第五話
俺は窓際の椅子に腰掛け、魔導書を開いた。
さて、何から調べよう。
魔法なんて、ゲームや漫画で見た程度の知識しかない。そもそも、この世界の魔法がどんな仕組みなのかすら分かっていないのだ。
まずは基礎から。そう思い、目次をざっと眺めていると、気になる項目が目に入った。
『魔力量の測定方法』
おっ、ちょうどいいじゃないか。
自分がどのくらいの魔力を持っているのか。それを知らなければ、何を学ぶにしても始まらない。
俺は早速該当するページを開いた。
どうやら、この魔導書には魔力を測定する機能が備わっているらしい。指定されたページに手を置くだけで、魔力量と魔法の適性が表示されるのだとか。
か、かっこいい!俺の厨二心が刺激される。
前世にも、触れるだけで自分の能力を教えてくれる本があればよかったのに。いや、そんなものがあったとしても、自分の能力の無さに気付いて落胆してしまうかもしれない。
そんなくだらないことを考えながら、俺は説明に従ってページに手を置いた。
すると、紙面が淡く光り始めた。
「おおっ」
思わず声が漏れる。
やがて光が収まると、ページの中央に数字が浮かび上がった。
『90』
「……九十?」
思わず首を傾げる。
数字の下には、雷を思わせる紋章と、葉をかたどった紋章が並んでいた。
なんだこのマーク。雷と風……?
首を傾げながら説明書きを読み進めていくと、どうやらこの数字が俺の魔力量で、その下の紋章が魔法の適性を示しているらしい。
魔法適性は、炎、水、雷、風の四種類。
そして、一般的な魔力量は五十程度だという。
……俺、結構すごいのでは?
いや、待て。基準が分からないから何とも言えないが、一般的な数値より四十も高いのだ。少なくとも、平均よりはかなり上らしい。
それにしても、魔法適性が二つあるのは珍しいことなのだろうか。
俺は自分の手を見下ろした。
道理で、こんな小さな体でもトリーを虐めることができたわけだ。
体格では敵わなくても、魔法の力があれば話は別なのだろう。ましてや、これほどの魔力量を持っていたのなら、相手をねじ伏せることだってできたのかもしれない。
いや、だからといって許されるわけではないけれど。
なら、どうやって魔法を使うんだ?杖があるわけでもないし。呪文でも唱えるのか?
そう考えながら魔導書を読み進めていくと、今度は『魔力の使用過多について』という項目を見つけた。
俺は気になってそのページを開き、説明を読み始めた。
どうやら、魔力を使いすぎると身体に負担がかかるらしい。症状は軽い疲労から始まり、ひどい場合には意識を失うこともあるのだとか。
なるほど。魔力にも限界があるわけか。いくら魔力量が多くても、無闇に使えばいいというものではないらしい。
俺はふと、トリーのことを思い出した。
あいつは一体、どのくらいの魔力を持っているのだろう。
今までのリュートは、トリーのことを何だと思っていたのだろうか。
執事だから、命令すれば従うのが当たり前。自分より立場が下なのだから、何をしても許される。そんなふうに考えていたのかもしれない。
けれど、トリーだって本の中の一キャラクターだったが、今では現実に存在する一人の人間だ。疲れることもあれば、傷つくことだってある。
前世では、俺だって身に覚えがある。無理な仕事を押しつけられて、疲れていても笑顔を作って、平気なふりをして。
だからこそ、分かるはずなのに。
俺は小さく息を吐き、魔導書に視線を戻した。
自分の身辺調査も含めて、読み進めていく。
む、難しい。専門用語が多すぎる。
さっきから同じ一文を何度も読み返している気がする。文字は読める。意味も、なんとなく分かる。だが、頭に入ってこない。
そもそも、今日は色々なことがありすぎた。
転生して、自分が問題児だと知って、母親と食事をして、トリーに警戒されて、魔法の勉強まで始めたのだ。
うーん、前世よりは幾分かマシだが、やはりこの身体に慣れていないせいか疲れるのがいつもより早い。
俺は一度だけ目をこすり、もう少しだけ、とページをめくった。
よし、この調子で歴史書を読んでみようか。魔法の基礎をひと通り確認した俺は、続けて歴史書を手に取った。ところが、気になる項目を見つけるたびに貴族名鑑やら家系図やら別の本を開いてしまい、知らないうちに何冊もの本が机に積み上がっていた。
──いつの間にか、数時間が経っていた。一日のほとんどを図書室で費やしてしまったらしい。
気づけば、窓から差し込む夕日の光も傾き始めていた。
いかんいかん、集中しすぎた。前世でも仕事に没頭しすぎて、気づけば日付が変わっていたことが何度もあったが、まさか異世界に転生してまで同じことをするとは。
いや、今は仕事じゃない。自分のための勉強だ。そう自分に言い聞かせ、再び本に目を落とす。
あと少し。
本当に、あと少しだけ。
そうして俺は、いつの間にかまぶたが重くなっていることにも気づかず、文字を追い続けていた。
やがて、視界がぼんやりと霞み始める。
魔導書から漂う微かな木の匂いに包まれながら、俺は静かに眠りに落ちた。
「……ん、んん」
ゆっくりと目を開けると、目の前には開きっぱなしの魔導書があった。
……あれ。俺、寝てたのか?
顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。どうやら、思っていた以上に長い時間眠ってしまったらしい。
それにしても、なんだか暖かい。
ふと肩に目を向けると、毛布が掛けられていた。
「お目覚めッスか、ご主人ちゃん?」
「うわっ!?」
隣から声がして、思わず肩が跳ねた。
見ると、トリーが隣の椅子に座っていた。
「と、トリー? いつからそこに?」
「ついさっきッスよ。迎えに来たら寝てたんで、毛布を持ってきたんス。風邪ひいたら大変ッスからね~、うぇいっ」
トリーはいつもの明るい調子で笑った。
そっか。わざわざ毛布を持ってきてくれたのか。本当によく出来た執事だな。
俺は毛布をそっと握り、トリーを見上げた。
「ありがとう、トリー」
自然と笑みがこぼれる。
「おかげで暖かかったよ」
「…………」
……あれ?
トリーが固まっている。
いつものへらへらした笑顔のまま、ぴたりと動きを止めていた。
「……きゅん?」
「え?」
なんて?
「……あっ、い、いや! なんでもないッス!」
トリーはすぐにぱっと笑みを浮かべ直した。
「そ、それじゃ、ご主人ちゃん! そろそろ戻りましょう! もうおやすみのお時間ッス!」
「あ、ああ……」
なんだかよく分からないが、本人がなんでもないと言うのなら、そうなのだろう。
俺は毛布を畳んでトリーに返し、椅子から立ち上がった。
──今日はまぁ、割と収穫はあった。魔法のこと、この家のこと、俺がこれから入学する学園のこと、それから、俺の苗字が「ベネディクト」だということ。まだ情報は少ないが、コツコツ集めていけばいいだろう。
今日はよく頑張ったぞ、リュート・ベネディクト!
次回は閑話を予定しております。




