おはよう
私は手袋を外して改めて台の前に立ち、そっとリーシルのおでこに指先で触れる。
少しだけ黒い煙ようなものが出てくる。
効果はあるみたいだ。
彼女をそっと両手で包む。
黒い煙が溢れ出てきて、リーシルが見えなくなる。
意気込んだもののなんだか不安になってきて、アリシアさんとガンドルヴァルガさんを見る。
「主様!」
「うむ、任せろ!」
ガンドルヴァルガさんが杖を出して構えると、黒い煙が杖の先に吸われていく。
徐々にリーシルが苦悶の表情を浮かべる。
「リーシル!頑張って!」
「ぐっがっ!ごあああああああああ」
口や目からも煙が溢れ出し、まるで溺れているかの様に喉を掻き毟り、両手を天に仰ぐ。
このまま続けていいのか不安になって、ベッドに一度置くと肩で息をしながら、リーシルが起き上がる。
「リーシル?」
「はぁはぁ、誰だ貴様はぁ、その黒い髪に、茶色い瞳、まさか勇者の子孫か!」
とても低く潰れたような声で突然そんなことを言う。
「お前みたいな子供なら!一緒にあの世に連れいってくれるわっ!」
紫色の光を放つ黒い塊がリーシルの身体から飛び出し、私の胸に飛び込んでくる。
私は盾を出して咄嗟に防ぐと、盾の向こう側からボジュウと焚き火に肉汁が落ちた時のような音がする。
「ユウキ?」
綺麗な鈴のような声が聞こえて盾をしまう。
ベッドに横たわったままリーシルがこちらを覗いている。
「おはよう、リーシル。その、私は勇者でも人でも無いそうです」
「そう、じゃあ、私と一緒ね。私は妖精だもの」
そう言って優しく微笑む。
「そうだね。一緒だね」
「そうよ、ごめん少し、休むわ」
「うん。またあとで」
「えぇ」
そっとリーシルに布団を掛け直す。
「彼女を助けてくれてありがとう。やはり君は呪いを解くこともできるようだな。アリシア、リーシルを庭園に移してあげよう。ナズナは身体に異常はないか?」
「はい、びっくりするほどなんともないです。リーシルを持っていただけですし」
私は手袋をつけなおす。
「そんな悲しい顔をしないでおくれ。君のおかげでリーシルは長い眠りから覚めることが出来たんだ」
私は悲しい顔をしていたらしい。
けれど自分が人間ではないのだろうという諦観のようなものを確かに感じている。
アリシアさんがベッドごとリーシルを持ち、ガンドルヴァルガさんが扉を開け閉めしてくれる。
私は自分が武器だという実感の湧かないまま、二人についていく。
途中アリシアさんが庭園に行くために別れ、私はガンドルヴァルガさんに連れられて、城の二階の一室の前に着く。
「エリュ、入るぞ」
ガンドルヴァルガさんが部屋の扉を開けて中に入る。
部屋中に植木鉢あり、草花の香りが立ち込めている。
「師匠、おはようございます」
寝間着のエリュさんがベッドで上体を起こす。
私は気まずくてガンドルヴァルガさんに隠れる。
「ナズナ、ごめんなさい。やりすぎたわ」
「はい」
「ナズナ、刀を出してみなさい」
ガンドルヴァルガさんに言われ、刀を抜く。
「エリュ、お前のやり方は間違ってはいたが目的は果たしていたようだ」
「そのようですね」
「ナズナ、先程の話の続きをしよう。私の妹の名はエリン」
藁色の髪の緑色の瞳の女性が脳裏に浮かぶ。
「勇者の仲間…」
「そうだ。彼女は魔法使いとして勇者と共に魔族と戦った。そして彼女もまた呪われてしまった。わしらはこれでお互いの安否を確かめている」
そう言ってガンドルヴァルガさんが金色の紐取り出すと、キラキラとしている。何かの毛を編んだもののようだ。
「私のはこれよ」
エリュさんが腕を出して金色の紐を見せる。ガンドルヴァルガさんのものよりも色褪せて見える。
「この通り体調によって変化があるわ」
そう言ってエリュさんがお腹をめくると包帯でぐるぐるに巻かれていた。
「破片か何かが当たっていたんですか?」
「いいえ、違うわ」
「そしてエリンのはこれだ」
色褪せて、白っぽくなり半分は黒ずんでボロボロだ。同じ金色の紐だったとはとても思えない。
「昔、魔王のいたムーダンジアという国に攻め込む前にエリンが預かっていてくれと置いていったものだ。この紐があればお前が窮地に陥った時、必ず助けに行くから持っていけと言ったんだが、エリンは」
彼女の言葉がはっきりと聞こえる。
「私達にもしものことがあったら皆を守って」
「あぁそう言っていたよ」
「そしてムーダンジアが失くなるほどの爆発が起きてエリンを含めた勇者達は行方不明」
「リネも、一緒だったんですか?」
「リネは当時、まだ幼く、安全のため森へ置いていったと言っていたよ」
「それであの森に…?」
「私は彼らを探した。そしてムーダンジアの近郊の森で結界に封じられていたリーシルと怪我をしたレイゼリア姫を見つけ、話を聞いた。ムーダンジアにたどり着く前に幹部達による奇襲にあい、何かをされてしまって眠り続けるリーシルを怪我をした私が守りながら隠れていたと」
「私はリーシルを更に強固な結界で守り、一度彼女を森に残してレイゼリア姫とムーダンジアへと赴いた」
私の脳裏に勇者の仲間達が浮かんで消える。笑顔ではなく、血濡れの虚ろな顔で。




