41話 覚醒フラストレーション
僕の都、という表現に引っかかりを覚えていると、背後から鬼灯とバーンの会話が漏れ聴こえてくる。
『もしかして、コイツが龍神市の名前の由来になった【龍神様】なのか?』
「その通り。今から三百年ほど昔、雅楽海の開祖と契約を結んでこの地を守護したとされる赤竜の像さ。ちなみに、赤竜の遺骸を弔った地下墓地の上に村を作ったのが龍神市の始まりだとされているんだよ」
『え、じゃあここってお墓の上なのか!?』
「伝説上はそうだね。尤も、十八世紀の日本にこんな西洋風のドラゴンが存在しただなんてとんだ眉唾だけれど。僕の推測では……」
どうやら彼らにはエストレラの声が聴こえていないらしく、賑やかに龍神市の雑学講座を始めている。
「……龍神様……なるほど。だから『僕の都』なんだね……あれ?」
ひとつの疑問に納得した矢先、また別の疑問が浮かんできて月成は眉を寄せる。
龍神伝説の最後は赤竜の死で締め括られているし、彼の墓も存在する。
にも関わらず、エストレラは生きていて、東京を丸々亡都に変えかける程度には元気だし、封印されているはずの今も堂々と月成の前に姿を見せている。
……おかしい部分しかない。
『それは伝説の龍神と邪竜のイメージが重ならない、という意味かな?』
「うん。まぁ、十一年前に封印されたきみが自由に動き回ってる時点でもうおかしいんだけど」
『自由というのは少し違うな。封印は最低でもあと八十年は保つはずだし、今の僕は君に知識を授けることしかできない』
「ふぅん…………」
月成には好き勝手過ごしているように見えるが、一応何らかの行動制限は課されているらしい。
新月の夜を指定して月成の夢に入り込んでくるのも、その日にしか会いに来れないからなのだろうか。
「もうひとつ気になったんだけど、龍神様と邪竜カタストロフが同一存在なことは世間に認知されてない感じ?」
『そうだね。龍神は善のドラゴンの象徴、邪竜カタストロフは悪のドラゴンの象徴として扱われているけれど、どちらも僕の持つ側面であることに変わりはない。……あと、人前でこの話はしない方がいいよ。特に龍神市では』
「むぅ、そのくらい俺でもわかるよ。自分達が信仰する神様が実は邪神だったなんて言われたら誰だって怒るもの」
『僕の信者は過激な子が多いからね。弓弦君に至っては心酔してるし』
「そうなんだ……」
間違っても口には出さないようにしようと固く決意しつつ背後を窺うと、鬼灯達はまだ龍神伝説の四方山話に花を咲かせていて、月成には見向きもしていない。
エストレラに何か訊くなら今の内だろう。
「……きみに訊きたいことはたくさんあるけど、どうせ核心に迫る質問ははぐらかされるのがオチだから、今必要なことだけことだけ訊くよ」
『あはは、月成君も段々僕の扱いが分かってきたみたいだね? 一体何を――……』
「固有異能の使い方を教えて」
エストレラの声に被せるように言えば、案の定渋い表情をされる。
『……固有異能は個人によって異なるから、他人に教わるようなものではないよ』
「知ってるよ、でもクラス毎にある程度系統が決まってるんでしょ? ブレイヴだったら近接攻撃系、シューターだったら遠隔攻撃系みたいに。同じルーラーのきみなら、俺がどういう異能を使えるのかもわかるはずだよね?」
固有異能とは、アーキソードに備わった特殊な異能であり、創造主の象徴とも言える唯一無二の力。
そもそもアーキソードは剣の形こそしているが、本来の機能は剣というよりは創造主の異能を扱う為の媒介であり、魔法使いで言う所の杖に該当するアイテムだ。
そこそこ頑丈なので月成は近接武器として扱ってはいるが、本来の用途とかけ離れているのは言うまでもない。
そして月成は未だに自分の固有異能が扱えずにいる。
空を飛んだり、硬いものを裂いたりするのは固有異能ではなく、創造主なら誰でもできる基本機能に過ぎないらしい。
そもそもルーラーの固有異能を知る人がそれほどいないので、こればかりは鬼灯でも指南ができなかった。
しかし、同じくルーラーだったエストレラならば何か分かるだろうと微かな希望を抱いていたのだが、彼は困ったような唸り声を上げるだけだった。
『……正直な話、ルーラーに関しては頭数が少ないから僕もよく分かってないんだよね』
「……本当に?」
『本当だよ。ちなみに僕の固有異能は事象の巻き戻しだった。何かに失敗した時、直前まで時を戻してやり直すことができたんだ』
「ルーラーの固有異能は時間操作系……ってこと?」
エストレラは否定するように緩く首を振る。
『時間というよりは因果の干渉というか……月成君はTRPGとかやったことある? ダイスを一回だけ振り直せるみたいな、そんな感じだよ。振り直すことができてもダイスの出目が操作できるわけではないし、ぶっちゃけハズレ異能だと僕は思ってる』
「……ハズレ……」
因果に干渉する、という言葉だけを聞けば強力な異能に思えるのだが、本人にとってはそうでもないらしい。
『そもそも固有異能っていうのは、アーキソードを発現させた時点で一番強く想っていた願いに関係する力が多いんだ。君はムーンデーヴァを抜いた時、何を考えていたんだい?』
「俺は……」
月成は瞳を伏せ、紫色の丘で月に手を伸ばした瞬間に想いを馳せる。
焦がれていた少女が目の前に現れ、その完璧な美しさにただ圧倒されていると、彼女の唇が動いた。
――あの時、彼女はなんて言っていたのだったか?
なんとなくこの時言われた言葉が重要そうな気はするが、肝心の内容は思考に霞がかかったかのように曖昧で、思い出せない。
「……よく分からない。あの時は仔猫ちゃんを……彼女を助けたい一心で、とにかく必死だったから」
『なら補助とか防御……いや、君は案外苛烈な面があるから攻撃系の可能性も捨て切れないか』
「俺をなんだと思ってるの……」
月成が頬を膨らませて拗ねていると、背中に重みがのしかかってくる。
『たーいしょー、そろそろ帰ろーぜ。俺もう眠くなってきた』
「……あ、うん。分かった」
幼児が駄々をこねるように抱きついてくるバーンを振り解き、視線だけでエストレラに別れを告げると、すでに彼は目蓋を閉じて物言わぬ彫像に戻っていた。
逃げ足が速い。
月成も怪しまれないよう、すぐに視線を正面に戻し、出口に向かう。
車に乗ってホテルまで戻る道中、鬼灯から聞いたらしい雑学知識を得意気に語るバーンに適当な相槌を打ちながらも、月成の意識は再びアーキソードを手にした瞬間に向けられていた。
(あの時、彼女は何を言ったんだろう)
エストレラのように外から夢の世界に干渉してくる能力を持つ存在もいる以上、ただの夢と割り切るのは浅慮な気がする。
しかし、白猫に聞いた所で答えが返ってくるわけでもない。
以前、夢の中で会ったと伝えたことがあるが、その時は『何言ってんだコイツ』と言わんばかりの冷たい目を向けられて心が折れそうになった。
そのことからしても、あの夢で度々会っていた彼女は月成が生み出した幻想に過ぎないのだろうが、そうなると新たな疑問が生まれる。
(あの時点の俺は白猫ちゃんの存在を知らなかった。なのにどうして、彼女が夢に出てきたんだろう?)
夢とは脳が記憶を整理する過程で見る幻覚のようなもの。
つまり、夢とは自分が現実世界で見聞きした記憶や妄想を元に作られるものであり、全く知り得ない情報が出てくることはない。
あの時点では赤の他人だったにも関わらず、どうして繰り返し彼女の姿を夢に見たのか。
(……こればかりはいくら考えても分からない、か)
とりあえず、明日にでも鬼灯に相談しようと考えながら欠伸を噛み殺す。
すっかりはしゃぎ疲れてうつらうつらと船を漕ぐバーンを引き寄せると、互いに寄りかかるようにして月成も目蓋を下ろした。
疲れているのは月成も同じ。
今日すぐにでも解決しなければいけない問題でもないし、睡魔に侵されて鈍い頭であれこれ考えるよりも、後日に回した方が効率が良い。
そう結論付けた月成は、深い微睡みに沈んでゆくのだった。




