4.マッドサイエンティストがひとだった件
いろいろと考えた結果、ある人に相談することに決めました。
この人は、申し訳ないけど死ぬのが怖くない上に死ぬ?よしそれならお前解剖させろ的なマッドサイエンティストなので相談しやすいのです。
いや、相談してどうにかなる問題ではないのですが、誰かに打ち明けたいと思ってしまうのがオレなので…はい、結構ですへたれで。
「――ほう。神か、ぜひ研究したい。」
「言うと思った。」
背筋がぞくりとするような邪悪な笑みを浮かべた彼は、見た目からしていかにもな悪役です。
少しくたびれた白衣をまとったひょろ長い男の彼は、身長だけならオレと並びますが体重はひょっとしたら半分あるのかないのか。そんなもやしのような細い体を、ごちゃごちゃと乱雑に物が置かれている自身の研究室に唯一存在する革張りのソファにうずめています。
ちなみに彼は事実、大量殺人罪で投獄されかけていたのですが、その頭脳を買われて秘密裏に生かされている、そんな存在なのです。もちろん捕まえたのはオレです。まあ、むしろ堂々と研究できてうれしそうですが。
「だが貴様の頭にしか出てこないとは…ちょっとお前、頭開かせろ。」
「いやいないから!開いてもいないから!」
「わからんぞ、もしかしたら某映画のように操縦席に乗ったちっさな宇宙人みたいなやつが住んでるかもしれん。」
怖いです。
それ超怖いです。オレ本格的に人間じゃない。
「まあそんな冗談はともかく、だ。私は貴様とは全く違うからな、相談されてもまともな答えは考えてやれん。」
「……知ってる。マッドサイエンティストと同じ脳内はしてないと知ってるさ。」
意外にも面倒見が良いらしい彼は、相談に乗ってほしいというオレの言葉通り相談に乗ってくれるらしいです。
いつも会えば軽口とともにやれ腕を一本くれだとか腹を開かせろとか言ってくる彼です。そんな、まともな感性が残っていたとは驚きを通り越して夢じゃないかと思いました。
「それだけじゃない。私の脳は非凡で、他人より少々好奇心が強いが貴様はそれ以上に違うのだろう?人間ではないのだから。私はしょせん、人間という枠から出てはいない。」
普通の人間が言ったら間違いなくクソナルシスト野郎と太鼓判を押すところですが、その非凡な脳と好奇心の強さでここにいるのですから否定できません。
それよりも、真っ向からオブラートにも絹にも包まずに人間ではないと言われると、言われ慣れている言葉とはいえ今は酷く癇に障ります。
思わず眉の寄ったオレに笑みを深め、彼は傍らに置いていたコーヒーを一口飲みました。
「ふむ。いや、訂正しよう。お前は少なくとも、表面上は人間のようだ。出来れば本当にその脳を切り開いてやりたいが…うむ。まあいいさ、お前が死んだら私に隅から隅まで研究させてくれるという約束だしな。」
そう、そのオレの死後のとんでもない約束で縛っているがため、彼はここにいる。
どうやら彼は本当にオレに対する興味が尽きないらしい。たまに獲物を狙うような目で見ているので大変怖くて仕方ないです。
貞操の危機を感じる。
「それで、なんだったか…そうそう。お前の毒性、な。どんな特殊な電磁波を出しているのか気になるが…きっと現代科学では太刀打ちできまい。これまでお前の研究資料を漁り続けたが、そんな事実はどこにも見つからなかったからな。」
オレの研究資料、というのはオレが昔とある研究機関に預けられて割と非人道的な研究を経験していたころの記録をさします。
今思うに、オレのこのちょっと弱気でどうしようもないへたれな性格はその時無理やりに言うことを聞かされた記憶による弊害じゃないかと思います。おかげで今でも医者が怖くて仕方ないです。
「そう、か…」
気落ちしたオレの声に眉をあげ、彼は口元を引き上げます。
「なんなら今からお前を研究してやってもいいぞ。もしかしたらその毒電波を解決する糸口が見つかるかもしれん。」
毒電波とか言わないでください。オレは何も受信していません。
遠慮します、と首を振ったオレを実はものすごく残念そうに見て、彼はしばらく無言でコーヒーの入ったマグカップを傾けます。
ここはマッドサイエンティストらしくビーカーで飲んでほしいとか思うのはオレのわがままでしょうか。
何の気なしに彼の動向を眺めていたオレは、そういえばずいぶんと楽になっていることに気が付きました。
いや、楽になったというより、脱力したというか。混乱して無駄に入っていた力が、他人を介したことで抜けて行って、今はもう何もしたくない感じです。
でもいくら彼が死を厭わない人間でも、オレ自身が彼のそばにいることを良しとしません。誰だって自分のせいで、見えない部分であっても寿命を削っているとは考えたくないものです。
「……私なら、だが。」
ぽつん、と彼は言葉を吐きます。
口元にカップを近づけたまま、目の前の机にもたれて立つオレを見上げて。
「私なら、能力を手放しはしない。そもそも女に対して研究対象としての熱意は持っていても愛だ恋だのは感じたことがないからなんとも言えんが、それらと比較しても貴様の持つ能力は希少だ。能力を捨てるくらいなら、女や家族を捨てる。」
希少性で決めるとは、いかにも彼らしい選択です。
確かにオレの能力は恐らくこの世界にたった一つで、失ったら二度と戻らないでしょう。仁美や家族も、失ったら二度と戻らないけれど、その被害を受ける規模が違う。
オレの能力は世界規模の財産であり、仁美や家族はあくまで個人において価値のあるもの。お金で買えない価値がある、プライスレス。
「どうせお前も、能力を失ったら失ったで力のなさを嘆くんだろう。貴様のような能力は持っていないのでそれも私にはわからんがな。」
ふん、と馬鹿にするように鼻を鳴らした彼を見下ろし、オレは一際長い息を吐き出しました。
あ、そういえば肺活量も自信があります。何もしないで潜っているだけなら、優に1時間は息継ぎなしで沈んでいられます。
そんなオレがため息を吐いたら、もちろんその息は目の前の人間に届きます。
そよそよそよ、と彼の前髪がなびいて、鬱陶しそうにそれを払いのけると彼は問いかけるような視線をこちらに向けてきました。
「……そうだ、な。いや、うん。お前にはそういう感情がないんだと思ってたよ。」
「失礼な。私は人間だ。人間らしい感情を持っているが、それより好奇心が強いだけで。」
好奇心が強すぎて人を解剖したり殺したり捕まえまくったりしたのですから、相当人間離れしていると思ってもおかしくないと思うんですが。
それより、これで彼といる理由がなくなってしまいました。名残惜しいですが…そして、なんだか非常にさみしいですが、これで研究室を去らなければいけません。
「ありがとう。それじゃ、帰る。」
「ああ。…言い忘れていたが。良いか、死ぬならここで死ね。すぐにでも解剖を始めてやるからな、遠慮はするなよ。」
にやりと笑った彼は最後まで悪人面でした。
研究室を出て再び空へと舞いあがったオレは、そういえばすでに答えは出ていたのだと漠然と知っていました。
決して彼の言葉に流されたわけではありませんが、だって思い返せば最初からオレは自分が取るべき道を知っていたとしか考えられない。
オレは、彼女の部屋を出るときにヒーロースーツを手に取っていたじゃないか。