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スチームパワード アドベンチャー ミアとビアンカ  作者: ELWOOD CRAFTWORKS
第一章 覚醒と陰謀

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第58話「母への報告」―第一章エピローグ


 翌朝。ミアはいつもより早く目を覚ました。工房の二階、自分の部屋の天井を見上げながら、しばらくボーっとしていた。


 帰ってきた。でも、帰ってきたからこそ、行かなければならない場所がある。


 母のところだ。



 一階へ降りると、工房はすでに静かに整えられていた。ジョーズ君が大きな体で床を掃いている。


「おはよう、ミア」


「おはよう、ジョーズ君。……また掃除してる」


「朝の見回りついで。整理されてる方が警備しやすい」


 工房の一階にある二つの空き部屋には、これから引き続きミア達の警護をするジョーズ君と、ギヤ爺が住むことになっていた。


 そして二階は、今まで通りミアの部屋と、ビアンカの部屋。


 国家保安情報局の正式なネオ・ジェノバ支局ができるまでは、この工房が住居兼臨時拠点のようなものになる。


 ビアンカも階段を降りてきた。


「行くのね」


「うん」


「一人で行く?」


 ミアは少し迷ったあと、首を横に振った。


「一緒に来て。お母さんには、最初は私から話す。でも……近くにいてほしい」


 ビアンカは静かに頷いた。


「分かったわ。私も久しぶりに挨拶したいし」


 ジョーズ君が鍵を取る。


「車を出す。情報局の車なら目立ちにくい」


 ギヤ爺が奥の部屋から顔を出した。


「俺も行こうか?」


「ジジイは留守番」


「なんでだ?」


「お母さんに会いに行くのに、いきなりマフィアのボスみたいなジジイがいたら話がややこしくなる」


「まだ言うか!」


 ビアンカが小さく笑った。



 朝食後。情報局の黒い車で、ミアたちはネオ・ジェノバの下町へ向かった。


 ミアの実家は、港から少し離れた住宅街にある。小さな庭に白い壁。古い木の扉がある家に着いた。


 ミアは玄関の前で深呼吸した。

 ビアンカは数歩後ろに立つ。


「大丈夫?」


 ミアは小さく頷き、扉を叩いた。

 しばらくして、扉が開く。


 そこに立っていたのはミアの母、フランチェスカだった。ミアと同じ、白と黒毛の猫族ケット・シー。少し疲れた目をしているが、柔らかな雰囲気の女性。


「ミア!……」


「ただいま、お母さん」


 母は何も言わず、ミアを抱きしめた。ミアも、しがみつくように母を抱き返す。



 居間には、温かい紅茶が置かれた。ビアンカは以前にも会っているため、母は自然に迎えてくれた。


「ビアンカさんも、無事でよかったわ」


「ご心配をおかけしました」


 母はミアを見る。


「飛行艇での事故調査任務のこと、最初は何も聞いていなかったから……本当に驚いたのよ」


「ごめん」


「ローマンに戻った時に電話をくれたでしょう。公聴会があることも、その時に聞いたわ」


 母は机の上に置かれた新聞へ目を向けた。


「結果も、ある程度は新聞で読んだわ。エンリコのことも」


 ミアは膝の上で手を握った。


「お母さん。私、ディクソンさんと会った」


 母の耳がわずかに動いた。


「……そう」


「十年前のこと、聞いた。お父さんは悪くなかった。ディクソンさんが試験を強行して、お父さんは止めようとした。でも事故が起こって、みんなを助けようとして……」


 声が詰まる。

 母は目を閉じた。


「そう。やっぱり、あの人は止めたのね」


「お母さん、知ってたの?」


「証拠はなかった。でも、知っていたわ」


 母は静かに言った。


「エンリコは、危ない実験を押し通す人じゃない。人の命より成果を優先する人じゃないもの」


 ミアの目に涙が浮かぶ。


「ディクソンさん、公聴会で話してくれた。お父さんの名前を、ちゃんと言ってくれた」


「新聞にも書いてあったわ」


 母は少し震える手で、新聞を撫でる。


「十年かかったのね」


「うん」


「長かったわね」


「うん」


 ミアはとうとう泣いた。


「お母さん、ごめん。もっと早く、私が何とかできれば」


「ミア」


 母は首を横に振った。


「あなたは子どもだったのよ」


「でも」


「今、帰ってきて話してくれた。それで十分」


 母はミアの頬に触れた。


「あなたのお父さんは、きっと誇りに思っているわ」


 ミアは泣きながら笑った。


「本当に?」


「本当よ。少し無茶しすぎるところは、心配しているでしょうけど」


 ビアンカが小さく咳払いする。


「そこは私も同意します」


「ビアンカ!」


 母はふっと笑った。


「ビアンカさん、これからもこの子をお願いします」


 ビアンカはまっすぐに頷いた。


「はい。しっかり隣にいます」


 ミアは少し照れたように俯く。


 その後ミアは、これまでの出来事を母に話す。スチームハンターのビアンカと同行して蒸気石鉱脈を探した事。北方採掘場での増幅路暴走事故に遭遇した事。


 その事がきっかけで国家保安情報局の臨時職員にスカウトされた事。カステルッチに向かうスチームライナーでの出来事。


 情報局本部での出来事。バーナード局長、ロイスさん。サム、Qじい、ギヤ爺、フローラ達、特命チームの事。


 カステルッチで知り合った、ソウジロウの事。父親を思い出させてくれた技術屋。バイクレースを通じて、皆んなの笑顔になるものを、作ろうとしている人達に出会った事。


 飛行艇で洋上を飛んだ事。事故調査船での出来事。そして戻って公聴会の対策を準備した事。


 母は驚きながらも、しっかりとミアの話を聞いた。


 もちろん、機密事項や情報に触れる部分については、話さない。エージェントとしての守秘義務はもちろん、母に危険が及ばないようにする為だ。


 そして、ミアが任務中、無茶な行動をした事についても話さなかった。母に心配をかけない為に。


 更にミアが、ローマン共和国と特別技術提携を結んだ事も母に報告する。


 ミアの母には、自分と古代文明の観測者の関係は明かさない。これも母に危険が及ばないようにする為で、ネオ・ジェノバへ戻る前に、あらかじめサムとは話をしていた。


 母にはただ、ミアが蒸気リアクターの完成に繋がる、画期的な技術を発明したので、ミアの工房と契約を結んだ話に留めた。


 今後は、工房の仕事と兼務で、ネオ・ジェノバの海兵隊基地内にある研究所で仕事する事になったと報告する。


 但し、秘密事項が絡む国との契約なので、ミア自身と家族、つまり母にも警護がつく事になると説明した。


 母、フランチェスカは自分の事よりも、ミアを心配する。


 ビアンカが安心させる為、丁寧に警護の体制を説明する。そして力強く言った。


「ミアは私が必ず守ります」


 ミアも言う。


「お母さん。大丈夫、私逃げ足は早いから。お母さんに何かあったら、私達も守るから」


 ミアは母の手を握る。


 最後にミアは、鞄から革のノートの様なものを取り出す。革の表紙を捲るとそこには一枚の写真。


 大統領夫妻と並んで写っている、ドレス姿のミアとビアンカ。


 ミアは照れ臭そうに言った。


「実はこの間、大統領主催の晩餐会に出席したの。その時の写真よ」


 フランチェスカは驚いた。小さい頃から父親の影響で、機械いじりばかりして、女の子らしい格好をした事が無かった娘が、ドレス姿で大統領夫妻と写真に写っている。


「今日は驚かされる事ばかりね。……でも、とても綺麗よ。ミアもビアンカさんも…」


 フランチェスカは写真を見ながら目を細める。ミアは照れながらも、母親の深い愛情を感じた。


 昼近くなって、車で待機していたジョーズを呼んで、皆んなで昼食を取る事となった。


 母の手料理。カチョエペペ。シンプルな黒胡椒とチーズのパスタだ。ミアは久しぶりの手料理を充分に堪能する。


 その後も、ジョーズ君を交え話をする。こんなに母と話をするのは、何年振りだろうとミアは思った。


 すっかり話し込むうちに、夕方近くになる。なるべく家に顔を出すと、母と約束して実家を後にした。



 帰り道。車の中で、ミアは静かだった。ジョーズ君が運転し、ビアンカは隣に座っている。


「気持ち、少し軽くなった?」


 ビアンカが訊く。


「…全部じゃないけど」


「うん」


「でも、あんなに話をしたの、ホント久しぶりだった」


「うん」


「次はビアンカの番ね」


「…えっ?」


「もちろん、ビアンカの気持ち次第だけど…」


「…そうね。ありがとう」


 そう言ってビアンカは少し微笑む。  

 ミアは窓の外を見る。港のクレーン。石畳。工房街の煙突。


「お父さんの名誉、ちゃんと取り戻す」


「戻るわ」


「そして、これからちゃんと作る。人を守る技術を」


 ビアンカは静かに微笑んだ。


「あなたらしいわね」



 夕方。工房に戻ると、コラージョが奥で待っていた。


 ソウジロウから届いたスーパードリーム号の隣で、黒い車体を静かに光らせている。ミアが近づくと、コラージョは柔らかく喉を鳴らした。


 ≪おかえり。大丈夫?≫


 ミアは車体を撫でる。


「うん。大丈夫……少しだけ」


 ≪少しで良い、今は≫


 ミアは笑った。


「うん」


 ギヤ爺が奥から声をかける。


「飯にするぞ。よく見たら、ジョーが台所まで掃除してやがったぞ」


 ジョーズ君が普通に答える。


「調理器具の配置が危険だったから直した」


 ギヤ爺が訊く。


「危険ってなんだ」


「鍋の隣に点火用雷管があった」


 ビアンカがミアを見る。


「ミア」


「それは……前に実験で使って、そのまま……」


「もう。危ないでしょ」


「…はい」


 工房に笑いが起きた。



 夜。ミアは工房の窓から外を見ていた。ネオ・ジェノバの灯りが、海風の中で揺れている。


 父の名誉は戻り始め、仲間は増えた。国家との契約も結ばれた。新しい支局も、飛行艇改造計画も、これから始まる。


 だが、懸念すべき事もある。

 アーリア・インダストリーとデアベルドミッテ共和国の今後の動向。


 そして、まだ話せない秘密もある。


 観測者の代理こと、古代文明のアーカイブAI管理者ビンス・アンドリーニ。ビアンカと同じ姓、アンドリーニ。コラージョの本当の由来。そして本当のこの世界の成り立ち。

 

 ミアはブレスレットに触れた。


「いつか、話さなきゃ」


 コラージョが隣で低く鳴る。


 ≪いつか。みんなで≫


 ミアは頷く。ビアンカが二階へ上がる途中で声をかける。


「ミア、明日はトニーの店でマリトッツォだったわね」


「うん!」


「その前に、工房の危険物整理」


「……うん」


「返事が遅い」


「ちゃんとやる」


 ギヤ爺が下から言う。


「俺はバーに行く」


 ビアンカが即答する。


「一杯半までよ」


「まだ言うか!」


 ジョーズ君が静かに言った。


「フローラさんに報告しておく」


「するな!」


 また笑い声が上がった。ミアはその声を聞きながら、窓の外の夜を見た。


 この場所から始まる。

 また、ここから。


「なんか、楽しみ」


 小さく呟く。


 そして、ミアの工房の灯りは、ネオ・ジェノバの夜に温かく溶け込んでいった。


第一章 完

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