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恐怖日和  作者: 黒駒臣
33/132

強盗

  

  

「センパイまだですかぁ?」

 山中の長いドライブに辟易したのか、闇夜にただ恐怖を感じているだけなのかわからないが、助手席の鉄二が音を上げ始めた。

「もうすぐだ。ほら見えてきた。あそこだ」

 辰也はヘッドライトに浮かんだ山沿いの待避スペースに車を入れてエンジンを止めた。

 しんとした暗闇に囲まれる。

「本当に真っ暗ですね、辰也さん」

「なになに、お前怖いの?」

 後部座席の冬真の声に鉄二が笑う。

「鉄二さんほどビビりじゃありませんよ」

 すぐ返されて鉄二の舌打ちが聞こえた。

「こんなとこでもめんなよ」

 辰也は運転席から二人を見遣った。少しだけ闇に慣れた目が輪郭だけを捉える。

「センパイ、ほんとに金持ちの家があるんすか」

「ああ、前にここを通った時その山の上にでっかい屋敷が見えたんだ」

 辰也は暗くて何も見えない場所を指さし「家があるのはそこだけで隣近所に何もない」と説明する。

「確かにそんな場所なら住人さえ押さえ込めば後はゆっくり物色できますね」

 後部座席からの声に、

「そういうこと。

 だが、屋敷までのルートがわからなくて何回かここに通って調べた。で、そこに細い坂道があるんだが、上っていくと玄関先に辿り着くらしい」

 辰也はもう一度暗い部分を指さしたが、もちろん車内からは何も見えない。

「細いってどんなっすか?」

「車は入れない。周囲が蜜柑の段々畑に囲まれたあぜ道のような道だ。たぶん防犯のための工夫だろう。そこを徒歩で上っていく」

「じゃ、あんまり重いものや大きなものは盗れませんね。車まで運ぶのが大変ですから」

「そうだな。現金に通帳かカード、宝飾品、まあそのバッグに入るような高級品はとりあえず全部入れろ」

 冬真の横に置いた三個のボストンバッグをあごでしゃくった。

「こんなど田舎にお宝あるんすかね?」

「ど田舎の大屋敷だからあるだろうよ」

 ふんっと鉄二を鼻で弾き、辰也は冬真から手渡された目出し帽を受け取ってかぶった。

「借金返せるほどの収穫あったらいいな」

 そう言いながら帽子をかぶった鉄二に冬真が「それな」と笑う。

 この二人には金が欲しい理由があった。だからこの計画に誘ったのだ。

 ドアを開けるとつんと甘酸っぱい蜜柑の花が香っていた。

「行くぞっ」

 辰也はバッグを手に勢いよく外に出た。


 いくら人目がないとはいえ懐中電灯を点ければ誰かに発見される恐れがある。辰也は手探りで目的の坂道に近付いた。

「ひとつも街灯ないっすね。防犯するなら普通つけると思うけど」

 辰也の肩をつかんでついて来る鉄二がつぶやく。

「必要ないんだろ」

「な、なんか逆に怖いっすね」

 肩から鉄二の震えが伝わってくる。

「それだけ田舎なんですよ。僕たちには好都合じゃないですか」

 後ろの冬真に鼻で笑われても「そうだよな」と覇気がない。

「ここだ」

 坂道に沿って張られたフェンスに触れて辰也は振り返った。闇の中に二人の気配だけ感じる。

「鉄二、先に行け」

 辰也は道を譲った。

「ええっ、なんでっ?」

「しっ」

「セ、センパイから行ってくださいよぉ」

「だめだ、お前が逃げないとも限らないし。それに上って行けばいいだけだから簡単だろ?」

 辰也は冬真の後ろに移動した。

「怖いんですか、鉄二さん」

 笑う冬真に、

「そりゃ怖いだろうよ、ったく」

 不満を隠しもせず、鉄二が坂道を上り始めた。続いて冬真、辰也が続く。

 坂道は細いがちゃんとコンクリートで舗装されていたので歩きやすかった。それでも転ばないようフェンスを伝って進んでいった。

「うわっ、これなんだ」

「ちょ、ちょっとぉ」

 立ち止まった鉄二とぶつかる冬真の声が闇に響く。

「静かにしろっ。いったいどうしたんだ?」

 辰也も立ち止まって注意する。

「目の前になんかあるんすよ。触った感じ、ビニールシートで覆われてるみたいな――」

「ああそういえば、白いシートを被せたものが途中にあったな。ロープでぐるぐる巻きにして」

「蜜柑運ぶモノレールじゃないですか? 収穫時期以外は片してあるんですよ、きっと」

「でもこれ通り道の真ん中っすよ。こんなとこに普通あります?

 それに――これ、機械って感じしないっていうか」

 鉄二の声にぺたぺた触る音が重なる。

「うわっ」

 突然の叫び声に辰也は念のためポケットに入れておいたペンライトをつけた。

 鉄二が白いシートの物体に伸しかかられている。触れたせいで横倒しになったわけではなく、物体自身が蠢いて鉄二を襲っていた。

「う、うわあ」

 冬真が後退り、辰也にぶつかる。

「早く進めっ」

「で、でも――鉄二さんが――」

「いいから今のうちに。でないと俺らもヤバいぞ」

 冬真を押しのけ、白い物体ともがく鉄二を跨ぎ辰也は先を急いだ。

「ま、待ってください」

 冬真が追いかけてくる。それを確認してペンライトを消した。

「あ、あれなんなんでしょう? 一見、マネキンの胴体がシートにくるまれているみたいでしたけど。でも、それならふつう動きませんよね――鉄二さんどうなるんでしょう」

 背後で冬真の声が震えている。

「分け前が増えると思えばいいさ」

「そ、そうですね」

「しっ。もうすぐ着く」

 その時、がさっと音がして立ち込める蜜柑の花の匂いが揺らいだ。

「ぎゃっ」

 冬真が悲鳴を上げた。

 辰也は急いでペンライトをつけ、冬真を確認する。

 ブルーシートの物体が冬真に伸しかかっていた。これもロープがぐるぐる巻かれ、マネキンの胴体のような形をしている。

「た、助けてぇ」

 手を伸ばして苦し気な声を上げる冬真を無視し、辰也は屋敷へと急いだ。


 玄関前に着くと辰也は重厚な木製の引き分け戸を静かに引いて戸を開けた。

 広い三和土に身を滑らせ、音を立てないよう靴を脱ぎ、上がり框にバッグと脱いだ目出し帽を置いて上がり込む。

 目の前には長い廊下が伸びていた。躊躇なくそこを進み、値打ちのありそうな襖絵を三部屋分素通りした辰也は一番奥の金襖を開けた。

 二十畳ほどの奥座敷の真ん中に敷かれた布団の中で酸素マスクをつけた老人が横たわっている。

 辰也は色のない老人の顔を覗き込み、耳元で話しかけた。

「ちゃんと二人連れて来たよ、お祖父ちゃん。これで後継者の試験に合格したのかな?」

 皺の奥で薄目を開けた老人が白く濁った眼球で辰也を見、小さく頷くとそのままこと切れた。

 すぐさま隣室の襖が開き、正座で控えていた十数人の使用人の中から白衣の医師が出て老人の臨終を確かめた。

 執事を先頭に使用人たちが辰也に向かって深々とお辞儀する。

「おめでとうございます旦那様。わたくし共々みなこれからも一生懸命お仕えいたします」

 挨拶を終えた執事が合図を送ると使用人たちはそれぞれの業務に戻り、残った数人は遺体の処理に取りかかる。

 白衣姿は知らぬ間に消えていた。

 庭番の男がおずおずと辰也に近づいてくる。

「お車は駐車場に回しておきました。あの――これはどういたしましょうか」

 坂道に放ったままにしていた二つのボストンバッグを持っている。

「上がり口に置いてあるのも一緒に全部処分しておいて」

「かしこまりました」

 深く首をたれ庭番が去って行く。

 自分はこの屋敷にふさわしい主になれるだろうかと考えながら、辰也はその後姿を見送った。


 早朝、浅い眠りから覚めた辰也は蜜柑の花が香り漂う坂道を下った。

 数メートル下りた蜜柑の木の下にロープでぐるぐる巻きの白いシートにくるまれたものがあった。鉤裂きにめくれた穴から冬真の目が覗いている。

 辰也は見開いたまま動かないその目を見つめた。

「これからお前はこの家の守り神だ。もう借金や世のしがらみに悩まされることはないぞ」

 そう言い、めくれた部分を戻して手のひらで撫でた。

 シートの穴は何もなかったように元通りに塞がり、それを確認すると辰也はもう一人の守り神のほうへと坂道を下っていった。


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