47話 プリンセス・ドラグドール
晩餐会の会場に指定されたのは、王宮の中でも薔薇庭園と呼ばれる一角に建つサンルームだった。
満天の星空と薔薇に囲まれ、悠然と佇むのは真っ赤なドレスを纏った美しい女性。
顔立ちはシオに瓜二つだが、まだ幼さの残るシオには無い成熟した大人の色香を振り撒く女性はシオ達の姿を認めると、緩やかに口角を上げる。
「来たか、二人共」
「…………お待たせしました、母上」
「こんばんは、陛下」
――女王シエナ。
二人の母であり、猫竜を統べる女王。
政治力に長けており、片田舎の小国に過ぎなかったドラグドール王国を一代で大国に押し上げた歴代最高の女王。
シオとしては苦手な相手だ。
生まれてこの方一度も親子らしい交流をしたことがないし、彼女の鋭い眼差しで射抜かれると、まるで心の奥底まで覗かれているような心地になる。
今日呼び出されたのも、決して家族で仲良く食事をしようなどという理由ではないだろうことは明白だった。
次々と最高級のディナーが運ばれてくるが、緊張のせいで味も分からないまま、気付けばデザートを食べ終わりそうになっていた。
皿が空になるタイミングでシエナは侍従に目配せすると、シオの前に分厚いファイルが積み上げられてゆく。
「……母上、これは?」
「そなたの婿候補だ」
事もなげに落とされた爆弾発言に、シオは口に含んでいた紅茶を噴き出しそうになった。
シアンも驚いたのか、瞳を瞬かせている。
「随分と急ですね」
「そなたの年齢を考えれば早くもなんともないだろう。時間はたっぷりあるから、好きなだけ悩むといい」
「………………はい」
表面上の言葉こそ柔らかいが、遠回しに断ることは許さないと言っているも同然だった。
シオは表情が引きつらないよう堪えるので精一杯で、結局最後まで食事を楽しむことはできなかった。
* * *
寝室に戻った瞬間、シオはドレスのまま天蓋付きの豪華なベッドに倒れ込む。
もし女官長がいればマナーが悪いと烈火の如く怒り出していただろうが、今此処にいるのはシオとシャーロットのみ。
主に甘いシャーロットは苦笑しながら『姫様〜、寝る前にお着替えしましょうね〜』と嗜めるが、シオはそれどころではなかった。
「母上め……無理矢理見合いを組んでくるとは……!」
「ふふ、しょうがないですよ〜、何も言われなかったら姫様は絶対に結婚しませんもの〜。絵姿の美男子にしか興味ありませんし〜」
「や、やかましい!」
シャーロットは頬杖をつきながら、壁一面を埋め尽くすアニメや漫画のポスターに視線を向ける。
「こうして見ると、シオ様の推しって見事に年下かつ黒髪に偏ってますね〜。うんうん、分かりますよ〜。うちの国は金髪とか銀髪ばっかで、黒髪は珍しいですもんね〜?」
「シャーロット! 無駄口を叩く暇があるのなら、さっさと婚約者候補のリストを重要度の高い順に仕分けろ!」
「はぁい、分かりました〜」
シャーロットは口を尖らせながら、シエナから受け取ったファイルの山を机上に広げる。
「う〜ん……血筋の濃さで選ぶのでしたら、第一候補は従兄弟君のレオポルド殿下ですけれど〜……」
「あの弱々しい陽炎のような男に王配が務まるとでも?」
レオポルドはシエナの弟である大公殿下の子息で、大公殿下が臣籍降下した今、シオとシアンに続いて王位継承権第三位だ。
頭は悪くないのだが、いかんせん体も心も弱いので、王配として公務をこなすのは難しいだろう。
シャーロットもそれを理解しているので、すぐに次の候補の資料を手に取る。
「でしたら〜、勇猛果敢で知られるガンドルフ将軍の御子息などは?」
「筋肉ゴリラは生理的に無理だな」
「なら、美男子で有名なリグ公子様はいかがです〜?」
「女遊びが激しい男など論外だ。何の病気を持っているか分かったものではない
「……………………」
国内有数の花婿候補を間髪入れず一蹴し続けるシオに、シャーロットはジト目を向ける。
「……では、シオ様の希望はどのような男性ですか〜?」
「勿論、黒髪の似合う無邪気で愛らしい少年に決まって……い、いや! やはり善良で優しく賢く、必要以上に自己主張をしてこない男だな! 戦闘力はそれほど求めていないが、王配としての仕事を務め上げられる程度には頑丈で、それでいて義実家からの干渉も少ないと尚良い!」
「そんな都合の良い男性がこの世にいますかねぇ……?」
一瞬欲望のままに男の好みを吐露しかけたものの、すぐさま我に返って『理想的な王配』の条件を並べるシオに、シャーロットは色んな意味で首を傾げながらもファイルをパラパラと捲る。
「……あ、姫様が仰った条件に一人だけ該当しそうな方がいます〜」
「誰だ?」
「ラングレー卿です」
「私の親友の恋人ではないか!?」
思いもよらぬ名前に、ベッドに突っ伏していたシオが勢いよく体を起こす。
ラングレー卿と言えば王宮でも一、二を争う美男子な上、騎士団の出世株として注目されている優秀な若手騎士だ。
……そして、彼と交際しているエリーナ嬢はシオの一番の親友である。
「奴とエリーナの関係を母上が知らぬはずがないだろうに……! 何故奴の名前がそこにある!?」
「容姿・身分・能力・人柄全てにおいて申し分ない優良物件ですからね〜。現在エリーナ嬢と交際していますが、正式に婚約を結んだわけではないですし〜……」
「友人の男を寝取る趣味はない! そんなものは炎にでも焚べてしまえ!」
「は〜い」
シャーロットは渋々といった様子でラングレー卿の資料を暖炉に投げ込む。
「でも〜、ラングレー卿でも駄目なら一体誰と婚約されるつもりですか〜?」
「…………また今度考える。母上もすぐに決めなくてもいいと仰っていたしな」
「それ絶対忘れるフラグじゃないですか〜」
シャーロットの小言を無視して、シオはベッドに潜り込む。
母との晩餐会でずっと気を張っていたのに加えて、婿選びという試練のせいで酷く気疲れしていた彼女は、すぐに深い眠りに落ちていった。
* * *
目を覚ました時、辺りは暗闇に包まれていた。
ベッドを抜け出し、カーテンを開くと、四角く切り取られた月光が微かに射し込む。
どのくらい眠ってしまっていたのだろうか。
晩餐会の後、ドレスのままベッドに入ったのは覚えているが、目覚めると何故か服装がネグリジェに変わっていた。
恐らく、寝ている間にシャーロットあたりが着替えさせてくれたのだろう。
やたらとフリフリしたデザインなのは気に食わないが、着替えさせてもらった以上贅沢は言えない。
喉の渇きを覚えたので、月明かりを頼りにサイドテーブルまで歩き、水差しの取っ手を掴むが、手に伝わる重さがやけに軽い。
「……空じゃないか」
眉をひそめつつ、ベッドまで戻って呼び鈴を鳴らすが、いつもはすぐに聴こえてくるメイド達の足音がいつまで経っても聴こえてこない。
例え夜中だろうと宿直のメイドが待機しているはずだが、うっかり寝落ちでもしてしまっているのか。
ネグリジェの上に毛皮のコートを羽織り、部屋を出る。
次の違和感はすぐに訪れた。
普段なら部屋の前にいるはずの護衛騎士の姿がない。
それに、城全体が不自然なほどに静まり返っている。
人の話し声や足音はおろか、気配すら感じられないなんてことがあり得るのだろうか。
異常事態を察知したシオは、身体強化と防御の魔術を己にかけて、足早に一階へと降りた。
王女宮を出て、裸足のまま向かった先は歴代女王の居住区域である女王宮だ。
母の寝室がある最上階にはすぐ辿り着いた。
此処に来るまでただの一度も巡回中の衛兵どころか侍従とすらすれ違わなかった事実に一抹の不安を覚えながらも、シオは扉をノックする。
「母上、シオです。入ってもよろしいですか?」
母の返事を待つが、いつまで経っても反応がない。
痺れを切らしたシオは、扉を僅かに開き、その隙間から室内の様子を窺った。
「な…………ッ!? 母上!」
倒れた椅子と、床に蹲るシエナの姿を視界に捉えたシオは一目散に母の元へと駆け寄った。
「母上! 目を開けてください! 母上!」
抱き起こして肩を揺すると、シエナがゆっくりと瞼を開く。
シオと同じ紫色の瞳は焦点が定まっておらず、口の周りには口紅よりも赤い液体がべっとりとこびりついていた。
「コホッ……シオ、か……?」
「そうです、シオです! 一体何があったのですか!?」
「……毒、だ……ワインかグラスのどちらかに、毒を仕込まれていたらしい……」
「そんな……!」
母に言われてようやく、テーブルクロスの上に広がる赤い海と、割れたグラスの破片に気がつく。
しかし、妙だ。
王族の口に入るものは全て毒見がされているはずなのに。
何らかの手段で毒見役を誤魔化したのか、それとも買収したのか……ここで考えていても仕方がない。
「すぐに医者を呼んできます。此処で待っていてください」
立ち上がるシオの足を、シエナが掴む。
瀕死の状態だというのに、その手の力はやけに強かった。
「……よい、もう間に合わぬ。そなたは早く此処から逃げよ」
「何を仰るのですか!? すぐに解毒しなければ……!」
「よいと言っているのだ! 自分の体のことは自分が一番分かっておる!」
「ッ……!」
「いいか、よく聞くのだ、シオ」
シエナに凄まれ、シオがたじろぐ。
手負いの獣さながらに、瞳だけは爛々と輝かせ、シエナはゆっくりと、一言一言を喉から絞り出すように言葉を続ける。
「生き延びよ。何があっても、その身に流れる血を絶やしてはならぬ――……ゴホッ、ゲホッ!」
「母上!」
それだけ言うと、シエナは激しく咳き込み、やがてその体から力が抜けてゆく。
何度呼びかけても、揺すっても、もう二度とシエナが応えることはなかった。
「母上、母上……ッ! くそ、どうしてこんなことになっている……!? 何が起きている!? 皆はどこに行ったんだ!?」
眠りにつく前までは、いつも通りの日常が続いていたはずだった。
じいやと剣の稽古をして、女官長に叱られて、シャーロットと軽口を叩き合って……何も変わった出来事などなかったはずなのに。
一体、自分が眠っている間に何が起こったというのか。
物言わぬ母を抱えながら呆然と座り込んでいると、首筋に金属特有のひんやりとした感触を感じる。
「――シオ王女殿下。女王陛下毒殺の容疑であなたを連行します」
振り向くと、今まで何処に隠れていたのか、衛兵達がずらりとシオを取り囲んでいた。
「毒殺……? 私が母上を殺したとでも言うのか!?」
「お話は事情聴取の際に窺います。ご同行を」
――嵌められた。
シオの視界が真っ赤に染まる。
此処に来るまでの間、異様に人気がなかったのも、今自分に刃を向けている衛兵達も、全て母に毒を盛った真犯人の差し金だろう。
今すぐこの無礼者達の首を掻き切ってやりたかったが、暴れても自分の立場が不利になるだけだと悟ったシオは、両手を挙げた。
必ず容疑を晴らし、真犯人を突き止めると誓いながら。




