第5話 監視の視線
あの日の襲撃事件から2日後、俺は再びうまみ亭に向かっていた。
と言うのも、あの日オークによってめちゃくちゃにされて食べることが出来なかった豚の生姜焼きの香りがどうしても忘れられなかったのだ。
昨日、あまりの食べたさに自分の作った奴で我慢しようとしたが、まだ香りしか嗅いだことのないうまみ亭の奴よりもかなり劣っていることを直感した為、余計に欲求が強くなってしまった。
「よく考えたら、あんなことがあったばかりで休業してる可能性だってあるよな~」
まあ、外へ出てきてしまったものは仕方ない。
仮に休業してたら……どこかの飲食店で食事した後、適当な所ぶらぶらするか。してなくても食事後にぶらぶらする予定ではあったが。
とは言え、やはりうまみ亭で作られる豚の生姜焼きが食べたいのは変わらないので出来れば休業じゃないことを祈りながら向かって歩く。
「早く食べたいなぁ。いっそのこと狐化して全速力で……いや、やめとこう。余計なところで目立ってどうするんだ」
そう自分を制していると、背後から弱くはあるが不快感を感じた。
俺からの距離は今は遠めなものの少しずつ近寄って来ているらしく、不快感も少しずつ強くなってきている。
せっかくの最高の気分をこれ以上害されてはたまらないので、誰だか知らないが不快感を感じた以上逃げさせて頂こう。
「行きますか!!」
人間形態で出せる全速力で走り始める。
「……っ!……勘づか……追え!」
「……です!……少女は……可能で……報告を」
「くそ!……申し訳……対象に……げられました!」
途切れ途切れで男2人の声が聞こえてきた。
距離が遠くてなおかつ走りながらでも聴こえるのは、そのような環境下でも音を拾う能力を俺が身につけたお陰だろう。
狐神様には感謝しかないので、家に帰る途中で神社にお参りに行こう。
そうして1分半走っていると不快感は完全に消え去ったのを感じた。どうやら無事に撒くことが出来たようだ。
話ぶりからしてどこかの組織に命令されて俺を追ってきていたらしい。珍しいから捕まえろとでも言われたのか?
考えてみれば、奴らが潜んでいた場所は家から割と近かった。
つまり、俺を狙う誰かに家の場所がバレてしまうのも時間の問題となってしまった。
「家に来られた時に火の妖術を使えばとんでもない事態を引き起こしかねないし、他属性妖術を何とか使えるようにしないとな」
どうやって他属性妖術を会得しようかと考えていると、うまみ亭が見えてきた。しかし、明かりがついていなかった。
やはり休業になっていたのかとガックリ肩を落としていると、扉横の営業曜日や時間の書かれた紙が見えた。
「えっと、定休日が毎週金曜日……そう言えば今日何曜日だっけ?」
リュックからスマホを取り出して見てみると、7月19日の金曜日との表示があった。
「今日定休日……ど忘れしてた……」
ただ自分が定休日を忘れていただけで店の営業は問題ないと分かってホッとした反面、結局のところ今日は豚の生姜焼きが食べれない事実にガックリした。
店が空いていないのならあんなことがあったので、このまま家に帰ってしばらく閉じ籠ってようかと思った。ただ、それを実行するだけの財力がない。
仮にお金に問題がなくても、結局食材や生活用品の買い出しに外へ出る羽目になるので完全に閉じ籠るのはどうあがこうと不可能だ。
そもそも家に閉じ籠る生活なんて出来てもしたくない。美味しい店の料理が食べれなくなるし……と言うか不快感を感じ次第逃げれば良くね? 俺の走る速度なら大丈夫だろ! 最悪火の妖術を使える力があるし。
脳内でそう考えた結果、良く解らん組織とかに捕まる危険性よりも美味い料理を食べる楽しみを取った俺は、当初の予定通りに歩みを進める。
そうしてうまみ亭から更に歩いて20分、地域の人たち行きつけの昔ながらの焼き鳥屋や全国で有名なラーメン店・パン屋に居酒屋と言った多種多様の飲食店があるエリアに立ち入っていた。
「おぉぉ! 焼き肉に焼き鳥、ラーメン……美味しそうだなぁ」
転生前も大好きだったこの3つの料理を食べるシーンを想像していると思わず顔がにやけてきた。ああ、早く食べたい。
そう言えばさっきから妙に俺の方に向けられる周りの人たちの視線が増えてきていた。そんなヤバい顔でもしていたのか? そう思った俺はポケットのスマホを取り出して自分をカメラで撮影してその画像を見てみた。
するとそこには、何とも言えない顔をしながらよだれを垂らしている情けない俺の姿が写っていた。
「……うぅ」
ちらほらスマホで撮影してくる人が出て来始めたので、近くにあったラーメン店に逃げ込むようにして入る。
しかし、運が悪かったようだ。入った店はオープンしたばかりの全国展開している『味楽』で、席は満席だった。
一体何分待つ羽目になるのか気になったので側に居た店員に聞いてみる。
「あの、店員さん。待ち時間は何分ですか?」
数秒俺と店員と見つめあった後……
「お嬢ちゃん、学校はどうしたの?」
「が、学校……えっと……行ってない」
あまりにも予想外過ぎる質問だったので思わず見れば分かることを言ってしまった。
「どうして?」
こういう場合、どう答えたらいいんだ? 学校に行ってない理由は転生して個人情報無しの無国籍の子供と言う状態な上に狐化してしまった為なのだが、それを正直に話したところで冗談だと思われるのがオチだろう。
だからといって適当な理由をでっち上げたせいで面倒な事態になっても困る。
と言うかよく考えたら本当の理由を言おうが適当な理由をでっち上げようが面倒な事になるのは変わらない。
なのでたまたま思い浮かんだ適当な理由を言う事にした。
「えっとね、私実は学校で……いじめられてるの」
「あ……」
ただそれだけでは理由として弱いと感じたので、店員だけでなく周りの人たちの哀愁を誘うように更に理由を付け加える。
そうして話している内に自分がその想像世界にのめり込んでしまい、意識してもいないのに涙まで出てきてしまう。
「でね……」
「あの……何か本当に余計なことを聞いてごめんなさい! お嬢ちゃんのトラウマを呼び起こしたみたいで……もう話さなくても大丈夫だから……」
「本当?」
「ええもちろん。食事前に憂鬱な気分にさせて本当にごめんなさい。あ、ちなみに今の待ち時間は30分位だから待っててね」
「うん! 楽しみに待ってるね!」
何とかこの場を乗り切る事に成功した俺は、その後何事もなく待ち時間を終えて店内に入って席に座り、醤油ラーメンと味噌ラーメンを1つずつ注文する。
ラーメンが来るまでの間スマホをいじって待っていると、お待ちかねのラーメン2つが運ばれてきたので早速食べ始める。
感動すら覚える味楽のラーメンの美味さをゆっくりと堪能しながら完食し、965円を支払って店を出る。
「さて次はどこに行こうかな~」
こうして、ラーメンを食べて満腹となり満足した俺は再び歩みを進め始めた。
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