表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリュシオン  作者: 雨夜 紅葉
裏切騎士と歯車独裁計画
36/67

【狼】【夜】

さぁ、始めよう。

声。

声が、聞こえていた。

誰の声かはわからない。

リリィかもしれないし、さっきの奴かもしれない。

もしかしたら、『あいつ』かもしれなかった。

とにかく、誰のものかもわからないその声が。

ーー泣いていたのは、確かで。

またか、と。

薄っすら開いた目に写ったのは、天へ伸びる失くしたはずの右手。

必死に、まるで空でも掴むかのように。

何にも触れることなく空振った、無力な手。

いつだってこの手が、欲しいものに届いたことはないんだ。

そう、いつだって。

でもこれ以外に、何かを求める方法を俺は『知らない』から。

何度だって、手を伸ばす。

無様に、滑稽に。

まさしく馬鹿の一つ覚えだ。


ーーほら、ニューゲームの時間だ。


耳元で聞こえる狼の声。


嘲笑の混ざったその声で、思い通りに操作されて。


ーー何度だってやり直せば良い。【我】は、餌さえ手に入れば構わないのだから。


覚えている限り捌億(はちおく)弐千禄百四十二万(にせんろっぴゃくよんじゅうにまん)回目の人生が、始まった。










最初に感じたのは、息苦しさ。

傷自体は全て治っているんだが……状況は改善されてないからなぁ。瓦礫の間に横たわっていて、気分が良い訳もないか。


自己完結。


とりあえずどうしようもない息苦しさを堪えながら、両肘を支えに起き上がる。

生まれ変わって初めて直視した自分の衣服なんかは、お世辞にも無事とは言い難い有様だった。コートも靴も、飛び散った血液で濡れている。


「……ん?」


後片付けが大変そうだな、色々と。

なんて溜息混じりに顔を上げれば、途端に視界へ写り込む薄紫。

呆然と、そしてどこか嬉々としてこちらを見上げるその姿は、想定外に笑えた。

『信じられない物を見たような』。

そんな目線は何度も向けられてきたけれど、そこに純粋な歓喜が含まれていたことは初めてで。

生きていて良かったと、そういう反応をされたのも初めてで。

ほんの少しの気恥ずかしさを感じつつ、力の入らない足を無理やり奮い立たせた。

何故かは、わからない。

このまま死んだふりをしていれば、俺もリリィも生き残れると知っているのに、わざわざ無駄なことをして。

ただ、こいつの前で逃げたくなかったというか。我ながらガキっぽい理由に呆れるけれど、でもそれは、俺がもう一度立ち上がるには充分過ぎる理由だった。

昔なら絶対に想像もしなかった現象。これも【色欲】によって『変えられた』結果なんだろうか。それともーーああいやいや、やめておこう。何もかも大罪のせいということで。

普通はそう簡単に人は変わらないし、変われないし。別に俺はこいつに感化されたりしない。

だから大罪のせいだ。うん。

あんなガキに見栄を張っていたいと思うのも

あんなガキに救われたような錯覚も

全てが全て、大罪のせいだ。

だったらいっそ、願い通りに踊ってやるとしよう。


「は、?」


俺を見て間の抜けた声を漏らした襲撃者と、座り込んだままのリリィを見下ろして。

意地で作った笑顔。もう、身体中の怠さだって抜ける頃だ。

また返り討ちに遭うかもしれないが、そういうのは敗北し地面に倒れ伏して、空を見上げてから考えればいい。

難しいことを思うのは嫌いだ、ガラじゃない。


「ったく、ふざけんなよーー」


「ゲームじゃねぇんだから、生き返んの大変なんだぞ」


殺して、殺されて、生きて、生かされて。

なんだか漠然と、理由もなく。

今度伸ばした手は、間に合いそうな気がしていた。


なんとなく、なんだけれど。


人生という喜劇の、再演を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ