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幻想異聞録ムーンデーヴァ  作者: 天槻悠奈
三章 幻想流転のフェスティバル
45/71

40話 破壊と災厄と覚醒と

 序盤に一悶着あったものの、その後は特にトラブルもなく、穏やかな時間が過ぎていった。

 雅楽海弓弦から時折物言いたげな視線を投げかけられているのには気が付いたが、関わりたくなかったので全力で無視を決め込んだ。

 そして月成が最も心配していたローブだが、撥水魔術加工が施されていたようで、シミひとつ残らなかった。

 利桜に指摘されて初めてその事実を知った月成は、頬を膨らませた。


「……そんな便利な魔術があるならそうと教えてくれればよかったのに……」

『鬼灯のヤロウ、マジで説明不足だな……』

「なんや? 知らんかったんか?」

「むぅ……」


 知らずに焦ってしまったのが恥ずかしいやら、精神的に疲れたやらで脱力した月成は、何も考えずパーティーの美食にありつくことにした。

 やけ食いとも言う。

 小柄な容姿からは想像もつかない食べっぷりに利桜とバーンが揃って生暖かい視線を向けていたのには気付かないフリをした。

 ようやく鬼灯が戻ってきたのは、宴も佳境を過ぎた頃。

 アラクネとは途中で別れたようで、一人で歩く彼にここぞとばかりに女性達がまとわりついていたが、鬼灯は器用にかわしながら月成達のテーブルにやってくる。


「月成君、バーン君、そろそろ帰るよ」

『おうよ』

「途中で帰っていいんですか?」

「ああ。ここからは大人の時間だからね」


 周りに視線を巡らせれば、いつの間にか白いローブに身を包んだ子供達は姿を消し、大人達が酒盛りを始めている。

 確かに、自分達がいるには場違いな雰囲気だ。

 月成達が立ち上がるのを見届けると、鬼灯は利桜へ向き直る。


「折部君……だったかな。君も途中まで送って行こうか?」

「いえ、俺は弓弦ん()に泊まるんで気にせんといてください」

「……そういえば折部家と雅楽海家は親交が深いんだったね。じゃあ僕達はこれで失礼するよ」

「ええ、また今度」

「リオ、またね」


 軽い調子でひらひらと手を振るリオを残して会場を辞すと、去り際に鬼灯がぽつりとこぼした。


「……ああ、なるほど。確かにそういう読み方もできるか」

「はい?」

「いや、何でもないよ。それより今日はどうだった? 楽しめたかい?」

「マリトッツォが美味しかったです」

『んー、悪くはなかったけど、個人的にはマヨネーズ料理が足りなかったな』

「………………パーティーの感想が食べ物って……君達らしいけれど……」


 苦笑混じりに頭を撫でられ、そういえばと月成は自分でも忘れかけていた疑問を口にする。


「鬼灯さんとアラクネちゃんってどういう関係なんですか? さっきは随分仲が良いように見えましたけど」

「え? ああ、仲が良いというか……古い友人ではあるかな。どちらかというと悪友と表現した方が正しいけれど」

「悪友?」

「そう。僕も昔はヤンチャだった時代があったからね」


 昔というか現在進行形なのでは、と指摘したいのを堪えて、前のめりに質問を続ける。


「ところで、さっきは二人で何を話してたんです?」

「……う……やっぱり忘れてなかったか……」

「露骨にアラクネちゃんの話遮ってたじゃないですか。そんなに俺に聞かせたくない内容なんですか?」

「いや、そういうわけじゃないのだけれど。ただ、君がどこまで知ってるかによってこちらから開示できる情報も変わるというか……」

「俺が鳴海家の子供じゃないことくらいは知ってますよ」


 世間話くらいの気軽さで投下された爆弾発言に、ひゅっ、と鬼灯の喉が掠れた呼吸音を鳴らす。

 歩みを止めた鬼灯の表情は驚愕に彩られていて、バーンも中途半端に口を開けた格好のまま、硬直している。

 分厚いヴェールに覆われて表情は窺えなかったが、人形のように姿勢良く佇む姿が妙に様になっていた。


『は? どういう……』

「文字通りの意味だよ。養母(母さん)の妹に当たる人が俺の本当の母親なんだって」

「……し、知って、たんだね……」

「たまたま養子縁組の書類を見つけちゃったんですよ。というか、嫌でも気付くでしょう。家族の中で俺だけ誰とも似てないんですから」

「…………そっ、か……」

「あ、気を遣わなくて結構です。両親と血の繋がりがないことはそれほど気に留めていませんから」


 藍玉アクアマリンの瞳に労りの色が浮かぶが、月成はバッサリと一蹴する。

 確かにこの事実を知った時はショックでしばらく寝込んだが、最終的には顔も知らない両親よりも、ここまで育ててくれた鳴海家の人達の方が大事だという結論に落ち着いた。

 実の両親がどんな人なのかは興味があるが、彼らの元に戻りたいとは思っていない。


「そんなことより、雅楽海さんは俺とどういう関係なんです? 年齢的に父親というわけでもなさそうですけど」

「そ、そんなことより……?」

『……前から思ってたけど大将ってメンタル強いのか弱いのかよくわかんねーよな」

「奇遇だね、僕も同じ意見だよ」


 二人揃って遠い目で虚空を見つめる鬼灯達に、月成は早く話せとばかりに鋭い眼光を送る。

 無言の圧力をしっかりと受け取った鬼灯は、観念したように語り始めた。


「弓弦君は君の母親……胡桃の婚約者だったんだよ。婚約自体は胡桃が嫌がって破談になったけど、その後も諦め悪く付きまとっていたらしくてね。胡桃と仲が良い僕にも散々突っかかってきたものだよ。ただの友人だと何度も説明したにも関わらず、ね」

「それは……なんかすみませ……」


 鬼灯の声色に昏い怒りが混ざっているのに気が付き、反射的に頭を下げようとする月成を、鬼灯は片手で制する。


「君が謝ることじゃないだろう。非が有るのは後先考えず勢いだけで行動した挙句周囲を巻き込み被害を拡大する暴走猪の胡桃と、ロクに事実確認もせず僕だけを責めた弓弦君だ」

『……ん? 今なんか一人だけおかしくなかったか? イノシシ……?』

「これでも月成君の手前、控えめに表現したつもりだよ」

『お、おう』


 鬼灯は話を打ち切るように、再び歩き始めた。

 あの鬼灯に暴走猪とまで言われる自分の母は一体何者なのか気になるが、これ以上話を聞ける雰囲気でもなかったので、慌てて鬼灯の後を追いかける。

 彼の背中がやたらと小さく見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

 微妙に気まずい空気のまま、龍神祭初日の夜は更けてゆく。


「………………ん?」


 煌びやかなパーティー会場を抜け、駐車場に向かっていると、ふとチャペルのような建物が視界を横切る。

 外壁と屋根は光の当たり方によっては純白にも見紛う象牙(アイボリー)色で、窓枠にはステンドグラスがはめ込まれている。

 色とりどりのグラスで描かれた鮮やかな黄昏と、黄金の三日月。

 初めて見るはずのそれが、どこか既視感を帯びていると気付いた月成は、自然に足を止めていた。


『あれは龍神様の礼拝堂だとよ。普段は関係者以外立ち入り禁止だけど、祭りの間だけ一般開放されてるらしいぜ』


 月成が礼拝堂に興味を持っていると思ったのか、バーンが観光案内のパンフレット片手に解説してくれるが、その声も右耳から左耳に通り抜けるばかりで、言葉として頭に入ってこない。


「そんなに気になるなら行ってみるかい?」

「いいんですか?」

「勿論だとも」


 鬼灯に手を引かれて、礼拝堂に踏み入る。

 外からは二階建てに見えたが、実際には二階部分は殆ど吹き抜けになっていて、クリスタルの天窓から注ぐ月光と、壁に取り付けられたランプの微かな灯りだけが屋内を照らしている。


「きれい……」

『すっげー……』


 神秘的な光景に見惚れていると、隣でバーンも感嘆の溜息を漏らす気配がした。

 鬼灯だけはノーリアクションだったが、先程の口ぶりからしてすでに何度も訪れたことがあるのかもしれない。

 入口から祭壇までの道は赤いカーペットが敷かれていて、両脇には祈祷用だろうベンチが並んでいる。

 月成は一直線に祭壇を目指すと、竜を象った石膏像を見上げる。

 流石に実物大を礼拝堂に飾るのは無理があったのか、記憶の中の姿よりも半分程度にスケールダウンしているが、独特なツノの形や、シルエットが完全に一致している。


「…………やっぱり」


 ――ずっと昔。

 思い出すのもやっとなくらい、遠い、遠い夜。

 その日は、数十年に一度訪れる流星群の夜だった。

 弟の発案で、両親が眠りについた後、こっそりと家を抜け出した二人は、とても立派な赤い鱗に全身を覆われた生き物と出会った。

 絵本に出てくるドラゴンの姿をした彼は、自らを神だと名乗った。

 赤い神様に魔術を教えてもらって、一頻り遊んだ後、気付けばベッドの上で朝を迎えていて。

 あの夢のような一夜は夢だったのかと何度も疑いそうになったが、教えてもらった魔術は目覚めた後も使えたし、貰った魔煌石エーテルクリスタルも手元にあった。

 月成は徐にポケットに手を入れると、お守り代わりに持ち続けていた赤い石を取り出す。


「きみは、ずっとここにいたんだね」


 月成が呟くと、固く閉ざされていた石膏像の目蓋が開く。


『なんだ、今気付いたの?』


 脳内に直接響くのは、ここ数週間ですっかり聴き慣れた少年の声。

 わずか一夜にして都市をひとつ滅ぼしかけた史上最悪の災厄は、ドラゴンの姿のまま飄々とした笑みを湛える。


『随分と待ちくたびれたけれど、歓迎するよ。――ようこそ、僕の都へ』

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