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物を壊さずに済んだみたい

「主様、お昼ご飯をお持ちしました」


 実験室の中は相変わらず物で溢れているようで、リネが興味津々に匂いを嗅ぎ回っている。

 ガンドルヴァルガさんは机で何やらたくさんの本を広げて考え事に集中しているみたいだ。


「主様、少し休憩にしましょう」


 アリシアさんが籠を机の上に乗せてそう言うと、こちらにようやく気づいたようで、上を見上げながら眉間を押さえる。

 目が疲れているんだろうか。


「すまない。休憩にするとしよう。アリシア、お茶を淹れてくれ」

「かしこまりました」

「あの忙しいのでしたら、私とリネは部屋に戻りますね」

「いやいや、気にせずにいろいろ見てくれてかまわんよ」

「ナズナさんもお茶をどうぞ」


 てっきり厨房にお茶を淹れに行くのかと思いきや、テーブルの上に置いてあったポットからカップにお茶を注いでいる。

 用意してあったんだろうか。


「ありがとうございます」

「今ならここの物に触っても平気かもしれないぞ?」


 そう言っておどけた顔でサンドイッチを食べ始める。


「よしよし、今日はピルメン入ってないな」

「はい。私ではなくナズナさんがお作りになりましたので」

「それは凄いな。良くできているよ。うまいぞ」

「ありがとうございます。よかったです」


 恥ずかしくなってお茶を飲んで誤魔化す。

 ちょっと渋いけどなんだかお花の香りがして落ち着く気がする。

 一息ついていると、リネが本を一つ咥えて近づいてくる。


「どうしたの?読んでほしいの?」


 リネから本を受け取ってから、素手だったことに気づき、身体が固まってしまう。


「ナズナさんどうかしましたか?」

「いえ、その、素手で持ってしまって」


 私は正直にアリシアさんとガンドルヴァルガさんに本を差し出す。


「大丈夫だ。落ち着いて、本を開いて植物の名前を言ってみなさい」


 何か部屋の空気を感じ取ったのか、私の不安を感じ取ったのか、リネが床に伏せて、上目遣いに周りをちらちらと見ている。


「大丈夫だよリネ。私の不注意だから、リネは何も悪くないんだよ」


 リネの頭を空いた手で撫でてあげた後に本を開く。

 気づかなかったけど前に見た植物図鑑だ。だから植物の名前を言ってみなさいなのか。


「大丈夫。その本はわしが作ったものだから壊れていてもすぐに直せる」

「えっと、じゃあ…ブブ!」


 本のページがゆっくりと動き出し、速度を上げて捲れていき、ぴたっと止まる。

 懐かしい丸い葉の真っ直ぐな木と紫色の実の絵が描かれている。

 ちゃんとブブのページだ。

 私は本のページを落ち込むリネに見せる。


「リネ見て。一緒に食べたブブの実だよ。また一緒に食べようね」


 すくっと起き上がりわふっと答えて尻尾を振り回すリネの顔をわしゃわしゃとしてあげる。


「大丈夫だったみたいですね」

「はい。そうみたいです」

「安心なさい。本来はそれが普通なんだ」

「そうなんですか?」

「水の精霊だって触れるもの全てを濡らしてしまうわけではないし、火の精霊だって触れるもの全てを燃やしてしまうわけじゃないからな」


 確かに必ず何かが起きていたら生活が大変そうだし、もっといろんな森に何かの痕跡がありそうだ。

 何かあるわけでもないけどなんとなく手を眺めてしまう。


「主様、調査の方は順調なんですか?」

「なんとも言えんな。エリュも手伝ってくれているが原因はまだわからん」

「魔物の調査と聞きましたが何かあったんですか?」


 リネをまたわしゃわしゃしながら聞いてみる。


「まだ何かあったわけではないが、新種の報告と大型化について調査を頼まれていてな」


 そういえば迷宮の私の荷物ってどうなったんだろう崩壊に巻き込まれて消えたのか燃えて塵になってしまったのか。

 魔物から取れた結晶は何だったんだろう。


「あの迷宮でも魔物に遭遇しました」

「ああエリュから聞いているよ。大きな太った竜のような魔物に鹿の魔物に大きな蛇の魔物と戦ったと」

「大きな太った竜のような魔物から黒い結晶みたいなものが出てきたんですけど、あれは何だったのかなって」

「それは魔石と呼ばれるものだが魔物から出るのは珍しい」

「そうなんですね…」


 もしも持って帰ってこれていたら何か調査の役に立っただろうか。


「鹿のような魔物の角も消えずに残っていたのですがそれはよくあることなんですか?」

「いいや、角が残ることも珍しい。調査の発端になった魔物も角が生えていたという報告を受けておるんじゃ、詳しく話してくれないか?」


 私は鹿のような魔物と戦った時のことを思い出しながら、どうやら他の仲間を食べていたこと、角から雷を放ってきたこと、角は消えずに残っていたことを説明する。


「その角に色はついてなかったか?」

「いいえ、真っ黒でした」

「そうか。しかし強力な魔法を使ってきたという報告は同じだな…更に共食いをしていたら角に色がつくのか…」


 ガンドルヴァルガさんが考え込んでしまう。

 言うべきだろうか。

 エリンさんに緑色の角が生えたことを。

 やっぱり言おう。


「あのガンドルヴァルガさん」

「むっ…すまん考え込んでしまってたか」

「エリンさんと戦っている時に切り落とした角から新しく緑色の角が生えてきたんです」


 ガンドルヴァルガさんが驚いた顔をその時初めて見た気がした。

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