やりきったと思う
エリンさんの顔にはまるで張りぼてが着けられていたかのように、黒い鱗も牙も角も散っていき、苦悶する薄い桃色の唇と綺麗な白い鼻筋、しかし細められた瞳は黄色く光り、艶やかな髪は真っ黒になっている。
まさか手遅れだったんだろうか。
「もう…充分だから…」
「…まだです!」
エリンさんの顔が人の姿に戻ったことで勢いづき、更に魔力をエリンさんに浴びせる。
「もっと…せめて…人の姿に…!」
「ああああああああああああああああぁ………」
最後の魔力を振り絞る。手のひらから溢れ出す白い光が視界の全てを包み込み、世界が白色に染まって、私の魔力が手のひらから消えていく。
そのまま身体の力も抜けて倒れると、暖かくて森のようないい香りがする。
両手には柔らかで沈み込むような感触がある。
「…あなたの名前を聞いてもいい?」
夢で聞いた優しいエリンさんの声が聞こえる。
「ナズナです…ガンドルヴァルガさんと…エリュさんに頼まれて…助けにきました…」
「あなたはなぜ…ユウキの刀と…盾を?」
「刀と盾の…勇者の武器の精霊…だから…です」
「そう…だから…ユウキの魔力が…それにあの子達も……」
身体が全然動かせない。
「ごめんなさいエリンさん…身体が動かなくて……重くないですか?」
「平気だよ……その…盾を消してくれる?」
「わかりました…」
少し迷ったけど身体が動かないので信じることにして手足を押さえ込む四つの鉄塊を消す。
「ありがとう…」
そっと頭を優しく撫でられ、エリンさんが頭と背中に手を回すとゆっくりと私を抱いたまま身体を起こしてお姫様抱っこのように持ち変えられる。
ちょっと恥ずかしい。
そして自分の身体がどうなっていたかが目に入る。
両足が膝の辺りまで透けていて、ぼろぼろの両手も肘の辺りまでケープの青色が透けている。
まだエリンさんの手足も関節から下が黒いままだ。
「ごめんなさい…治し…きれなくて……」
「ナズナは十分よくやってくれたよ…戻ってこれたのはあなたのおかげ…」
「でも、」
「そろそろ…迷宮が崩壊するわ…主を失った迷宮は元の姿に戻るから…」
「私達は…どう…なるんですか?」
「一応…元の遺跡に魔法で戻されるはず…」
私は崩壊に巻き込まれるのかな。
「ケープを脱がして…着てください……遺跡の入口にエリュさんとリネが仲間と…待ってるはず…だから…」
「じゃあ…少し借りるね…」
エリンさんが青いケープを外して、私を優しく床に寝かせてくれる。
青いケープを羽織って胸元を隠す。
するとエリンさんが私を見て驚いた顔をする。
「この怪我……私が?」
戦っていた時のことは全く覚えてないみたいだ。
「いいえ…違います……ここに来るまでに…魔物にやられたんです…」
壁や天井がひび割れゆっくりと砕けて離れて消え始めていく。不思議と音はなく、静けさが際立っている。
エリンさんが不安そうに辺りを見渡す。
「普通よりも……崩壊が早いみたい…」
「みんなに…よろしくお願いします…私は多分帰れないから…」
「大丈夫だよ…しっかり療養すればきっと魔力も回復す………あなた、もしかして…魔法が?」
「はい…私はユウキさんの魔力から…生まれたようなので…魔法が効きにくいので…もしかしたら…そうじゃなくても、もう…身体の感覚が……」
自分の身体を見ることは出来ないけど、何となくどんどん透けていってるんだろうなということは不思議とわかる。
怖くはない。ただ申し訳なさでいっぱいだ。
横で座っているエリンさんの身体が光り出す。
「まだダメっ!…この子を助けないと…ナズナ!しっかりして!」
「エリン…さんは、夢で見た通り…優しいんですね…」
さっきまで調子が良いくらいに感じていたのに、今はもう眠たくて眠たくて堪らない。
「指輪を……握らせて…くれま…せんか?」
エリンさんが私のお腹や胸をまさぐり、首から下げられた指輪に気づく。
それを首から外して私の透けて先が見える右手に持たせて握らせてくれる。
こんな見た目でも触れるみたいだ。
そして右手を胸に置いてくれる。
「ありがとう…ございます…」
「その指輪、ユウキの刀に似てるね…」
「はい…作った人が…同じみたい…です…」
「誰かからの贈り物?」
「はい……友達から…」
気づけばもう、何も見えない。天井が崩れて無くなったからか、目蓋を閉じているからなのかもわからない。
黒くも白くもない。何もない世界に放り出されたみたいに身体が何処かへと流れていっているような気がする。。
身体の感覚も無ければ動かす力も無く、ただ流れていっているような気がする。
「レイゼリアさん…リネ…」
最後にエリンさんに何か言葉でも残して伝えてもらおうと思ったけど、もう喋れないみたい。
でも、生まれたてにしては頑張ったんじゃないかな。
勇者も子供達も来ないし、花畑に気づいたらいるなんてこともない。
ただただ私が薄くなっていく。
もう無い背筋が凍って、自分が消える瞬間になって今さら恐怖が押し寄せる。
もう無い胸が締め付け踏み潰されるみたいに痛む。
そして私が消える。




