待ち合わせ
駅前広場の正面にある、最近できたカフェのテラス席が茜の指定した待ち合わせ場所だった。
深い緑色をしたパラソルの下で、僕はアイスコーヒーを飲みながら茜を待っている。ちょうど大きな木の木陰でもあるため、頬を撫でる風は、ほんのりと涼しい。
頭上からは、蝉の声が聞こえる。
肩を叩かれた気がしたので、僕は振り返る。頬に何かが当たったので視線を向けると、肌色の何かがあった。
「翔太、ひっかかった」
僕の後ろには笑顔の茜がいた。頬に当たっていた障害物は、茜の指だった。
子供かよ。
「顔が近すぎるって。あと、待ち合わせは九時ちょうどじゃなかったっけ? 遅刻だから、ここは茜のおごり……」
振り返ると、いつもの制服姿とはちょっと違った、着飾った女子高生がいた。
「あれ? いつもの制服じゃないんだけど、何かあったの?」
「うるさいわね。今日はちょっと気分が違っただけよ。あんたに私服を見せようとか、そういうんじゃないんだから」
夏らしいピンクのワンピースに白い靴。澄みきった夏の青空をバックにした、機嫌の悪そうな表情の茜は、それでもなんとなく眩しく感じられた。
「そうなんだ。茜ってそういうのも似合うんだな」
茜の表情が変わる。
「いいもの飲んでるじゃない?」
茜は僕の飲んでいたアイスコーヒーをやにわに手に取り、ストローに口をつける。
「ちょっと、それ、僕が飲んでいた……」
「意外とケチね。いいじゃない」
「ケチとかそういうのじゃなくって」
「私のおごりなんでしょ。ちょっとくらいいいじゃない。さ、行くわよ」
「え? もう?」
「そうじゃなくても遅れているんだから。出発よ。美咲の彼の家に案内するから」
「あ、うん」
茜は僕の手を掴むと、自分に引き寄せた。僕はつられて立ち上がる。茜の、手の温もりが伝わる。
「それじゃ、行こうか。案内してくれ」
「美咲の彼の家までね。ね、翔太。でも、次はこういうのじゃなくって普通の……」
「え?」
「ん……なんでもない。私だけっていうわけにはいかないからね。二人の事も裏切れないし」
茜は、遠くを見つめていた。
僕は、その言葉の意味を、理解しないまま頷いた。