呪いの行き先
「おっ、ようやく慣れてきたな」
そう言いながら濡れた道路の上をスケートのように滑るアタルに、ルルが感心したように拍手を送る。
老人と別れたとに気が付いたが、どうやらアタルは水の上をすべることができるようになったらしい。
おそらくこれが、老人の言っていたオマケというものだろう。
正直に言えば、アタルにとってこちらの方が本命と言っても良いものだった。
呪いの件もあり、戦う力が欲しかったアタルにとってこの機動力は、とてもありがたいものである。
とはいえ、すでに老人との別れから数日たっている。
その間この町から出る進展もなければ呪いに関しても変化はない。
代わりに『雨唄音楽隊』や『人面瘡蛙』、『濡れ犬』たちと仲良くなって探索がすこし賑やかになったため進展のない精神的負担が少し和らいだことは、アタルにとって良い傾向だった。
「それにしても、本当にこの町はどうなっているのだろうか……?」
すでに数日間この町を探索しているアタルたちだが、どうにもこの町については判明していることが少ない。
それはこの町にいる存在たちに関してもそうだし、HPやMP、結晶などの明らかに物理法則から外れている現象に関してもそうだ。
「さて、そろそろ今日の探索に出るか、ルル」
ルルの目の前で止まったアタルは、ルルを抱き上げて雨に濡れた道路の上を滑る。ルルは風を受けながら楽しそうにはしゃいでいる。
この老人のオマケ、『川の主の寵愛』のおかげで移動の快適さと移動範囲が格段に上がった。多少雨は体にかかるが、それでも今までよりも体力と時間を抑えながら探索が可能になり、実戦でこの移動方法を活用できるように練習するためと様々な面で有用だった。
はじめは慣れるまでに時間を要したが、慣れてある程度動けるようになった現在では、多少遠出しても疲れてへとへとになる前に拠点に戻るにことができるようになっていた。
今日はいつもより遠目の場所を探索しようとしているところだ。
「……あれ? なんだか今日は『濡れ羽鴉』の数が多いような……」
そんな中、ふと周りを見ると『濡れ羽鴉』たちがそこらへんにいることに気が付いた。
なんとなく嫌な予感を感じたアタルが路面を滑ることをやめると、目の前の道路を挟むように、大勢の『濡れ羽鴉』が整列していた。
それは何かを歓迎するために並んでいるようにも見えるし、格闘技の挑戦者が来るのを待ち構えている観客の作った道のようにも見えた。
「カアァァァ!!!!」
「「「「カアァァァ!!!!」」」」
一匹のカラスが鳴くと、それにつられたように他のカラスたちも鳴き始める。
まるで前に進めとでもいうように。
「……ルル、行くぞ」
ルルを地面に下ろし、ともに歩いて先を行くアタル。
その道の先に目を向ければ、大きな交差点があった。
周囲を建物に囲まれ開けたその場所は、まるで見世物でも見るかのように『濡れ羽鴉』たちに囲まれていた。
その光景を見て、アタルはかつて写真で見たコロッセオを思い浮かべる。
そしてそれは、間違えでもなかった。
「「「「カアァァァ!!!!」」」」「「「「カアァァァ!!!!」」」」「「「「カアァァァ!!!!」」」」
アタルたちが交差点と言うリングに入った瞬間、『濡れ羽鴉』たちの大合唱が始まる。
どこか不気味で、おどろおどろしい金切り声の大合唱。それは興奮と狂喜、憎しみと怒りと喜びと愉悦の混ざった、何処までも濁って気持ち悪い感情の混ざり合った醜い歌声。
興奮したのか飛び跳ねるもの、ノリに乗っているのかヘドバンをし始めるもの、まるで野球観戦でもしているかのように何かの肉を啄みながらアタルたちに目を向けるもの、雛鳥を連れて身に来ているもの、仲睦まじそうに身を寄せ合うもの……
どこか人間臭い『濡れ羽鴉』たちの行動が、余計にどこか嫌悪感をにじませる。
「一体どうなっているんだ……」
ある程度予想はついているものの、その異様な熱気に圧倒されるアタル。ルルはうるさそうに頭を抱えて蹲っていた。
「「「「カアァァァ!!!!」」」」「「「「カアァァァ!!!!」」」」「「「「カアァァァ!!!!」」」」
カラスたちは再び声を上げる。殺せと、潰せと、苦しませろとでも言いたげに。
それこそ本当にコロッセオの時代にタイムスリップしたかのように、錯覚するほどに。
「カアァァァーーーーッ!!!!」
やがて、一匹の『濡れ羽鴉』の鳴き声により、先ほどまでの狂騒が嘘のように静まり返った。
その統率の取れた様子に、再び不気味さと異様さを感じ取るアタル。
「……ハッ!?」
そして、何かに気づいて空を見上げた。
どこからともなく、羽ばたく音が聞こえる。
その音は途切れることなく、確実にこちらに近づいてくる。アタルはその音を聞いて、思わず耳を疑ってしまう。
今まで、『濡れ羽鴉』たちが滑空したり飛び跳ねたりすることはあっても、自由に空を飛ぶ姿は見られなかった。
だが、この音は確実に空を飛んでいる。
羽ばたく音に不気味な何かを感じながら空を探す。
そして……
濡れ羽色の美しい羽が、頭上から降りかかった。
「来るぞ!!」
アタルがルルを抱えて急いで道路を滑走する。
それと同時に、衝撃音と水しぶきが舞う。
「くっ……!!」
先ほどまで二人がいた場所には、黒く大きなカラスがいた。
体高がアタルの身長と同じくらい、170㎝ほどあり、美しい濡れ羽色の体毛をしている。
かぎ爪は鋭く、嘴は黒曜石のように光沢を持ち鋭利だ。
そして赤黒く濁った瞳は、アタルたちを強く憎むように睨みつけている。
『雨切大鴉』
アタルによって殺された…… いや。
今まで人に殺されてきた『濡れ羽鴉』たちの呪いが生み出した怪物が、二人に襲い掛かる。
『雨野 中』
HP12/12 MP10/10
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』
状態 『濡れ羽鴉への決闘状』『川の主の寵愛』
『川の主の寵愛』
川の主に認められ、与えられた恩寵。
それは雨を呼び、水を従える力。
雨乞いの力を強化し、必ず成功させる。また、水上を自在に動き回ることができる。
この町に流れ着いた老人は、はじめその事実を受け入れることができなかった。
かつての栄光に縋りながら、一人よがりに叫ぶしかなく……
やがて訪れた者のおかげで、ようやくあるがままを受け入れられた。
この恩寵は、そんな己を救ってくれたものへの感謝のしるし。
やがてこの力は、その身に宿る悍ましい呪いへの対抗策となることだろう……




