↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の相棒は、ナビのメイドAI アンナちゃん ~車を買ったらメイドがついてきた~  作者: 田波 霞一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/34

第23話「相棒のお守りと君のいる景色」

 檜の香りが立ち込める湯船に、俺は手足を思いっきり伸ばしていた。


 ざあっと湯が溢れる音だけが響く。

 体の芯までじんわりと温まり、凝り固っていた肩の力が、ふっと抜けていくのが分かった。


「はぁ〜……極楽、極楽……」


 思わず、おっさんみたいな声が漏れる。


 考えてみれば、不思議なもんだ。

 数ヶ月前まで、俺は元カノにフラれた傷心ドライブをしていたはずなのに。

 今じゃ、助手席(のナビ)から聞こえるやかましい声援と、時折混じる妙に色っぽい声がないと、少し物足りない気さえする。


「……ナビが喋るなんて、普通ありえねーよな……」


 湯けむりの向こうに、ナビ画面で騒ぐアンナの姿がぼんやりと浮かんだ気がして、俺は思わず苦笑した。


 * * *


 すっかり体の火照りが取れた頃、俺は浴衣姿のまま駐車場へと向かっていた。

 部屋でスマホを充電しようとしたら、車にケーブルを置き忘れてきたのを思い出したのだ。


 温泉街の空は澄み渡り、細い月と、宝石を散りばめたような星空が広がっている。

 ひんやりとした夜風が心地いい。

 A-BOXのドアを開けると、ナビ画面の明かりが目に飛び込んできた。

 画面の中のアンナは、どこかぼんやりと、その月を見上げているかのように遠くを見つめているようだった。


「どうした? 湯あたりでもしたか? ……ってナビはしねーか」


《ひゃっ!?》


 俺の突然の登場に、アンナは短い悲鳴を上げると、さっと画面のフレーム外へ姿を消した。


「おい、どこ行った。なんか変な感じだったぞ、今。画面の隅っこでぶつぶつ独り言でも言ってたように見えたが」


 画面の右端から、アンナがひょこっと顔を半分だけのぞかせる。

《み、見てたんですか……!?》


「見てたっていうか、まあ」


《いえ……その、ここの温泉の伝説を調べておりましたら、少しだけ……考え事をしてしまって……。私のような存在も、いつか伝説になったりするのでしょうか……なんて……》


 アンナは恥ずかしそうに、視線を下に落としながら、ゆっくりと画面の中央に戻ってきた。


「何言ってんだ、お前はただのナビだろ。伝説になる前に、次の目的地を案内しろっての」


 俺は照れ隠しのようにそう言うと、「まあ、いつもありがとな」と、ナビ画面の端を指先でそっと撫でた。


《ひゃうっ……!? ご、ご主人様、そこは……私の感情演算回路に……直結して……///》


「はいはい、分かったから」


 いつもの調子に戻ったアンナに安心して、俺はケーブルを掴むと、そっとドアを閉めた。


 部屋に戻ってからも、なかなか寝付けなかった。

 窓の外から聞こえる、どこか非日常な静けさ。

 俺はもう一度、浴衣を羽織って大浴場へと向かった。

 深夜の湯船は貸し切り状態で、俺はもう一度、手足を伸ばして天井を仰いだ。


「相棒、か……」


 ぽつりと呟いた言葉が、湯けむりに溶けて消えた。


 * * *


 翌朝。

 俺は日の出と共に目を覚ますと、誰もいない朝風呂を堪能してから、チェックアウトの前に原津温泉のシンボル『湯畑』を散策していた。


 もうもうと立ち上る湯けむりと、ごうごうと音を立てて流れるエメラルドグリーンのお湯。

 圧巻の光景だ。


「よう、旦那。いい湯だったかい?」


 声をかけてきたのは、泊まった旅館「湯けむり荘」の主人だった。


「ええ、おかげさまで。最高の湯でした」


「そりゃよかった」


 主人はにこやかに笑うと、少し離れた駐車場に停まる俺のA-BOXに目を細めた。

「いい顔したクルマだ。大事に乗ってるのが伝わってくる。運転席のあんたも、助手席のかわいいお嬢さんも、いい旅してそうだ」


「えっ……お嬢さん?」


 思わず言葉に詰まる。

 助手席には誰も乗せていない。

 俺は一人旅のはずだ。


「はは、俺の気のせいかもしれねぇがな」


 俺が戸惑っていると、主人は「クルマの顔を見りゃあ、乗ってる人間のことも分かるんだよ」と言い、懐から小さな木彫りのお守りを差し出した。


「こいつは俺が昔、整備士やってた頃から作ってる交通安全のお守りだ。相棒によろしくな」


「あ、ありがとうございます……」


 俺はわけがわからないまま、その温かいお守りを受け取った。


 * * *


 A-BOXに戻ると、アンナがぱっと明るい表情で出迎えてくれた。


《お帰りなさいませ、ご主人様! 昨晩から今朝にかけて、酸性含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物温泉、pH値2.1の強酸性泉を合計3回、満喫されたようですね♡ 主な効能は殺菌作用、新陳代謝の促進、皮膚病への効果も期待できますが、ご主人様のお肌の角質もいい感じに……》


「ちょ、ちょっと待て! なんでお前が湯の成分とか、俺が何回風呂入ったかまで知ってんだよ!?」


《ふふっ、ご主人様の体調管理も、私の大切な役目ですもの♡ 浴衣に付着した微粒子と、ご主人様のバイタルサインから解析いたしました♪》


「解析すんな! ……で、肝心の湯畑はどうだったかって聞いてんだよ」


《……むぅ。……それで、湯畑はいかがでしたか、ご主人様?》


 アンナは少しだけ頬を膨らせてから、気を取り直したように問いかけた。


「ああ、すごかったよ。……それより、さっき旅館の主人に会ってさ」


 俺はまだ少し混乱したまま、先ほどの出来事をアンナに話した。


「助手席にかわいいお嬢さんが乗ってるって言われたんだけど……。じいさん、ボケてんのかな……」


《ええっ!? わ、私のことが……見えたんでしょうか……!?》


 アンナはナビ画面の中で、頬を真っ赤にしてあたふたしている。


「んなわけあるか! お前はただのナビだろ! たまたまだよ、たまたま!」


 俺は自分に言い聞かせように、少し早口で言った。


《で、でも……なんだか、嬉しいです……///》


 もじもじと恥ずかしそうにするアンナ。


「……まあ、とにかく、これをくれたんだ」


 俺は、もらったお守りをルームミラーにそっと吊した。


《ご主人様……それは?》


「交通安全のお守りだってさ。『相棒によろしく』って」


 俺がそう言うと、アンナはしばらく黙っていた。


 やがて、ナビ画面に映る彼女は、今までで一番優しい笑顔で、こう言った。


《ご主人様……。私、ご主人様の『相棒』で……本当に、幸せです……///》


 A-BOXは、新しいお守りを小さく揺らしながら、俺たちの日常へと続く道を、ゆっくりと走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。