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ロープの事実

 今はもう見慣れてしまった綾乃さんの家。玄関で靴を脱ぐと、その廊下に当然の様に上がり込む。数日前までは、ここに上がるのも緊張していた自分を思い出す。

 女の子の友達なんて、いや、同性の友達すらもいなかった僕には、こんな状況は想像すらできなかった事だ。


「綾乃、里奈、ついでに翔太、早くはやく」


 奥から茜の急かす声が聞こえる。って、僕はついでらしい。

 リビングにつくと、茜がグラスに麦茶を注いでいた。


「翔太、今日は私が麦茶をついであげるんだからね。感謝しなさいよ」


 麦茶を笑顔で僕に差し出す茜がいた。他人の家の冷蔵庫を勝手に開けて注いだ麦茶なんだけれど。


「さあ、みんな、席に着きましょう」



 僕の隣には茜、目の前に里奈、斜め前に綾乃さん。綾乃さんの家のダイニングではこれが定位置になりつつある。清潔そうな白いテーブルを覗き込むと、僕の顔が映り込んでいる。


「ここ数日でいろいろあったけれど、おつかれさま。美咲の事ではみんなの協力を得ながら、一応は発見できた事を感謝します。で、犯人なんだけれど、それぞれ検討はついているのか、または犯人自体がいないのか、今、分かっている事を纏めたいと思うの。みんな、それぞれ発言してね。まずは翔太からいいかな?」


 突然の指名に少し慌てながら、僕は知っている事を発言する。


「僕だけが知っている情報は、店長と出入り禁止の常連の事と、そこで聞いた事だけなので、そこだけ。関係ない情報かも知れないけれど、『nest of moth』の店長の名前は十二所さん、出入り禁止の常連は西御門さん。で、今朝の話で分かった事は、出入り禁止の常連、西御門さんは、美咲さんの件とは無関係だろうという事。理由は、西御門さんは美咲さんが行方不明になっていた事を知らなかったから」


 既に友達になっているとはいえ、三人の女子高生の視線が集まると少し話しにくい。僕は一度窓の外に視線を移して、少し落ち着くのを待つ。


「西御門さんは、『nest of moth』のもう一人のアルバイトについては自分が関与して他の店で働かせているのを認めているし、話の流れから嘘をついているとも思えなかった。反応もわざとらしいところは見えなかったから演技ではないと思う。美咲さんの彼は、あ……彼と思われる人は、城廻さん。話には名字しか出て来なかったので、名前はわからないけれど。彼は理系の知識が豊富で、特に脳に電磁波を流して違法な薬物と拮抗した作用をさせる機械をつくっていたらしい。その装置を店長さんと、常連さんに売っていたみたい。少し怪しい行動が目につくけれど、美咲さんの発見された状況から考えると、誰かが身体を持ち上げている間に手を木に縛らないとああいう吊るし方はできないと思うんだ。一人じゃできない事だし、美咲さんの格好をみても、自分の彼女の裸をだれかに見られるのは男として抵抗があるとおもうんだよね。誰かに共犯を頼んだとも思えないし、それ以前に裸にした意味がわからない。僕の考えでは彼の仕業じゃないと思う」


「結局犯人はわからないって事ね」


「小柄な女の子とはいえ、木に吊るすっていうことは少なくとも二人の協力がないとできない事だと思って、組織的に動けそうな人、例えば西御門さん、名前を言ってもまだみんなピンとこないかな? 例の出入り禁止の常連を疑っていたんだけれど、今では彼が犯人とは思えないんだ。あまり良くない世界とのつながりはありそうなんだけれど、意味もなく犯罪を犯す人とは思えない」


「で、私と里奈の見解なんだけれど、翔太とはちょっと違っているのよね」


 茜がテーブルに肘をつき、僕の方に乗り出す。テーブルの奥で里奈が頷く。


「美咲と木の枝を括り付けていたロープを解いたのは里奈なんだけど、里奈はどう思う?」


 茜は里奈に意見を促す。


「私はあの方法なら一人でも美咲を吊るす事は可能だと思う。あのロープは美咲を固定してはいたんだけれど、結ばれてはいなかったんだ。ロープの先に重りが付けられていて、木の枝に絡まっていただけだから、身体を抱えながら枝をめがけて重りのついた方のロープの端を投げれば、ひとりでも美咲をあの状態に吊るす事はできないことじゃない。確かに自分の彼女を裸で吊るすのは正常な男の判断とは思えないがな。そこは翔太と同じ意見だ」


「そう。私も里奈と同じで一人でも出来る事だと思った。で、警察でもそこは何度も確認されたところなの。それにね、美咲のお母さん、あ、これは本当のお母さんね、美咲がいたのと同じ場所で、同じように全裸で発見されたんだけど、吊るし方も全く同じだったらしいの」

「ロープは結びつけられていたわけじゃなくって、絡まっていただけってやつ?」

「うん。そして犯人は一人」

「一人で可能なわけか。でも、お母さんの時の犯人は死んでいるんだよね。同じ犯人とも思えない」

「そう。それも獄中でね。と、いうことは間違いはありえないって事よ。それと不思議な事がもうひとつ、ロープは結びつけられているわけじゃないっていうのは発表されていない事実らしいの。警察によると」

「発表されていないって、どうしてそんな事を茜がを知ってるの?」

「私を取り調べた警察官が、うっかり漏らしちゃったのよ。たぶん間違いないから」

「手口が全く一緒で、その手口は公開されていない。で、犯人は死んでいる。死んだ犯人は実は美咲のお母さんを殺害していなくて、別に野放しになっている本当の犯人がいるのか、警察の関係者で手口を知っている人が犯人か、そのほかに手口を知り得た立場の人がいるか、または全くの偶然か。死人が生き返る事がない限り、そのうちのどれかという事になるわね」

「綾乃の言うとおりだな。まぁ、けれども、私は、警察の関係者は除外した方がいいと思うのだ。今、綾乃が考えていた事は警察も考えることだから、犯人が警察関係者なら、あえて手口を真似るメリットが思いつかない」


「僕も今、里奈とおなじ事を考えていたところだ。美咲さんのお母さんの件で、真犯人が別にいたとしても今は何も手がかりがないし、あと、話が聞く意味があるのは美咲さんの彼、だな。住まいがわかればいいんだけれど」

「翔太、まだこの件に関わるつもりか? 美咲のお母さんの事件の真犯人が別にいる可能性があるっていう事が私にとってどういうことか分かっているのか? 話しただろう? 私がその件で小さい頃に恐ろしい目に遭った事を。真犯人が別にいるのであれば、私は暗くなってから出歩くことすら恐怖なのだ」

「私も里奈と一緒。あのころは怯えながら集団下校していたから。小さい頃の怖かった記憶って、なかなか抜けないからね。真犯人が生きている可能性があると思っただけで、関わりたくない」


 綾乃さんは懇願するような目で僕を見つめる。


「茜は?」

「さっき、美咲の彼の名字は城廻だって言ってたけれど、間違いない?」

「うん。珍しい名字だから、間違いないと思う。何で?」

「私ね、他の地域から今の高校に編入してきたんだけれど、小学校の頃はこの辺に住んでいたのね。その頃のクラスメートにそんな名前の男子がいたような気がするの。年もおなじだし、変わった名字だから、同じ学年に他にいたとも思えないし」


 話し振りで、僕と茜が小学校時代にクラスメートだった事は、まだ二人には内緒らしい事を理解する。

 けれども……確かに城廻という名字の同級生はいたけれど、僕でさえ咄嗟におもいつかない程、おとなしい性格だったはずだ。


「よく……覚えているね」


 それに、たしか茜は僕以外のクラスメートとほとんど話をしていなかったはずなんだが。


「転校した後に手紙をもらったからね」

「え? 仲、良かったの?」

「まさか、一方的な片思いよ。しかも向こうの。全く、迷惑な話でしょ? でもね、手紙に住所が書いてあったと思うの」

「え、手紙、とってあるのかよ。茜、本当は嬉し……」

「なによ、情けない顔しないで。捨ててなかっただけよ。男のくせに細かいわね。いいじゃない」

「まぁ、いいけれど……」

「なによ、まだそんな顔をして。明日は私とそこに行くのよ。なにかあったら、か弱い私の盾になりなさい。翔太」

「その言葉、懲りているんじゃなかったのかよ」

「まだ私の性格を理解していないのね、翔太。反省なんて、過去ばかり振り返っている人がすればいいのよ。未来志向の私の辞書に、反省なんて言う言葉は存在しないんだから。と、いうことで綾乃、里奈、明日は私と翔太で里奈の彼に話を聞きに行くから。里奈の足取りを追えば何か分かると思うの。それに、警察もちゃんと取り調べて犯人を逮捕したはずだから、美咲のお母さんの件、別に犯人がいるとは思えないのよ。里奈の件と同じ状態だったのは偶然だと思うの。安心できるようになったら二人にも連絡するから、それまでは心細いかもしれないけれど、情報を待っててね」


 茜は里奈と綾乃を交互に眺める。


「さぁ、今日は明るいうちに帰りましょう。翔太も明日があるから早く帰って休みなさい」


 茜の嬉しそうな微笑みを、僕はいったいどう解釈するべきなのだろうか?




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