛んだ。


「~~~?」


「~っ」


「~~~~!!!!!!」


 ルルが絶望の雄たけびを上げる。


 大切な人に手を上げてしまった。その事実がルルの心を蝕む。


 そして気づいた。自分は彼を不幸にしてしまう存在なのだと。


「……ぐっ」


「大丈夫か、坊主? 『治れ』」


 吹き飛ばされたアタルの傍に男が駆け寄り、体を治す。


 そのおかげでアタルは立ち上がり、男性に顔を向ける。


「あっ、ありがとうございます……」


「そんなことより、あいつのことだ」


「……ルル」


 ルルは狂ったように暴れ出し、周囲の建物に当たるように拳を振り回す。


 その時、先ほどルルに吹き飛ばされた、3人組の男が倒れていることに気が付いた。


「危ない、『濡れ羽鴉』!」


 人命を助けるため、これ以上ルルに罪を重ねさせないために『濡れ羽鴉』を呼び出して彼が瓦礫に押しつぶされないように引き摺らせる。


「まずい、もう一人いたはずだ」


「……そっちは俺が行く、お前は奴を抑えてろ」


「わかりました」


 アタルはルルに向かって走り出す。


 絶望に染まったルルを助けるために……


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