ボール遊び
「なるほどなぁ…ありがとう。貴重な情報でとても助かる」
「それならよかったです」
エリンさんの角のことを話終えると、ガンドルヴァルガさんはまた本を広げて作業に戻る。
「では私達はそろそろ出ましょうか」
横で眺めていたアリシアさんがそう言って空になった籠を持つ。
「すまんな。さっさとまとめて各国やギルドに報告をせんといけなくてな。アリシア、扉の横の木箱にボールが入ってたはずだからそれでリネとナズナと中庭で遊ぶといい」
「なるほどあのボールですね。懐かしいです」
大人に見えるアリシアさんも遊んだことがあるボールということは少し古いものなんだろうか。
アリシアさんが木箱から見た目は普通の茶色い革製の拳大のボールを手に取る。
「それでは主様。あまり根を詰めすぎないようにしてくださいね。ナズナさん、リネさん、行きましょう」
「お邪魔しました」
「ああ、次はもっと色々見せてあげられるようにさっさと終わらせておくよ」
「ありがとうございます」
実験室を出ると長い階段のことを思い出す。
「さあナズナさん。行きましょう」
そう言うとアリシアさんが私の前で背を向けてしゃがみ、器用に後ろに回した両手で私のお尻を支えて慣れた様子ですっと背負い、階段を降り始める。
「アリシアさんは子供の頃からここに住んでいるんですか?」
「はい。このお城で育ちました」
「そうだったんですね」
「母の身体が弱って、お腹の中の私共々死んでしまうというところを賢者の杖の方に助けていただいてこのお城で生まれたそうですよ」
「ご両親もお城にいらっしゃるんですか?」
「いいえ。母は私を産んで数日後に。父は遠く離れた北のカムルスという山岳地帯に住んでいますよ」
「…ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。私ももう二百くらいになりますから昔の話ですよ」
「え?二百歳?」
「そこのリネさんだって五百くらいなんですからそんなに驚くことじゃないですよ」
「そういえばそうですね…」
「リネさんは竜ですから五百でもまだ子供ですけれどね」
リネが知ってか知らずか元気にわふっと答えたのが可笑しくてアリシアさんと二人で笑う。
「そういえば年齢の話になるとナズナさんは零歳ですのに、とてもしっかりしていますね」
「そういえばそうですね。けど…同じ人工霊のミーティアさんも目覚めた時にはもうあの姿だったそうなのでそれが普通なのかも知れないです」
「作った人や使っていた人の何か影響なのでしょうか」
「そうかもしれないですね。黒い髪と茶色の瞳は勇者と同じようなので」
会話をしているとあっという間に階段を降り終え、アリシアさんが背から下ろしてくれる。
「ありがとうございます」
「さあナズナさん、リネさん、これの出番ですよ。さあリネさん取ってきてくださいね!」
そう言ってアリシアさんが先程持ってきたボールを中庭の中央に向かって投げると、リネが嬉しそうに尻尾を振り回して走ってボール追いかけていく。
放物線を描いていたボールが急に上に曲がりだして縦に円を描いて飛んでいく。
そして戻ってきたところをリネがぴょんと跳ねて上手にボールを咥えて戻ってくる。
風も吹いてないのに何が起きたんだろう。
「投げる度に変な軌道で飛んでいく魔法のボールなんです。主様が作りましたのでナズナさんも遠慮せずに投げてみてください」
また顔に出ていたのか普通に説明してくれただけなのかアリシアさんが教えてくれる。
「ほらリネさんが戻ってきましたよ。よしよしいいこですね。さあ投げてあげてください」
リネが尻尾を振ってボールを見つめている。
これには抗えそうにない。
私はアリシアさんからボールを受け取って、にぎにぎと感触を確かめる。
「わかりましたアリシアさん。リネいくよ!」
右手から放たれたボールが左右にくねくねと蛇行しながら放物線描いて飛んでいく。
何かいろいろを無視した動きでちょっと気持ち悪い。
けどちゃんと私でも使えるみたいだ。
そんなボールも難なく空中で咥えて戻ってくる。
「よしよし、上手だねリネ」
「さあリネさんまたいきますよ。それっ」
アリシアさんが投げたボールが今度は勝手に右に大きく逸れていき、中庭をぐるっと弧を描いて飛んでいき左から戻ってくる。
ブーメランだ。魔力がすっからかんでも勇者の記憶を思い出すみたい。
アリシアさんが戻ってきたボールを取ろうとしたところでぐんと急加速して飛んできてボールに追いついて咥えたリネが勢いのままアリシアさんに突っ込む。
アリシアさんがリネを抱えて後ろに倒れて尻餅をついてしまう。
「二人とも大丈夫ですか?」
「大丈夫です。リネさんも元気そうですね。ですがリネさん、私だからよかったもののナズナさんに体当たりなんてしちゃだめですからね」
ちゃんと意味を理解したのかリネが少し落ち込む。
「リネも怪我したら危ないから人や物はちゃんと避けるか止まるんだよ?ほら、次のボールいくよ!」
リネが喜んでボールを追いかけていく。
アリシアさんが起き上がり、それを微笑みながら見つめていた。
投げる度に変な軌道で飛んでいくボール遊びは夕方になって空が橙色に染まるまで続いた。




