第22話 ❄☆
アスタリアは魔法の乗り物に乗り、魔界と大陸の境界線に接する空域にとどまっている。
これなら、魔界の領地に踏み込んだとは言えない…かも。
今回、目の前に広がっていたのは――昼の光を纏う魔界の風景だった。
魔界の上空には、淡い紫色の霧が漂っていた。
その下には、紫に染まった異彩の巨木が密生する森がどこまでも続いていた。
植生は人間界とはまるで異なりながら、どこか神秘的で、静かな魅力をたたえていた。
それ以外は、意外なほど普通で――上空から見下ろしても、異形の巨大魔物の姿は見当たらない。水源は北方の山から流れ出す雪解け水で、川は外界へと続いている。
むしろ、ここは異世界でありながら、どこか穏やかで静謐な風景――そんな印象すら抱かせる場所だった。
「よし、高度を下げて、小鳥を探そう。」
アスタリアの心は、目的に手が届きそうな気がして、小さく弾んでいる。
――だが、そのときだった。
突如として、アスタリアの周囲に複雑な魔法陣が黒く閃く。
黒い光は、異様な気配を放ちながら、黒煙のようなものを立ちのぼらせている。
それは煙ではなく……なにか、もっと魔的なもの。
渦巻く闇が、まるで周囲の光を飲み込むように広がっていく。
「っ……!」
理性より先に戦士の本能が動く。アスタリアは即座に光の盾を強化し、戦闘態勢に入った。
(魔法で狙われた――!)
胸の鼓動が、早鐘のように激しく打ち鳴らされた。
(何の魔法だ? 魔王か? 効果不明。まずは状況を見極めなくては…)
(無断で侵入したから、魔王が怒ったのか?)
そう考えた瞬間――世界が切り替わり、
広々とした城の一室にいた。テレポート魔法で飛ばされたのだ。
テレポート魔法が存在した――確かに確認できた。
けれど、今はそれより――目の前にいるのは……
栗色の巻き毛、赤茶色の瞳――まだ幼さの残る少年。
上半身は裸だ——背後に玉座。……護衛たち。
子供なのに、魔王だ。
アスタリアは深呼吸をひとつして、冷静に周囲の様子を改めて見渡す。
魔王の城の大広間、周囲には滑らかな石造りの壁が立ち並んでいた。
黒い執事服を思わせる男女三人の魔王の護衛が控えている。全員、人間と変わらないほど整った容姿をしていたが、ただならぬ気配が漂っていた。
魔王の後ろにある玉座には、深紅のクッションがふわりと置かれ、ふかふかそうで、どこか可愛らしさすら感じられた。
その玉座に無造作に腰かける子供の魔王自身も――人形のように整った顔立ちで、見た目は十歳ほどだ。可愛らしい見た目ながら、野生の気配がほとばしっていた。
(今は、なによりも……争いを避けないと。)
アスタリアは、胸の奥でそう強く念じた。
「……私はアスタリアと申します、魔王様。ご領地の外れに踏み入れてしまい、申し訳ありません。」
「この世界のことにお詳しいとうかがい、少しお話をうかがいたく参りました。」
アスタリアは丁寧に礼をした。イタルーチェ国の礼儀がここで通じるかどうか、正直わからないけど……
「俺は人間が領地に入るのは嫌いだ。……だが、お前なら、」魔王の幼くも、どこか重みのある声が響く「……価値があるようだ」
魔王は対話の余地はあるらしい。アスタリアは安堵の息をついた。
(でも、価値って……私の魔力のこと?)
(……この歳で、なんて魔王っぽい口ぶり……というか、エルフの王エイヴリーみたいに、本当の年齢が見た目と合ってない可能性もあるよね?)
「前回、お前をこの場に転移させはしなかったのはな……お前が、ちょうど忙しそうだったからさ」
「……っ」
アスタリアはぎこちなく笑い、額に一滴の汗が流れた。
「で、用件は?」
「ええと……私は、魔法と異世界へ行く方法についての情報を探しているのです。……おそらく、魔王様ならご存知かと。」
「ほぉ~ん?」
魔王は口角を上げ、不敵に笑っている。
「ならば、俺と遊べ」
「え?」
(遊ぶ……?子供の言う「遊び」?……でも、魔力はかなり強そうに見える…)
いずれにせよ、これは良い流れかもしれない。しかし、軽々しく承諾するわけにもいかない。
アスタリアは微笑みを浮かべて、問い返した。
「では、どんな遊びでしょうか?」
その瞬間、魔王とアスタリアの足元に再び黒い光の魔法陣が現れた。闇の煙のような気配が渦巻いている。
(これは、また転送?)
アスタリアは警戒を解かず、光の盾を全開にして状況を見守っている。
ふと気づけば――自分は広すぎるベッドの上にいた。
「えっ」
広大な部屋は整然としている。家具は少ないが、どれも洗練されたデザインだ。たぶん魔王かその側近の私室だろう。
(こんなに大きなベッドを見るのは初めて……)
魔王が、その広い部屋に隣接する奥のチェンバーへと歩いていく。
(ま、まさか……?)




