第03話 ☃
すると、別の声が響いた。
「私は図書館でよく彼女が一人で本を読んでいるのを見ていた。いつも楽しそうな顔してた。学ぶのが本当に好きな人だと思う。」
声の主は、人ごみの中に立つ背の高い少女だった。ピンクがかったブラウンの髪はセンター分けで肩にかかっていた。
その少女の言葉に、群衆の空気が揺れる。
アスタリアはその少女と視線を交わし、眼差しで感謝の気持ちを示した。そして、ミエルに鋭く反撃した。
「ミエルさんの言う一人でいるのが不幸だなんて、本当に変な価値観ね。
自分を主人公だと思うなら、選ぶのは自分のはずでしょ?誰かに選ばれて初めて幸せになれるなんて、そんな考えおかしいよ。あなたは自分を令嬢主人公だと思ってるなら、少し分かるでしょう?」
「主人公の幸せは、主人公の手の中にあるのよ。」
(乙女ゲームの世界では、主人公は唯一の中心であり、選ぶ側だ。だから、主人公が攻略対象の脇役たちの周りを回るなんてありえない。
たとえこれがゲームの世界ではなく現実でも、たとえ悪役令嬢が主人公で、私がそうじゃないとしても、私は自分の物語の主役として、自分だけの主人公の道を切り開いていく。)
ミエルは一瞬言葉に詰まったが、すぐには諦めきれず、また口を開いた。
「で、でも、あなたは愛されない。」
アスタリアはミエルを見据える。
「 私は、自分を溢れるほど愛してるのよ。あなたは他人の愛に執着している、自分を愛することを忘れてるんじゃない?」
ミエルは目を見開き、仲間たちは言葉を失った。
群衆のざわめきが一瞬静まり、すぐに新しい囁きが広がり始めた。
「アスタリアの言うこと、なんかカッコいいね……」
「ミエルが王子の婚約者でも、ちょっとやりすぎじゃない?」
「下級貴族なのに、しっかりしているな。」
さっきの言葉を言い切り、アスタリアは視線を浴びながら、堂々と校門に向かって歩き出した。
(ベリル、まだ終わってない。あの数人を見張って。何か企んでる。)
* * *
その頃、ミエルたちは王子専用のサロン内の一つの応接室に集まっていた。
扉には「ローズ会」のプレートが掲げられている。ミエルと他の攻略対象の婚約者たちが、親睦を深めることを目的として結成した小さなグループだ。
「ミエルさん、怒らないで。あの子が出国するなら、もう目的は達成したんじゃない?これでもう私たちの世界には現れないでしょうし。」
さきにミエルのそばにいた淡い赤茶色の髪の少女が言った。
「でも、私は悔しいの。あの子を懲らしめたい。」
ドルチェが口を開くと、手にした扇子がかすかにかしゃりと音を立てた。
ミエルは彼女を見つめ、感謝の微笑みを顔に浮かべながら、心の中で思った。(あなたは知らなかった。ヒロインであるアスタリアにも精霊の守護者がついていることを。たとえ自分にも精霊の守護者がいたとしても、簡単に勝てる相手ではない。)
ミエルはまぶたを伏せ、口を開いた。
「大丈夫ですわ。アクセル王子は力で手伝うって言ってくれたけど、私は断ったの。」
「ミエルちゃんって、本当に優しいね……」
もう一人の王子の親友の婚約者が、優しい声で口を開いた。
「この件はもう終わったことにしておいて。王子やあなたたちの婚約者たちにこれ以上話すと、彼らが彼女を追いかけ始める可能性があるの。もし彼女がまた国に戻されでもしたら、面倒になるわ。」
「わかった、ミエルちゃんの言う通りにする。」
「そうしましょう。」
窓の外では、フクロウに似た小鳥ベリルが擬態の色で木と溶け込み、静かに場を窺っていた。羽ばたきすら物音を立てぬのが、この鳥の特性である。
* * *
アスタリアは、修羅場から離れ、校門に向かう途中、自分のことを思い返していた。
昨日、4年間共に暮らした姉妹の養母ふたりと、修道院にいたときに優しく世話してくれた修女エンバーに別れを告げた。
午後には、この世界で最も繁栄している都市、フラマリス国の王都・フリスウィンドへ旅立つ予定だ。
(そうね、ルビー。)
アスタリアは、木の上で軽やかに動くルビーにウィンクを送る。
(さっき助けてくれた女の子に、感謝の気持ちを伝えに行こうかな……)
その時、背後から声が響いた。
「それだけで退学したんだな?本当に失望したな。」




