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第21話 ♡♬

 目を覚ましたアスタリアは、ほのかな光に包まれた木立の中を見回している。


(どうやら、夜明けの時間が近そうだ……)


 ひとまず鎮火された森の現場へ戻って確認することにした。異常がなければ、フラマリス国へ帰還する予定だ。


 任務を無事に終えられそうなことに、アスタリアの心には安堵と喜びが広がっていた。


 そしてふと、エイヴリーのことを思い出す。


(また会えたらいいのに……魔法や異世界のこと、いろいろ聞きたい……)


 火災跡の地面には、すっかり冷え切った黒焦げの土と、焼けただれた木々の姿が、ただただ広がっていた。


 アスタリアは魔法の乗り物に乗り、空から現場を見渡している。


 焦げた匂いがまだ空気に漂い、大気は静まり返っていた。鳥の囀りも虫の羽音も消え、枯れた葉は黒く縮み、あちこちに倒れた木の幹は炭のように真っ黒になっている。風に揺れるたび、葉はカサカサと音を立て、そこから灰がふわりと舞い上がった。足元の焼けた木片はもろく、踏めば砕けてしまいそうだった。


 森の火災は自然の生態に傷を残すが、同時に新たな命の芽吹きをもたらすこともある。それが自然の摂理だ。しかし、あまりに大規模な火災は害の方が大きい。消し止められるなら、それに越したことはないだろう……


 いや、待って。ここは温帯だ。

 温帯の森って、基本的に火災で新生する植物なんてほぼいないんだ。燃えたらただ壊れるだけ。

 温帯は火災が起こりにくいし、日本で学んだ知識からすると、火災の多くは人為的なものだとされている。この火災も、人為的な可能性がある……?


 その時、近くの空中に緑の光が現れ、

 その煌めきの中から、エイヴリーの姿が浮かび上がった。


「……!」


――その瞬間、アスタリアは改めて彼の姿に目を奪われた。


 超絶の美形――!


 グラデーションがかった紫の髪は肩まで流れ、透き通ったエメラルドグリーンの瞳と、エルフのように尖った耳を持っていた。

 思わず心が高鳴るほど、彫刻のような美しさを湛えた顔立ちと、均整の取れた体躯を持っていた。

 そして、どこか神秘的で威厳ある佇まいをしていた。


(本当にエルフだったんだ。昨日、煙と炎に包まれていたときは、そのことを考える余裕すらなかった…)


「待っていた。」


「えっ、昨日のこと、本当にごめんなさい。急に疲れが出ちゃって……つい、休んでしまって……」


 十数時間も経っていたことに気づいたアスタリアは、慌てたように肩をすくめながらも、視線だけは逸らさず、エイヴリーの瞳を見つめていた。


「森のあらゆる気配は、わたくしの感知の及ぶところ……あなたの静かな休息の気配も、届いておりました。

そして、精霊世界の最上位は、稀有な「エルフ」の姿をとる存在――エルフの王。

幾千年を生きてきたわたくしにとって、待つ時間は止まった時計と同じだ。

気にするには及ばない。」


 ――衝撃の一言が静かに響いた。


 アスタリアの身体が一瞬ぴくりと震えたが、その直後には、瞳にキラキラと輝きが浮かんだ。


(……今の言葉、私を慰めてくれたのか。それに、昨日のあの炎の時も――助けてくれたし、いい人ね。

精霊世界の王って基本的には善側の立ち位置なんでしょ?……でも、本当に精霊の王なのか、騙されている可能性もあるけど。

幾千年も生きていて、きっといろんなことを知っている人だろう。)


「精霊であるわたくしの気配は、姿を隠しているときは自然そのものとなり、時の流れを感じない。姿を現せば、初めて時間が流れる。そして、植物と精霊が息づく場所の近くでエネルギー体の活動を感知する。」


 エイヴリーは穏やかに続ける。


「さて、この前話していたことだが。問いたきことがあるのだろう?」


「はい。魔法のことと、異世界のことはご存知かと思いますが……

それと……火を消すの、手伝ってくれてありがとうございました。」


 アスタリアは丁寧に感謝の意を込めて微笑み、言葉を継ぐ。


「やっぱり、精霊って……森を守る存在だから、火を止めたくなるんですか?」


「まったく、違う。」


「──ッ」


 意外な返答に、アスタリアは一瞬、表情が凍りついた。


「幾千年の尺度からすれば、これはたいしたことではない。」


「そう……か……」


「異世界のことは詳しくはないが、望む魔法のことなら、いずれ贈ろう。」


 エイヴリーは淡々と続ける。


「えっと……それって、いつですか?」


 ぼかされた物言いは好きじゃない。アスタリアは自然と前のめりになる。


 だが、エイヴリーはどこか楽しげな口調で言う。


「あなたが、強くなったときに。」


「……っ!?」


(つまり、まだまだ力不足と見られている――ということ?)


「それじゃあ……私が強くなったら、どうやってまた会えばいい?」


 このとき、緑の光が風のようにエイヴリーを纏っていく。


(……行ってしまうつもり?今はまだ――もっと確かな情報がほしい!)


「魔力が足りないってことですか?」


「そうではない。魔力の総量は、生まれつきで決まっており、増やすことは難しい。……あなたは、つい無理をしてしまうことがある。」


(昨日、持ちこたえられなかったことかな。)


 エイヴリーは眼差しにかすかな色を差した。


「わたくしが、あなたを見つけよう。」


 そう言い残し、エイヴリーは再び光の中に姿を消した。

 その残り香のように、緑の光だけが空中にふわりと漂う。


(……なんだか、嬉しそう?)


 アスタリアはどこか考え込むように目を細める。


 ……魔力の量って、伸びないものなんだ。情報、ゲット。

 魔力の量が増やせないとなると――私は、どうやって強くなればいいんだろう……


 精霊って、ゲームでは主人公が精霊と契約する設定だった。主人公の守護精霊はたいてい小鳥のような姿をしていた。

 この世界にも多くの精霊が存在すること、今は分かる。

 ――精霊世界の最上位、精霊の守護者、エルフの王を名乗った。だとしたら……彼は、すべての精霊の中でも最も強き存在、ということ?


 そういえば、彼は森のことなんて気にしていないって言ってた。なら、どうして私を助けたんだ?この場所に、彼が気にかける何かがあるのかな?


 とにかく、問題は解決し、心が落ち着いた。まずは任務を終えに帰ろう。フラマリス国王城に戻ったら、少し休まなきゃ。


「やっぱり、いいひとだね。ふふ。」


 アスタリアは軽やかに鼻歌を歌いながら帰路につく。

 魔法の乗り物に乗り、焦土と森の境界から少し離れ、果てしない緑の中へと軽やかに飛び立つ。


 梢では、朝陽の金糸が緑の帳を刺繍し、やがて耳にはさまざまな小鳥たちのさえずりが届いてくる。

 周囲の木々に集う色とりどりの小鳥たちが、アスタリアの視界をふと満たした。


 リスやシカ、ウサギといった森の住人たちが、木陰からそっと顔をのぞかせている。

 小鳥と動物がもこもこと姿を現し、朝日にきらめく無数の潤んだ瞳でアスタリアを見つめている。


 緑の中に忽然と広がる愛らしい光景は、絵本のページをめくった瞬間に飛び出す仕掛け絵のようだ。

 森の息吹が静かに脈打ち始めている。


 アスタリアは、優しい風にふんわりと抱きしめられているように感じ、柔らかな温もりが肌に広がり、自然と微笑みがこぼれた。


「えへへ、どういたしまして。またね。」


 心の片隅が、そっと波紋を描くように揺れている。


 林間の木漏れ日の金の糸が、アスタリアの傍らで流れるように一筋の光を描いていた。


「次の予定は――帰り道で魔界の縁に立ち寄って、小鳥たちと空中交信で情報を集めること」


「さあ、出発だ!」



 ✧  ✧  ✧  



 一方、エイヴリーは、紫の光を纏う髪を風になびかせ、この世界にそびえ立つ蒼天の巨樹の枝の上に静かに佇んでいる。

 その幹も枝も、まるで数万年を生き抜いてきたかのように太く、逞しい。

 葉は紫色のグラデーションに染まり、夢幻のような雰囲気を漂わせている。


 世界の果てにあるここは、なお夜に包まれている。


 どれほど遠くから眺めても、その巨樹のまわりに人影はなく、ただエルフの王エイヴリーひとりだけがいる。

 墨染の空、果てしなく彩り煌めく宇宙の星雲が、まるで星の帳がたなびくかのように、彼と巨樹の背後に広がっている。


 先ほどのあれは——

 エルフの王エイヴリーとアスタリアの、四度目の出会い。そして、初めて交わした言葉だった。

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