Episode5 呪いと婚約者・11
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それから一年ほどの月日が経ちました。
「ミーダ、めっ」
「にゃーお」
ポカポカ陽気のこの日、お庭では一歳になるアイーダが、アミダを捕まえては叱りつけています。
でも実際は、アミダの方が「駄目だよ! アイーダ。畑の薬草ひっこぬいちゃ」って言っているので、叱られてるのはアイーダの方のはずなのですけどね。
「ま、ま、って」
ヨチヨチ歩きのアイーダは、何でも興味津々。危なくって目が離せません。
アイーダの一番のお気に入りはアミダです。いつもアミダの行先を追いかけていき、隙あらば抱っこしようとして、そのたびにアミダにするりとすり抜けられています。
「まーっ、み、だ」
ほらまた。悔しそうに地団駄を踏むアイーダ。追いかけても追いかけても、アミダの方がすばしっこいです。
私だけに聞こえる声で、「アイーダになんか捕まらないよー」って言って笑ったアミダは、外からやってきた人物に持ち上げられてしまいます。
「あーだ!」
「アイーダ、またアミダをいじめてんの? まだ小さいくせに気が強いよね」
アミダを抱きかかえたのはゲンくんです。12歳になったゲンくんは以前よりずっと背が伸びて、私とそう変わらなくなってしまいました。
「ゲンくん。いらっしゃいませ」
「アミさん、お茶頂戴。また絵を描かせてよ」
「はい!」
私がいそいそと家の中に入ろうとすると、ゲンくんはアミダを切り株の上に座らせてポーズととらせています。
ゲンくんは、アミダを初めて見た時からアミダがお気に入りなのです。一応、元があのぬいぐるみだということはふせているのですが、ゲンくんはおそらく気づいているのでしょう。
アミダを見た途端、「神秘的な猫だね」って言ったかと思うと一気にスケッチを一枚描きあげ、まだまだ物足りないとでも言うように、週に一度はアミダを描きに来るのです。
「綺麗な色だな」
とても愛おしそうに毛並みを眺めるゲンくんに、アミダもまんざらでもないようです。
そして私の魔力のコントロールはと言えば、お恥ずかしい限りなのですが未だに上手に出来ないのです。
「ええと、まずは深呼吸して。平静、平静」
お茶を入れるのにさえ、気を落ち着けてからという面倒くさい状況で、嫌になってしまうのですが、自分の魔力を自由に扱えるようになるまでは仕方ありません。
落ち着いて、飲む人にとって良いことを願います。ゲンくんにとってだったらこう。
『気分が落ち着いて素敵な絵が描けますように』
悪い魔法じゃないのなら、多少かかったとしても問題ないでしょう。
そうやって時間をかけて入れ終えた二人分の温かいお茶と、アイーダ用の冷たいお茶、そしてアミダ用のミルクを持ってお庭に向かいます。
「いいなぁ、ホント綺麗。アミさん、アミダ俺にくれない?」
ゲンくんはうっとりとした顔で、アミダを見ては指を滑らせていきます。
「駄目ですよう。アミダは私の大事なお友達ですもん。でも会いにきてくださるのはいつでも良いですよ。お待ちしてます」
「うん。もっとアミダで色々描きたいなぁ」
今日のゲンくんの絵は柔らかいタッチで、アップのアミダと薬草畑が描かれています。
「ゲンくんの絵はいつも素敵ですね」
「好きなものを描いてるからね。俺、気持ちが乗らないと描けない方なんだ。こんなに創作意欲沸くの久しぶりだよ」
褒められたのが嬉しいのか、アミダは恥ずかしそうに尻尾を振ります。そこへ、割って入るのが我が娘アイーダです。
「あーだ! イーの!」
「え? うわ、やめろよ、アイーダ」
むくれた顔で、ゲンくんのスケッチブックを下から押してきます。
「アミダはアイーダのだって言ってるみたいですよ」
「ホント気が強いね。まだまだチビの癖に」
「ゲー、キライ」
「でた。キライばっかり上手だよな。アイーダ」
ゲンくんに頭を小突かれて、アイーダは悔しそうに頭を抱えています。
そうなのです。アイーダは結構かんしゃくもちで、何故か一番最初にはっきり言えるようになった言葉が『キライ』なのです。
「女の子ですし、可愛い言葉を覚えて欲しいんですけどねぇ」
そもそも、大好きばっかり言って育ててるのにどうしてこうなるのでしょう。子育てとは思ったようにはいかないものなのですね。
「ぱー、くる」
アイーダは突然顔を上げると、大通りに繋がる道の方を向きました。アイーダがこういうときにはお師匠様が帰ってくるのです。
勘の強い子なのかもしれないし、何か不思議な力を持っているかもしれません。魔法使いの娘ですもの。能力がちゃんと発覚するまで気は抜けません。
「ぱー! かぇり!」
薬ビンを袋一杯に持ち帰ってきたお師匠様に、アイーダがタックルします。あああん、危ない!
だけど流石お師匠様。空いた方の手ですっとアイーダを抱え上げて事なきを得ました。アイーダは今10キロ近くあります。私なんかは長時間抱っこしてるのが辛いくらいなのですが、お師匠様は力持ちです。
「ただいま、アイーダ、アミ、アミダ。それに、……来てたのか、クソガキ」
「アイーダの口が悪いの、アンタに似たんじゃないの?」
「お前かもしれないぞ。しょっちゅう出入りしてるじゃないか」
「ほらほら、二人ともやめてください。そういう会話って全部子供に聞かれてるんですよ?」
私が間に入ると、二人は気まずそうに黙りこくって。
沈黙が辛いなって思う頃、「みゃーお」とアミダが空気をほぐしてくれます。
「さあ、お師匠様も来たし、みんなでお茶にしましょう。お師匠様の分も入れてきますね!」
「ああ。疲れたから元気でそうなやつ入れてくれ」
「はい! 特別念じておきます!」
お師匠様のは特別です。敢えてふんだんに魔力を込めて作りましょう。
お口はちょっと悪いですが、とっても効き目のある優しいお薬を作る、優しくて格好いい魔法使い。私の大事で大好きな旦那様。どうかずっと元気でいてください。
幸せ気分でお茶を入れていると、お師匠様の声がしました。
「アミ、客が来た。風邪薬の作り置きを三本出してくれ」
「はぁい、ただいま」
風邪薬の瓶を三本、紙袋に入れて持って行きます。
疲れた顔をしたお母さんらしき人が、小さな男の子を連れてきていました。咳をしているのはお子さんの方です。
「お待たせしました。はい、特製の魔法薬です」
「まほうやく?」
お子さんは、咳が辛いのか涙目になっています。
「そうです。皆を元気にする幸せのお薬ですよ」
「ありがとう。おねえちゃん」
ほっぺを赤くした男の子がにっこり笑うと私もなんだか幸せ気分です。
「魔法薬って素敵ですね」
嬉しくなってそういうと、お師匠様が何故か顔を赤くしています。
「……どうしました、お師匠様」
「いや。何度聞いても気恥ずかしい。幸せのお薬とか素敵とかいうフレーズ」
「そうですかぁ? 看板に書いても良いくらいですのに」
「やめろ。俺はそうなったら外を歩けない」
「なんでそう照れ屋さんなんですか!」
そこがお師匠様の素敵なところでもありますけど、ここは押しどころかも知れません。
「そういうフレーズつけるだけで女の子は嬉しいものですよ。そうです、『幸せを呼ぶ魔法のお薬屋さん』って店名を変えてみたらどうでしょう」
「やめろ!」
脳天に一発です。ううう、痛いですよう。こういうところは手加減ないのですもん。
「いいから早く茶をもってこい。休憩終えたら薬作りだ。ゲンがいるうちならお前も手伝えるだろ」
「はい! 頑張ります」
薬作りも子育ても、まだまだ未熟な私。ちゃんとお師匠様のお役にたてるように頑張って、いつか最高の魔法薬を作って見せます。
その時には、思いっきり褒めてくださいね? お師匠様!
【fin.】
これにて完結です。
最後まで読んでくださりありがとうございました(^^)




