第54話 追憶の箱 3
チョコアデバルからの手紙を読んでいるとき、クララの心に、温かなものが少しずつ流れ込んでいきました。そして読み終えたときには、冷え切った心が温められていました。彼女は彼の優しさに心から感謝しました。そして、こう思いました。
"この手紙、二日酔いの真っ最中に、だらしない服装で、ものすごい寝グセのついた髪をかき上げて「頭いて〜!」とか言いながら読むような手紙じゃないだろっ!きちんと正座して拝読すべきお手紙だよ。チョコアデバル、ごめんなさいっ!!"
クララはテーブルの上に置いた手紙に向かって頭を下げ、謝ったあと、こう考えました。
"…てことは、もうひとつの、紺色の封筒の中には、チョコクラージュがわたしに向けて書いた手紙が入っているということかっ!!"
クララは目をぱちくりさせてから、唾をゴクリと飲み込みました。
"チョコアデバルには、優しさを詰め込んでくれたお手紙を二日酔いのボサボサ頭、よれよれTシャツ姿で読むという、大変失礼なことをしてしまった。その反省を活かしてチョコクラージュからのお手紙は万全の態勢で読もう。そもそも彼がわたしに宛てて書いた手紙を鍵付きの引き出しの中に入れていたということは、それは遺書である可能性が極めて高い。二日酔いのグダ〜っとした状態で読むなど、言語道断だ!"
クララはまず、紺色の封筒を手に取って確認しました。封筒が紺色なので少し読み取りにくかったのですが、黒い文字できちんと「チョコレツィカへ」と書いてありました。その字はクララがこれまでに何度も見てきた、チョコクラージュの綺麗な字でした。チョコアデバルはもちろんその封筒を開封しなかったので、しっかり封緘されたままでした。
"⋯まずは、シャワーを浴びよう。そして、歯を磨こう…。"
少し緊張した面持ちになったクララは、アスピリンを一錠、口に放り込んでからバスルームへ向かいました。言うまでもなく、歯を磨くことと手紙を読むことは本来、これっぽっちも関係無いのですが、クララは「心も身体も出来るだけ綺麗な状態にして読みたい」と思ったのです。
バスルームでいつもより念入りに身体を洗い、洗髪し、二回も歯を磨いたクララは、タオルで身体と髪を拭いてから、ドライヤーで髪を乾かしました。
"濡れた髪でチョコクラージュからの手紙を読むなど、愚の骨頂!万が一、水滴が手紙に落ちて字が滲んでしまったりしたら、取り返しがつかないではないか!"
そんなことを考えながら彼女は念入りに温風を髪に当てていました。乾かし終えると、彼女は衣類をしまっているチェストの引き出しから清潔な白いブラウスを取り出し、着ました。それから同じように清潔な、洗濯済みのアイスブルーのデニムパンツを履きました。すべすべの清潔な肌でゴワゴワしたデニムパンツを履いたときの独特の心地良さが彼女を包みました。
コーヒーマシンに豆を入れ、コーヒーが出来上がるまでの間、彼女はチョコの国の著名な詩人、D.H.チョコロレンスの詩集を読んで過ごしました。
"すべすべの肌でコーヒーの香りに包まれながら読むチョコロレンスは、最高だな⋯"
コーヒーマシンが豆を挽くときの心地良い音や、少しずつデキャンタに溜まっていく淹れたてのコーヒーの香りが、チョコアデバルの手紙で温められたクララの心を、更に温め、解きほぐしていきました。コーヒーを二杯飲み終えた頃には、頭痛はほとんど治っていました。
"ジャックチョコダニエルが視界に入る状態で、チョコクラージュからの手紙は読みたくないな"そう思った彼女は硝子戸付きの棚の中にジャックチョコダニエルを仕舞い、紺色の封筒を手に持ってダイニングの椅子に座りました。
"よし、開封するぞ⋯"
彼女は、これまでの人生で経験したことの無いような、不思議な緊張を感じていました。




