まずは誘導、そして正体を
翌朝、子犬姿のリネを頭に乗せて集落から南西方向に森を歩いていく。
子供達は社会勉強の名目で避難させているらしく、戦士に連れられて近隣の街を見て回っているそうで、村に残っているのは戦士と出産を控えていて動かせない妊婦のみだと夕食を届けてくれた戦士長さんが教えてくれた。
村の防衛にリネを置いていこうかとも考えたけど、リネは私についてきてくれた。
「ここが泉みたいだね」
森の中に現れた泉の縁でブーツを脱いで鞄にしまい、足の裏から魔力を出しながらそっと泉に降りる。
沈み込むこと無く反発して泉の上に立てることを確かめてから盾を水平に出して上に座り、泉の中央でエトゥトゥを待つ。
族長さんに聞いた話では泳いでいるところを見たことはないけど、泳げるという情報は口伝されているお話にあるそうで、エヤという子が川で流されたところをエトゥトゥが泳いで助けたという話らしい。
逆にテシトという子を笑いながら食い殺し、ヤイハンという戦士に牙を全て抜かれて退治された話なんかもあるらしく、エトゥトゥの生態の予測はつかない。
ぱちゃんっと水面に小さな波紋が広がって消える。
「魚…かな」
頭の上のリネはくぅーんとか細く鳴くだけで、リネにもわからないみたいだ。
リネが頭の上で立ち上がると、どこかから低い唸り声が聞こえてくる。
誰かが水場を占領された気分にでもなって不機嫌になっているんだろうか。
「エトゥトゥ?」
リネがアンと小さく鳴く。
どこからくる?出来れば一撃で首を落としたい…。
刀もそれまでは出さないでおこう。どうせ虎と鍔迫り合いなんて出来ない。
リネが左の後ろ足を足踏みする。
私はすぐに左後方に振り向くと、弧を描いて静かに何かが速度を上げながら一気にこちらへと近づいてくる。
全身に魔力を回して青いケープのフードを被ってリネを覆ってあげ、いつでも跳んでように避けられるように構えると、深く潜ったのか動きを止めたのか弧を描く波紋が突然消えてしまう。
そして盾の真下の水面が盛り上がった瞬間に大きく跳び上がると、ガキィッと硬い音が響いて盾が軋み、ギリギリと悲鳴をあげる。
「リネ、揺れるからね」
盾を四つにバラけさせて水面に叩き込んだ隙に泉に立ち、エトゥトゥの気配を探る。
どうにか姿が見えないことには斬るための目算もつけられない。
「どこに…」
盾に噛みつけるくらいなら元のリネくらいの大きさはあるのかもれないけど、どうやって姿を消しているのか。
リネにも気づけないほどとなると魔法によるものだとは思うけど、それを打ち破る術が思いつかない。
また一瞬だけ私に向かって水面に弧が描かれて消える。
次の瞬間、激しい飛沫と波に足元を掬われて、気がついた時には水の中を漂い、出した盾にしがみついて大急ぎで水中から飛び出すと、がちっと歯のぶつかる音が足元を掠める。
「ぷはぁっリネ無事!?」
くぅーんと頭の上で聞こえてフードを脱ぐと、リネがぶるぶると身体を揺らして水を飛ばす。
まるで鰐に襲われている気分だけど本当に虎なんだろうか。
「姿が見えないって強い…」
リネがアンアンと鳴き始め、ゆっくりと盾を水平にしながら盾の上に立ち上がろうとすると右腕にズキッと痛みが走り二の腕からズキズキと血が流れていることに気づく。
利き腕をやられるなんて運が悪い…水中に落とされた時に掠めたのだろうか。
青いケープには傷がないことを考えると、また勇者のケープに助けられたみたいだ。
気持ち悪くて手袋を脱ぐと腕を伝って血が中に溜まっていたようで、私の右手が真っ赤に染まっている。
「この血をエトゥトゥにかけられたら…」
手袋をあえて着け直し、頭の上のリネを抱いて顔を合わせる。
「お願いリネ、花畑に連れていってくれる?」
リネが私の頭の上から飛び立ち、狼くらいになったところで盾から飛び移ってしっかりと掴まるとすぐに花畑に飛んでいきそっと着地してくれる。
私はすぐにリネの背から降りて、右の手袋に血が溜まるの待ち、いっぱいになったところで四つの鉄塊に自分の血をまんべんなく出来るだけたくさん塗っていく。
「みんなごめん…リネ、エトゥトゥは?」
覚悟を決めたのかリネがわふっと吠えて姿勢を低くし臨戦体勢をとる。
リネが唸り声をあげ始めて突然飛び出すと、ガサッと黄色の花が揺れ、私はその方向に盾を飛ばして揺れた辺りで分裂させてそれぞれを高速回転させて私の血を撒き散らす。
しかし何も見えず作戦は失敗だと思った瞬間にリネが見えないエトゥトゥに噛みついたのか空中で身動ぎながら必死に牙を向き、私はリネを勇気に応えるために魔力全開で血のしたたる手袋を左腕で思いきり投げつける。
血飛沫を出しながら飛んでいった手袋がパーンと何かに当たって血を弾けさせ、空中に真っ赤な血痕が浮かび上がると、アールネスの神エトゥトゥがその姿を現し始める。




