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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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打ち上げ花火


  

  

「ぼくな、さっちゃんこと好きやさけ。花火いっしょに行こうな」

 ちょっとだけお(つむ)の弱い近所の男子がわたしを神社の花火大会に誘ってきた。

「いやや。よっくんと行くやなんて。おもしろないわ――

 あ、そやっ、打ち上げ花火取ってくれるんやったら、行ってもええよ」

 わたしは意地悪な笑いを浮かべて無理難題を押し付けた。これならきっとあきらめるだろう。

「そんなん言うてもあんなもん取れやんやん」

「じゃ行かへん」

 よっくんはうつむいたままじっと何か考えていた。(くう)を見つめたまま唇を突き出したり引っ込めたりしている。こういうふうに固まってしまうとどれだけ時間がかかるかわからない。

「ほな、うちお母ちゃんに浴衣着せてもらわなあかんさけ、帰るわ」

 聞いているのかどうかわからないが一応そう伝え、わたしはよっくんの前から立ち去った。


「気ぃ付けて行っといで。知らん人についてったらあかんよ」

 新品の可愛らしい朝顔柄の浴衣を着せてもらい、お母さんに見送られて玄関を出る。

 去年は子供の兵児帯(へこおび)だったが、今年は浴衣に合わせたお洒落で少し大人っぽい帯を巻いてくれた。

 髪は、これも去年はゴムで結っただけのポニーテールだったのを今年はちゃんと結い上げてくれて、朝顔模様のトンボ玉の(かんざし)で飾った。

 きっと、今年もわたしが一番かわいらしわ。

 にんまりして団扇を仰ぎながら下駄をからころ鳴らして神社に向かう。

 途中、民家の植え込みの陰からよっくんがひょっこり出てきた。

「うわぁ、さっちゃん、かわいいなぁ」

「あ――ありがとぉ」

 こいつに褒められても意味ないんやけど――そう思いながら、一応お礼は言っておく。

「なぁ、ちょっとこっち来て。花火つかまえるさけ」

 そう言いながらわたしの手に向かって伸びてきたよっくんの手をぎりぎりでかわす。今は暗がりで見えないが、伸びっ放しの爪がいつも真っ黒に汚れているのを思い出したからだ。

「いやよ。そんなんウソに決まってるやん」

 早く神社に行かないとマナブ君の隣をみきちゃんに取られる。

 大好きな男子の顔とライバルの顔を思い浮かべ、よっくんを無視して先に進もうとした。

 だが、

「なあほんまやさけ、なあ来てえな、なあ、なあっなあっなあっ」

 よっくんが激昂し、だんだん大声になってくる。こうなると誰も止めることができないし、やがて大泣きして暴れ出す。

「ちっ、うるさいな。ほんまにちょっとやで」

 こんなところで大泣きされてはこっちが恥ずかしく、よっくんをそんな状態にしたわたしが大人たちに責められかねないので、仕方なく後をついていった。

 神社裏の川(べり)に着くと、よっくんは得意げな顔でわたしを振り返った。

 ははぁん、川面に映った花火を「取った」て言うつもりやな。あほくさ。

「言うてる間に始まるやん。もう、うち行くで」

 よっくんは黙ったまま、そばに置いてあったバケツで川の水を汲んだ。

 ひゅるるる、どーん。

 花火の打ち上げが始まった。

 色とりどりの花がバケツの中に咲く。

「なっ。取れたやろ」

 にっと笑った顔にわたしはひどくむかついた。

 よっくんのくせに小賢しい。

 無視して行こうとすると手首をつかまれた。

 じっとり汗ばんだ熱い手の平にぞっとして、怒りも相まって力いっぱい振り払った。

 ひゅるるる、どーん。ひゅるるる、どーん。

 次々上がる花火の音に混じって、ばっしゃあんと大きな水の跳ねる音が聞こえたが、振り向きもせずそのままその場を立ち去った。

 不快感と怒りで、それが何を意味する音なのかその時は気づかなかったが、もし気づいたとしてもきっと振り返らなかっただろう。

 翌日、よっくんが行方不明だと村中が騒いでいたが、わたしは知らん顔していた。

 それからもよっくんはずっと不明のままだったし、わたしも二度と花火大会に行くことはなかった。


 あれから十数年が経つ。

 高校進学を機にわたしは村を離れて過去などすっかり忘れ去っていた。きょうは恋人を両親に紹介するため村に帰ってきたのだが、折しも花火大会の日で、ぜひ観たいと彼に乞われて近くの川縁に来た。

 神社で見るよりも迫力に欠けるが、ここからでも充分楽しめる。

 ひゅるるる、どーん。

 久しぶりの打ち上げ花火はとても懐かしく――ふと何かを思い出しそうになったが、光に浮かぶ彼の端正な横顔に見惚れてしまい、結局思い出さなかった。

 ひゅるるる、どーん。ひゅるるる、どーん。

 空に咲く色とりどりの花火と幸せに酔いしれ、背後から聞こえるぽたぽたと滴る水音と辺りを漂う腐敗臭にまったく気づかなかった。



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