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雨乞い

「さて、それじゃあ今日も探索に出かけるか」


 この町を探索して、おそらく二日目。


 このままだと会社は大丈夫なのか、家族や友人は心配していないだろうか、そんな不安が頭をよぎるも、振り払う。


 そういった心配は、無事にここから出られたらにしようと考え、今日こそ出口を見つけるぞと意気込むアタル。


 その後ろを、ルルが楽しそうについていく。


「さて、昨日は右側を探したし、今度は左側を探してみるか」


 拠点としているコンビニのあった建物から出て、左側の探索を始める。


 現状ではスマホが使えず、空は雲に覆われ太陽の位置すらわからない。そのため方角すらわからずアタルはこのような言い方をするしかなかった。


「できれば今日は出口への情報が何か得られればいいんだけど……」


 前日は呪いの老婆と出会った以外に、特にこれと言った成果はなかった。


 強いて言うなら多くの『濡れ羽鴉』たちに何度も見つかったが、遠巻きに見られるだけで襲われることがなくなったことくらいだろう。


 おそらくは老婆によって『濡れ羽鴉』の呪いをネックレスに込められたことが原因だろう。


 そう考えれば、アタルが『濡れ羽鴉』の呪いと相まみえる日も近いだろう。このまま勝てるかもわからないため、強くなる必要がある。


 しかしアタルには、積極的に戦闘を行う気はなかった。


 いくら相手が死んだら灰となって消える怪物であっても、生き物の命を奪う気にはならなかったのだ。


「とはいえ、こっちも街の景色は変わらないなぁ」


 やはり代わり映えしない街を歩く二人。たまに『濡れ犬』と遭遇するなどの多少の変化はありつつも、『霊術:霊傘』を使ってやるくらいで、何かが変わるわけではなかった。


「それにしても、HPやMPもよくわからないもんだよな」


 今朝気付いたことだが、どうやら寝たらHPもMPも回復するようだ。


 現状では全回復しているが、これが固定値回復なのか、寝る状況次第で回復量は変わるのか等疑問は尽きない。


 推測では、栄養や休息でHPが、欲求を満たすことでMPが回復するのではないかとアタルは考える。


 現状『霊術:霊傘』くらいでしか使わないMPはともかく、食料や飲料の確保、道具の修理やけがの回復等の様々な用途のあるHPの回復方法はいくつでも知っておきたい。


「まぁ、そう気軽に実験とかもできないけどな」


 そもそも物資も限られ、探索等で実験に使う時間も体力もない。とりあえずは判明している範囲でHPの回復をして行くしかないだろう。


 とりあえず考えても仕方ないことは頭の端に寄せ、意識を周囲に向けるアタル。その周囲をルルが楽しそうに跳ね回っているが、いつものことなのでスルーする。


「えっ? あれは……」


 そんな折、ついに景色に大きな変化が訪れる。


 道の先に、大きな橋が見えるのだ。


「ルル、行くぞ!」


 アタルははやる気持ちが抑えきれず、小走りで橋に向かう。


 その目の前まで来て見ると、目の前には大きな川が流れており、その向こうにも町が見える。


 川は降り続ける雨のせいか多少増水こそしていそうなものの、河川敷までは浸水していない。とはいえ、向こう側にわたるには素直に橋を渡るほうがいいだろう。


「もしかしたら、向こう側に出口があるかもしれない。行ってみるぞ、ルル!」


「雨じゃ~! 雨よ降るのじゃ~!!」


「……えっ?」


 アタルが橋を渡ろうとしたその時、河川敷の方から老人の声が聞こえてきた。


 思わずアタルが声のする方へと振り向くと、そこで短パンにシャツを着ただけのおじいさんが、雨に打たれながらもボロボロのご座に胡坐をかいて天を仰いでいる姿が目に入った。


 老人はひたすらに天に向かって何かを叫んでおり、さすがに気になったアタルはルルと一緒に老人に近づくことにする。


「あの、おじいさん。何してるんですか?」


「雨じゃ! 雨が降るのを待っているのじゃ!」


「……えっと、もうすでに降ってますけど?」


「まだじゃ! まだ足りんのだ!」


 河川敷まで降りてきたアタルたちが老人に声をかけるも、よくわからないことを捲し立てる老人。


 その後もアタルの発言が気に食わなかったのか、怒鳴るように口を開く。


「貴様! 水はいつだって大切だろうが! もし干ばつで水がなくなったらどうする!?」


「……まぁ、大切ですよね」


「そうであろう! 水はあればあるほど良いんじゃ!」


 今はすでに雨が降ってるとか、逆に降りすぎも良くないとか、色々と言いたいことを飲み込んで頷くアタル。過去の経験からこの手の話は反論するとこじれると知っているからだ。


 しかしアタルの発言に気を良くしたのか、老人はうんうんと頷いている。


「だが何故か雨が降らん、何故かわかるか?」


「えっと、今降ってるからですか?」


「違う! この雨はワシが降らせた雨じゃない!」


 うっかり反論してしまったアタルは、老人にすごい剣幕で怒鳴られる。先ほど気を付けていたのにやってしまったと後悔するも、次は気をつけようと切り替える。


「良いか? ここがこんなに汚いから雨を降らせることができないのじゃ!!」


「……は、はい」


 老人の指摘する通り、確かにこの河川敷は川から漂着したゴミが散乱していた。


「じゃから、これを貴様が掃除しろ」


「……えっ、オレがですか?」


「なんじゃ? 文句があるのか?」


「……いや、ないです」


 老人の剣幕に圧されて、ゴミ拾いをすることになったアタル。


 本来ならこのようなことをする義理はないが、なんとなくこの老人から逃げ出してはいけないような気がしたアタルはビジネスバッグの中からゴミ袋を取り出した。


 これはコンビニで見つけて念のため購入しておいたものだ。用途が広く場所を取りづらい、おまけに外装が残っていれば中身を補充できるのは確認済みだ。


「ルル、手伝ってくれるのか?」


 アタルがゴミ袋を広げて中にゴミを入れ始めると、ルルも一緒にゴミ拾いを始めたのだ。


 そんなルルの様子を見て思わずこぼれた言葉に、ルルは楽しそうに頷く。そんなルルのいつも楽しそうな様子にどこか心を救われたアタルは、なるべく早く終わらせようと手を動かすのであった。






「いや、全然終わらねぇよ!」


 あれから1、2時間ほどたっただろうか?


 ゴミを拾っても拾っても川から漂着してきて、イタチごっこになっていた。


 おまけに『濡れ羽鴉』たちが電線の上に止まって、嘲る様な鳴き声でアタルたちを挑発していた。


 地味に『濡れ羽鴉』たちによる精神攻撃もあって、アタルは精神的にかなり来ていた。


「くそっ、どうすれば……」


 何かいい方法はないかと思案するも、いい方法が思い浮かばない。


「おっ、ありがと……」


 そんなときにアタルの持つゴミ袋にゴミを入れられたので、ルルにお礼を言おうと顔を向けると、そこには予想していた相手とは違う存在がいた。


「あれ、君たちは……」


 水でできた子どもマネキンのような容姿に、時代のずれた学生服。子ども用の傘をさしてランドセルを背負ったその姿は、『雨唄音楽隊』の一団だった。


「手伝ってくれるのかい?」


 アタルの問いかけに、楽しそうな笑い声が返ってくる。


 『雨唄音楽隊』たちは手分けしてゴミを拾いながらゴミ袋に集めていく。


 さらに、手伝ってくれるのはそれだけではなかった。


「お前たちも手伝ってくれるのか……」


 アタルの傍にやってきたのは、『濡れ犬』たちだった。


 どれも同じ個体に見えるアタルは気づいてないが、ここに来た『濡れ犬』たちは、すべてアタルが傘をさしてあげていたものたちだった。


 『濡れ犬』たちはゴミを咥えると、器用にゴミ袋にゴミを捨てていく。


「お前たちまで……」


 さらには、『人面瘡蛙』までもが河川敷にやってきて、ゴミを丸のみにし始めたのだった。


「いや、それは大丈夫なのか?」


 もし苦しそうにしてたら『癒しの霧雨』を使ってやろうと思いながら、来てくれた皆やルルに向き直るアタル。


「みんな、ありがとう!」


 大勢の手助けにより、ゴミ拾いはどんどん進んでいき、一時間もしないうちに河川敷の見える範囲は、ゴミ一つない綺麗な状態になった。


 不思議と、綺麗になった河川敷に新しいゴミは流れつかない。それが何故かはわからないが、おそらくはそういうものなのだろうとアタルは無理やり納得する。


「おじいさん、これでよかったのか?」


 アタルは来てくれたみんなに一人? づつお礼を言ってから頭を撫でた後、老人に確認を取る。


 すると老人はカッと目を見開いて、アタルに声をかける。


「まだじゃ! まだ供物が足りん!」


「くっ、供物……?」


「そうじゃ! 供物をもってこんかい!!」


 そういってふんぞり返る老人に困惑しながら、とりあえずビジネスバッグの中を漁ってみるアタル。


 そこで焼きそばパンの外装が出てきたので、試しにHPを消費して『補充』してみる。


「おじいさん、これでいいかい?」


 これが供物として認められればそれでよし、そうでなくても自分で食べればよいという判断だ。


「……これはなんじゃ?」


「焼きそばパンって食べ物だけど、これでも供物になりそうですか?」


「ふむ……」


 老人は考え込むそぶりをしてから、おもむろに焼きそばパンにかじりついた。


 供物ってお前が食うのかよ、と内心でツッコミを入れてしまったアタルだが、次の瞬間にはその思いは消え去ってしまった。


「……そうか、あれからお前たちは、こんなにうまいものを食べられるようになったんじゃのう」


 様々な感情のこもった声が、その場に響く。


 顔を空に向け目を閉じた老人の目じりから液体が流れるも、それが雨か否かはわからなかった。


「後は、お神酒でもあればいいんじゃが……」


 アタルは老人の呟きを聞いて、府と何かを感じて川の方に目を向ける。


 そこには、日本酒のボトルが流れ着いていた。


 なんという偶然、しかしアタルには、それが偶然ではないように思えて仕方なかった。


 それは、老人のことを思った誰かからの、贈り物なのではないかと……


「おじいさん、これ……」


「おぉ、わざわざ用意してくれたのか」


「いや、たぶんだけど誰かからの贈り物ですよ」


「そうかそうか、わざわざありがたい」


 そういって嬉しそうにボロボロのお猪口を二つ取り出した老人は、片方をアタルに差し出した。


「お前さん、酒はいける口か?」


「まぁ、多少は」


「なら、少しだけでも付き合っておくれ」


 老人の寂しそうな表情に何かを感じたアタルは、素直にお猪口を受け取って日本酒を注ぐ。


 酒に雨が入らないように、『霊術:霊傘』を使って老人に傘をさしてやってから。


「こう見えてワシも昔はやんちゃでのう、あの頃は皆に迷惑ばかりかけておった」


「はい」


「しかしそんなワシを、皆が頼ってくれた。そして人の役に立てるということがとても心地よいものだとわかって嬉しかった」


「はい」


「じゃが、時代の流れかのう…… 次第に誰も、ワシに頼らなくなっていった」


「……はい」


「じゃから最後に、あの時のように誰かの役に立ちたかった。あの時のように雨を降らせてやりたかった」


「……はい」


「お前さん、雨は好きか?」


「はい、大好きです」


「そうかそうか、雨が好きか……」


 酒を飲みながら語る老人の声は、優しくて、懐かしむようなものになっていた。


 周囲では『雨音音楽隊』やルル、『人面瘡蛙』や『濡れ犬』たちが楽しげに歌っている。


 そして老人はアタルに優しい視線を送ると、やわらかい笑みを浮かべる。


「なら、良かったら雨を降らせる術を教えてやる」


「ありがたいです」


「それならよかった」


『新たな術を獲得しました』


 老人がアタルの額に人差し指をあてると、アタルの頭の中に声が鳴り響いた。


「ありがとうございます」


 新しく覚えた術が雨を降らせるものであることを理解したアタルは、老人に感謝の言葉を述べる。


 この町で使う機会はないかもしれないが、老人の気遣いが嬉しかった。


「ついでにオマケもしておいた、お前さんは厄介な奴に目をつけられているようじゃからのう……」


「そんな、わざわざありがとうございます」


「気にするな、最後にこんなに良くしてもらったのじゃ」


 そういって老人は、嬉しそうに目を細めながら周囲に目を向ける。


「これほど綺麗にしてもらって、いつ振りかに供物をもらって、こうして酒を酌み交わして、こんな賑やかに見送ってもらえるのじゃ」


「お前さん、名前は?」


「アタルです、雨野中、雨の中と書いて、雨野中」


「そうか、素敵な名前じゃのう」


「よく言われます」


 お互いの笑い声が鳴り響き、楽し気な音楽に混ざっていく。


 やがて二人の笑い声が途切れると、老人は真剣な顔でアタルに顔を向ける。


「それじゃあワシはここらへんでお暇させていただく」


「雨野中よ、お前さんの旅路に、幸のあらんことを」


「おじいさんも、お元気で」


「ふふっ、そう言われると、まだまだ頑張れる気がするわい」


 その言葉を最後に、老人の姿はどこかへ消えてしまった。


 残されたのは、ボロボロのご座と二つのお猪口のみ。


「そうじゃ、その橋だけは絶対にわたってはいけんぞ~」


 本当の最後に鳴り響いた忠告は、空高くから聞こえてきた気がした。


 そこにいるすべてのものが空を見上げて見送る中、アタルはお猪口にお酒を注いで、ご座の上に置いた。


「ありがとうございました」


 ご座に半透明の傘をかけて、アタルたちはその場から離れるのであった。






 『雨野 中』


 HP12/12 MP10/10


 術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』


 状態 『濡れ羽鴉への決闘状』『川の主の寵愛』            


『霊術:雨乞い』


 霊力を消費し、使用者の周囲に雨を降らせる霊術。それは時に、恵みの雨となって大地を癒すだろう。


 慣れてくれば範囲や降水量を変えることもできるが、霊力の消費が大きくなることには留意すべきだ。


 本来であれば攻撃性のない優しい霊術であるが、ことアタルにおいては、むやみにこの霊術を使ってはならないだろう。


 それほど厄介なものに、魅入られているのだから……


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