指定された雑居ビル
繁華街の一角にある薄汚れた灰色の雑居ビルは、周囲のネオンサインに照らされて原色に写し出されていた。
ここは、西御門さんに指定されたビルだ。
五階建てのビルの一階部分は飲食店。カテゴリー分けをするならば、おそらくスナックと分類されるであろう場末の雰囲気が漂う店だ。
緑色の幌でできた看板の下にある入り口の脇に、ビール瓶の入った黄色いケースが積み上げられているのが見える。
ドアの中からはエコーが過剰にかかったカラオケの歌声と、嬌声にも似た笑い声が聞こえてくる。
将来的にも僕はおそらく利用する事がない店だなと思いながら前を通り過ぎる。
その脇に目立たない階段があり、二階にはサラリーマン金融と書かれた店の看板が掛かっている。
階段に近づくと脇にポストがあり、四階、五階は個人名が入っている。おそらくどちらかがビルのオーナーの住居なのだろう。
それと、三階と表示されているポストには郵便物が入れられない様に白紙の紙が上から貼られている。
一見入居者がいない様にも見えるのだが、そこが西御門さんから指定された部屋だ。
「茜はあとからついて来てくれるかな? 僕が先に部屋に入るから」
最悪の事態を想定して、僕が先に階段を上がる。
寿命が来ているのに交換されていない数秒毎に点滅する蛍光灯に照らされた、薄汚れた階段を一段ずつ踏みしめる。
二階のドアの中から、誰かを怯えさせている様な、男の怒鳴り声が聞こえてくる。その後に何かを叩く様な音。ここは、そういうビルなのだろう。
これから会う相手は一度会っただけの犯罪スレスレの行為を常態としている人間だ。
気を引き締めて掛からなくてはならないと思った。
向かいのビルの、赤く点滅するネオンが白く塗装された金属製のドアに反射している。
会社名等の表示は無く、ドアの中央に「西御門」と記されたテープが一枚貼りつけられているだけの一見では何をしている事務所なんだか、いや、事務所かどうかも分からない入り口。
僕は十二所店長の言葉を思い出し、茜を連れて来た事を後悔する。
−−『彼には君のお友達は高く売れる商品にしか見えないだろうし、それを手に入れるためなら君をどんな目に遭わすことも厭わないだろう』
茜は、大丈夫だろうか。
「ねぇ、茜。これから西御門さんを呼び出すけれど、危ない事があったらすかさず逃げて欲しいんだ。僕の事は気にせずに。いいかな?」
振り向き様に、僕は僕の肩と同じ高さにある、ショートカットの頭に話しかける。
「自分くらい守る事はできるけど、まぁ一応そうさせてもらうわ」
ショートカットは僕に向けて顔を上げ、笑みを作りながら首を傾げる。
それでいい。
僕は、一瞬ためらって、けれども他に方法は無いと思い、インターホンのボタンを押した。




