猫と虎
結論から言えば、いつも通り殺すことには成功した。
……この一文に尽きるというのは少々味気ないけれど、まぁ別にいいだろう。とにかく、今重要なのはそっちじゃなくて。
「ーーーーっ、」
「多分惨たらしく死んでるから直視しない方がいいですよ、死体は。」
血に濡れて張り付く前髪を乱暴に払い、呆然とその場に座り込んだ少女にそう言い残す。やっぱり、いくらここの国民でも子供には刺激が強過ぎたらしい。先ほどはあの化け物を守ろうと、包丁すら握ったことのなさそうな手で必死に刀を構えていたけれどーー
人が死ぬ瞬間を、しかも間接的には自分を庇って人が死ぬ瞬間を見て、即座に復讐に動ける人間なんて限られている。少なくとも、この子には無理だ。
体中を重く支配する絶望に、抗うだけの力があるとは思えない。
好都合だ、これでこの子は殺さずに済む。
殺さなくて済む。
「なんで、」
掠れた声で呟いた彼女が、壊れたように涙を零してこちらを見上げていた。へたりと地面に座り込んだまま、向ける先を見失った刀を握りしめて。
なんで。
その問いに答える言葉を、僕は持っていない。強いて言うならサクヤ様に喧嘩を売ったから、だろう。この子と違って、とっくに汚れてしまった僕らに人の命の重さを説くのは非常にナンセンスだ。
殺したいから殺しただけで。
道徳や倫理の入り込む余地は無い。
「さぁ?」
出来るだけ忌々しく、彼女が僕を恨めるように心掛けて言うと、少女はびくりと肩を震わせて押し黙った。追い詰めてしまっただろうか。そんなつもりじゃ、なかったんだけれど。
少しやりすぎな程に崩壊した、建物の瓦礫の山を踏みつけるようにして少女の横を通り抜ける。お世辞にも歩きやすいとは言えないけれど、自分でやったことに文句を言うわけにもいかなかった。いやいや、どうせ急ぐ必要もないから構わないか。
吐く息が白い。どうやら本格的に冬が近いようだ。……じゃあせめてこの子を、何処かの宿まで連れて行った方がいいのだろうか。この子の知り合いを殺したのは、僕なんだし。
そう思って振り返り、ーーいや振り返ろうとした、その瞬間。
ぞわり、と。
体を這い回るような。
脳髄を支配するような。
昔はほとんどの時間に感じていたのに。
今はほとんど感じなくなった。
あの
言い表しようのない
【猫】に睨まれた鼠によく似た
恐怖。
死ぬ間際の、恐怖が。
すぐ、そこに。
「は、?」
振り返った先に居た彼女は、もう僕の方を見てはいなかった。彼女が呆然と見つめているのは、瓦礫の山。
いやーー正確には、そこからゆらりと立ち上がった、黒い影。




