明けた彼方の君の海
君の海に沈みたいと思う。
どうしても足のつかない、底につくことのない深い君の中の深い海に沈んで、
そのまま息絶えてしまえたら、
『――どれだけしあわせだろう』
*
くすんだ曇り空を彼方に眺めながら、倫子は小さく息を吐いた。
無機質な白い室内で、息が詰まりそうになりながら、必死に肺を膨らませて呼吸する。
大きな窓の向こう側に広がる荒廃した灰色の世界で、倫子は小さく息を吐いて生きてきた。
死にかけて生き延びてまた死にかけて、必死になって世界に喰らいつこうとしては、裏切られてばかりの小虫のように。
こんな日はどうしても動けない。
全身に走る施術痕だったり、妹の名前だったり、もう二度とこない生理だったり――いろいろな鎖が倫子の身体をがんじがらめにして、鉛のように重たくする。
自重に耐えられなくなって、皺の寄ったシーツに倫子は突っ伏した。
壁一面の窓は、体勢を変えてもその灰色の空を倫子に見せつけてくる。
このままずぶずぶと沈んでいって、暗い地面の中に埋もれていってしまうのではないかと怯えながら倫子は息をしていた。
「橘」
皺の寄ったシーツがむくりと盛り上がり、そこから雲雀が現れた。
その瞬間ぱちりと目が覚めたように瞬いて、倫子は笑った。
「おはよ」
「間抜けな顔」
そんな倫子の額にデコピンして、雲雀はその鉛のような身体を抱き寄せた。
「また動けなくなっちゃったの」
「息だけしてる」
「充分」
倫子の髪に鼻を埋めながら、雲雀は倫子のように小さく息を吸った。
倫子からはいつも血の匂いがする。
或いは傷の生乾きのような匂い。
どこも負傷していないのに、その匂いがこびりついて離れない。
ぎりぎりの均等で保たれている、動く肉の塊。
「今日は寝てればいい」
この空がやがて暗くなり夜になり、風の向きが変わって明日になっても。
「君が動けないなら、僕も動かない」
そうしてふたりで海の底に沈むように、眠ることができたらいい。
『君という名の動かぬ海に沈んで、ひとつになれたら』