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再会

 正午を過ぎたばかりの真上から照りつける日差しは、薄暗い店舗から出てきたばかりの目には刺激が強すぎる。僕は目を細め、眉の前に手をかざす。

 店長を残したまま、僕は『nest of moth』を後にした。


 等間隔に立ち並ぶ灰色をした電柱の上から、空を切り裂くようなセミの鳴き声が聞こえてくる。耳鳴りにも似た高周波は、弱り切った心臓を直撃する。

 淡いブルーのポリ製のゴミバケツが電柱の下に並んでいる。それを見て僕は現実に引き戻される。

 この朝の成果。美咲さんの彼の名前が『城廻』だという事までは分かった。

 危険を冒して、ダークな気分に浸って、結果はそれだけだ。


 でも、それだけでも一歩前進だと思った。けれども前進はしたものの、その彼と会うすべがない。

 美咲さんを、あんな目に遭わせたのが『城廻』なのか、それとも彼に会えば何かヒントが手に入るのか、それすら分かってはいない。けれども、今は手がかりがそれしかない事は確かだ。

 犯人を捜せば、茜や里奈の無実を証明できる。僕の今取るべき行動は、とにかく『城廻』と会う事だ。


 僕は、今現在最も信頼できる仲間、そして冷静に状況判断ができる唯一の味方、綾乃さんの家に戻る事に決めた。


 休日の雑踏を僕は縫う様に進んだ。


 森林公園の先にある純白に輝く高層マンションの入り口には、僕の背より少し背の高い植栽が入り口の白いタイルに影を落としている。脇にあるウオーターファウンテンから水の流れる涼しげな音がしている。僕は、ガラス扉の脇にあるインターホンを操作して綾乃さんを呼び出す。


「翔太です。いますか?」


 綾乃さんの声が、無性に聞きたい。


「お、翔太か、昨日の警察以来だな。綾乃の話だと、店長といっしょに例の元常連と会って来たらしいな。ご苦労だった。新しい情報を一刻も早く知りたいからダッシュで来るんだ。鍵はいつものとおり開けておくからな」


 応答は、ワンパクな里奈の声だった。頬にあたる風が、少し爽やかな気配を帯びた気がした。少なくとも里奈は警察から解放されている。ならば茜も。マンション入り口のガラス製の自動ドアは音も無く開き、僕は三人の少女を思いながら綾乃さんの家へと足を進める。



「ところで、翔太さん、危ないことはなかった? 出入り禁止の常連に暴力とか、振られなかった? 怪我はない? わたし、心配で心配で、いてもたってもいられなかったんだけど……」


 間接照明のほのかに灯る廊下に作り付けられた、重厚な玄関を開けた途端に話しかけて来たのは、綾乃さんだった。


「翔太、警察から先に帰ったでしょ? 先に用事が済んだら、友人を待っているっていうのは常識だと思うんだけど、私の常識はあなたの常識と違うのかしら。それともただ単に、あなたが非常識だというだけなのかしら」


 その後ろで、茜が腕組みをしている。不機嫌な表情を浮かべながら。


「いや、茜。昨日は事情聴取が終わったあと、君たちの事を警官に聞いたら、長くなりそうだから先に帰ったほうがいいって聞いたものだから」

「普通にそう答えるでしょ、終わりの時間が決まっているものでもないし、夜も遅かったし。警官の対応は普通よ。なにも責めるべきところはないわね。それよりも、私はあなたの常識を疑っているのよ。先に帰った事を責めているの」


「……責めているんですね。僕は責められているんですね」


「あんなに遅い時間に、暗くて寂しい帰り道を、女子高生二人でどうやって帰ったと思ってるの? あなたに置いて帰られた、可哀想なかわいらしい女子高生たちはどんな気持ちで帰宅したのかしら」

「それは、ごめん。先に帰った事は謝るよ。そう言われると、確かに警察で待っているべきだった」

「いいわ。素直に謝ったから許してあげる」

「意外と簡単なんだね。で、気になるんだけれど、どうやって……帰ったの?」


「パトカーよ」


「パトカーですか……って、送ってもらってるじゃん、ぜんぜん暗くて寂しくないじゃん」

「まぁ、警察は私たち女子高生に夜道を歩いて帰るような事をさせなかったってことね。配慮してくれたのよ。翔太と違って」

「送ってもらえたのなら問題なかったじゃん」

「送ってもらったからって、翔太が待っててくれなかった事にかわりがないでしょ。気遣いが足りないのよ」


「えーと」


 嫌な沈黙が流れた。玄関の鏡に映る僕の表情がだんだんと暗くなって行く。それと引き換えに茜の表情が満足そうなものに変わっていく。


「まぁいいわ。とりあえず掴みの会話は終わったから中に入りなさい」

「これで掴みかよ。本番はどんななんだよ!」


 茜は横顔で笑みを浮かべると、きびすを返して部屋の中に入って行った。綾乃さんと里奈を玄関に残したままで。


「よ、よう翔太。私がいれば夜道でも心配ないんだけれどな。新しい技を覚えたんだ。どんな相手でも一撃だぞ。平気だからな」


 里奈はフォローをしているつもりなのだろう。けれども、こいつに夜道を歩かせると、翌朝ボロボロに殴られた男が発見されかねない。広い視点で見ると、その方が何倍も危険なんだけれど、今の僕には口に出せなかった。


「とにかく中に入って、翔太さん。翔太さんの話を聞きたいし、ほら、例の常連からなにか情報があったかとか、あと、茜たちの情報からの考察もあるの」


 綾乃さんが天使の微笑みを浮かべる。ゴスロリを完全にやめた綾乃さんの、ピンクのシャツにに白いショートパンツが眩しい。少女趣味満開じゃないか。髪型はゴスロリの頃と変わらないツインテールっていうのも少女っぽくて僕のツボだ。


「なんで綾乃を見ながらにやけているんだ? おかしいぞ、翔太」


 男の本音が凝縮された表情を、ワンパク娘に見られてしまった。不用意ではあるけれど、まぁ、里奈だから良しとしよう。


「それより、里奈も無事でなによりだ。警察から帰っていないと思って心配していたんだぞ」


 単純な里奈なら、この程度の言葉で騙せるだろう。


「おう」


 里奈が微笑んだ。忘れがちなのだけれど、モデルだけあってかなりかわいい。その笑顔にうっかり騙されそうになる、単純な僕がいた。



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