冊子と木刀
賢者さまがうるさいからと不満げに部屋に戻るエリンさんと別れ、私も自分の部屋に戻る。
扉を開けると、リネが駆け寄ってきてくれる。
「ただいまリネ」
尻尾をぶんぶん振って鼻先をお腹にぐりぐり押し付けてくるので、わしゃわしゃと撫でてあげる。
満足したのか私の懐から抜け出て、扉を掻く。
「外に出たいの?」
わふっと答えるので扉を開けてあげると、廊下を駆けていき、奥の方の部屋の扉を掻いている。
確かあそこは師匠の部屋だ。
でも勝手に抜け出したりしないでリネは偉い。
しかし感心してる場合じゃなかった。
みんな魔物の調査で忙しくて師匠もガンドルヴァルガさんの手伝いで忙しいはずだ。
「リネ!師匠はお仕事だから邪魔しちゃだめだよ?」
部屋を出て走ってリネの方に走ると、扉が開いて師匠が出てくる。
「廊下で大声を出したらアリシアに怒られるわよ。リネ、ありがとう」
そう言って師匠がリネの頭を撫でる。
ありがとうとは何のことだろう。
「リネに言っておいたのよ。ナズナが戻ってきたら教えてってね」
「私に用事ですか?」
走って師匠の部屋の前にたどり着き、リネの背を撫でる。
「ええ、ちょっとね。私も城を出ないと行けなくて。とりあえず中に入って」
「わかりました」
師匠が扉を大きく開いて、私とリネを部屋に招き入れる。
部屋の中は今日も鉢植えでいっぱいだ。
一つだけ前と違うのは机の上の大量の紙束だろうか。
椅子を出してくれて腰掛けると、師匠はベッドに腰掛ける。
「これのお世話をお願いしたくてね。リリクラよ」
茶色い鉢植えに赤い大きな蕾が土から出ている。
鉢植えに卵が乗っかっているみたいだ。
「お水をあげればいいんでしょうか?」
「ええ、そうよ。土が乾いたらお水をたっぷりあげて。それと庭園の方も手伝ってあげて」
「庭園…リーシルが眠ってる?」
「そう。実は私とアリシアで交代で管理しているの。しばらく城を空けることになるからアリシアのこと手伝ってあげて?」
「わかりました」
どこに行くのか聞いてもいいんだろうか。
「あの…どちらに行くんですか?」
「西の砂漠の方に行ってくる。先に行ってるトーチカと合流して、魔物の調査ね。植物の姿をしてるらしくて、直接来て、見てほしいんだって」
「そうなんですね…」
「身体の方は大丈夫?」
「さっきミミリさんに診てもらって、まだ武器や魔力は使っちゃダメだけど、軽い運動くらいなら大丈夫と言われました」
「良くなっているみたいでよかったわね。まだ早いけどこれも渡しておくわ」
師匠が、机の紙束の中から冊子を一つ取り、私に差し出す。
受け取って表紙を見ても何も書かれていない。
「あなたに師匠として教えられることをまとめておいた。それとこれを」
三角帽子から何やら棒を取り出す。
少し反りのある木の棒…もしかして木刀?
「いろいろ調べてみたんだけどキコクの武士の子はこれで練習したり遊んだりしていたそうよ。散歩に行くにしても丸腰よりはいいでしょ?」
そういえばナイフが失くなってしまったから何も持っていない。
「ありがとうございます」
「ナズナは何かある?」
みんなに怒られていることはずっと気になっているけど、師匠にこれ以上心配をかけたくない。
「大丈夫です。リリクラのことは任せてください!」
空元気だと師匠にはばれているだろうか。
「そう…じゃあよろしくね。私はこの後師匠の所へ挨拶に行ってからすぐに立つから」
「わかりました…気をつけて行ってきてくださいね」
「ありがとう。ナズナも無理はしないでね。リネ、しっかり無茶しないよう見張ってるのよ」
丸くなっていたリネが元気にわふっと答える。
「では失礼します」
「ええ」
師匠の部屋を出て、自分の部屋に戻り、木刀を扉の横に立て掛け、机に座って冊子を開いてみる。
最初の方に書いてあったのは基礎的な刀の使い方と、何かの技、今読むと試してみたくなりそうで、一度冊子を閉じて、引き出しに大事にしまっておく。
「リネ、後でお昼を食べたらアリシアさんにお手伝いのことと森に出てもいいかどうかを聞きに行こう?」
わふっと答えてくれるかと思いきや、私のベッドでぐっすり眠っているみたいだ。
師匠がくれた木刀を手に取り、軽く素振りをしてみる。
すごく軽い木刀なんじゃないだろうか。
勇者の刀は自分の一部だからか普通に使えていたけど、私の腕力は多分普通の子供と変わらない。
小さな子供でも軽く感じる木を使ってわざわざ仕事の合間に木刀も、そして冊子も作ってくれたんだろうか。
師匠が帰ってくるまでに魔力が使えるように戻っていればいいけど、先は長そうだ。
普通に運動しても大丈夫と言われるまでは冊子は我慢だ。
素振りをやめて机の横に木刀を立て掛ける。
机の上の太陽と月の置物を見ると、もう少しでお昼みたいだ。
もしかしたら早めに食堂に行けば、アリシアさんに会えるだろうか。
ぐっすり寝てるリネはどうしよう。
さっきまでお留守番していてくれたし、やっぱり部屋から出してあげた方がいいだろうか。
「リネ起きて。少し早いけど食堂に行かない?」
ぴくぴくと耳を動かして頭を持ち上げ起き上がりベッドから降りると、尻尾を振ってこちらを見る。
一緒に行ってくれるみたいだ。
私はリネにお礼を言って部屋を出た。




