メイド服
お城の食堂の厨房には狙い通りアリシアさんがいて、何かを取っ手付きの籠に入れている。
ガンドルヴァルガさんに持っていくんだろうか。
「ナズナさんもうお腹が空きましたか?」
「いえまだそんなにですが、アリシアさんに用があって、もしかしたらここにいるかなって」
「私に用事ですか?なんなりと申し付けてください」
「師匠にリリクラのお世話と庭園の管理のお手伝いを頼まれたんです」
「エリュさんがそんなことを?お仕事が長くなりそうなのでしょうか…わかりました。昼食後に脱衣室で待っていていただけますか?」
「わかりました」
アリシアさんが忙しそうに籠を持って厨房を出ていく。
師匠から特に何か聞いている様子もなかったみたいだけど大丈夫だろうか。
「とりあえずリネのお肉出しておこうね」
わふっと答えるリネを食堂に待たせて食糧庫からお肉を運んできてテーブルに置いておき、喉が渇いていたのでアリシアさんのミルクを飲む。
何か音がする。
誰か帰ってきたのか、お昼を食べに来たのか。
しかし誰かがくる様子はない。
「リネ、何の音かわかる?」
リネに聞いてみると、あっちとでも言うかのようにぱたぱたと一定の方向を向いたまま跳ねる。
リネの指す方向は中庭の方だ。
アリシアさんもガンドルヴァルガさんも忙しくて気づいてないのかもしれない。
「ありがとうリネ。行ってみよう」
リネが案内してくれるのか、私の言葉を理解してか、先に走り出し、後を追いかける。
食堂を出ると声が大きくなり、誰かが叫んでいるようだ。
「おーい!誰かいませんかー!」
「はい!ここです!」
中庭の着いて声をかけると、こちらに気づいたのか駆け寄ってきてくれる。
見たことのない男の人で寒くないのに暖かそうな格好だ。
そして男の人の後ろには大きな翼の竜が中庭のど真ん中でお行儀よく座っている。
「ガーレル飛竜便です。賢者の城の方ですか?」
「はい。一応…」
返事をしてしまったけど私は魔法使いでもメイドさんでもない。そういえば私はどういう扱いなんだろう。
「こちらを賢者様に」
書簡のような筒を手渡すと、竜の元へ小走りで戻っていって手慣れた様子で翼を伝って背に乗ると突風を巻き起こしながら飛び立っていく。
何かを言いながら手を振っているけど風の音で何も聞こえない。
とりあえず手を振り返しているとすぐに見えなくなってしまう。
「ナズナさんありがとうございます。お手紙ですか?」
いつの間にか中庭に来ていたアリシアさんに声をかけられる。
「ガーレル飛竜便さんが賢者様にってこれを」
今渡されたばかりの書簡をアリシアさんに渡す。
「速いことで有名な飛竜便ですね。これは…アルセルからでしょうか…ナズナさんも一緒に行きますか?」
アルセル、レイゼリアさんの国だ。
気になるけど実験室までの長い螺旋階段は軽い運動に収まるだろうか。
「気になるけどお忙しそうなのでやめておきます」
「そうですか。わかりました、ではまた後で」
「はい」
アリシアさんが実験室の方へ歩いていくのを眺め、リネと食堂に戻る。
少し冷たくなくなったお肉をリネにあげ、私はアリシアさんが作っておいてくれた豆のスープとパン食べた。
食べ終えても誰も来ない。
少なくともエリンさんは来ても良さそうだけどやっぱりまだまだ本調子ではないかもしれない。
食器を下げて、リネと脱衣室に向かう。
お風呂掃除でもするのかもしれない。
脱衣室に入り、アリシアさんを待つ。
特に洗濯物が溜まっている様子もない。なぜここが待ち合わせ場所だったんだろう。
壁側に置かれた長椅子に座って、リネ撫でているとしばらくして扉が開く。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「大丈夫です。みなさんお忙しそうなのでお手伝いがんばります」
「ありがとうございます。早速こちらに着替えていただけますか?」
服を手渡されて、すぐ着替えるとアリシアさんの着ているメイド服の子供サイズのようだ。
いつもアリシアさんが付けている肘まで覆う大きなミトンもある。
けど股がなんか冷える気がする。
「もしかして、アリシアさんが小さい時の?」
「ええそうです。よくお似合いですよ」
ふと、ノーパンという言葉が浮かぶ。
「アリシアさん、そういえばシャツとパンツを脱いだのはおかしかったですか?」
「いえ…子供はそれが普通かと思いますが…」
「そう…ですか…」
スカートの中に何も履かないのはおかしいと勇者の記憶が訴えている気がする。
とりあえずはアリシアさんに従っておこう。
着替えのために脱衣室だったんだろうか。
「庭園の行き方を説明しますね」
「行き方?」
「はい。中庭とは別で関係者以外は立ち入れない様になっているんです。こちらにどうぞ」
脱衣室の脱いだ服を入れておく籠の入った棚の一段目の一番奥の籠をアリシアさんが取る。
「こちらを見てください。このボタンを押すと入口が開きます」
アリシアさんが籠を避けた棚の奥に四角いボタンがある。
「押してみてください」
「わかりました」
押してみるけど特に音とかはない。
「壁に入ってください」
「壁に?」
「こっちですよ」
ボタンのある右の奥の反対の浴場への扉を挟んで左の奥の壁にアリシアさんが手を入れている。
勇者のお墓の石の扉みたいになっているんだろうか。
アリシアさんに続いてリネと一緒に中に入ると、見たことのない草木や花で溢れる綺麗な景色が広がっていた。