真実と
淡々とした夢がそこにありました。
私にはその日、その時の全てが夢にしか感じられなかったのです。
部屋の中は血まみれで、目の前には表情一つ変えないあやがいます。
すべてがぼんやりとしていましたが、心の中は得体のしれない清々しさがありました。
得体のしれない、という表現をしたのは、嘘ではないのです。
私はあの日に感じた、恍惚とした清々しさを感じた事はありません。
破滅を得て感じた生。もし例えるならばそのような表現になるのかもしれません。
「……初めて見た。みどり、自分で腕を切ったの?」
どういう事? と声をだそうとしたのですが、口が、体が動きません。
「腕。すごいことになってるよ」
私は鉛のような体で自分の腕をみました。腕はぱっくりと割れ、白い脂肪のようなものが見えていました。それが手首から腕にかけて無数にありました。
今ではそんなものは珍しくもなんともないかもしれませんが、当時は1999年です。
「気持ちがわるい」
「私、腕なんか切っていない」
「気持ちがわるい」
パニックになりながら立とうとすると、頭が真っ白になりそのまま倒れそうになりました。あやがいなければ、そのまま倒れてしまっていたでしょう。
「あんた、立たない方がいい。多分だけれど酷い貧血になってる。唇が真っ青だよ」
あやは私をベッドに寝かせると、部屋を見て何かを思案しているようでした。
そして、笑顔を浮かべました。
「すっごいね。なんかこうなるんだね。部屋が血まみれだよ」
私の部屋にあったミニコンポは赤く染まり、天井の照明も赤く染まっていました。
世界はぐるぐると回っています。私はベッドの上にそのまま吐いてしまいました。水が飲みたい。酷い水への飢え。
「水を持ってきてほしい」
「分かった」といい、あやは部屋から出ていこうとしましたが、扉を開ける直前で立ち止まりました。
彼女は、私が胸からえぐり取って、箱に入れておいた「あの突起物」を指差しました。
「ねえ、みどり。この子、どうするの?」
「……捨てる」
「……ふーん。……あんた、まだアイツのこと、好きなの?」
「……会うかも」
あやは、私のことではなく、床の「箱」をじっと見つめたまま言いました。
「あいつはろくなやつじゃない。知っているでしょ。……なのに、そっちは捨てるんだ」
私は何も答えませんでした。ろくなやつじゃない、そんな事は分かっているのです。だけれど、思い出が私を手放してくれないのです。それは前に見た全身が記憶を再生するあの悪夢(執着)ではなく、ただ純粋な彼の記憶でした。
「そうあいつは優しくて素敵。でもそれが何だっていうの。私には関係ない。そう関係ない」
あやは吐き捨てるようにそう言うと、そのまま外に出ていきました。
小さな声が聞こえました。
“もう知っているんでしょ?”




