第一話
享年、二十七歳。
世間で言う所謂ブラック企業に勤めていた俺は、入社して早五年、過労で死亡してしまった。
まぁ多少は予想のついていたことではあったが、あまりにも突然のことだったため、唯一仲の良かった姉貴にさえ別れの言葉を告げることも出来なかった。
すまん、姉貴。俺は先に行く。俺の分もしっかり生きてくれよ。
これで俺の生涯は幕を閉じる……と思ったのも束の間、突如として辺りが白い光に包まれた。
あまりの眩しさに咄嗟に目を瞑ったが、次の瞬間、俺の身体がふんわりと浮いたような感覚に襲われた。
なんなんだこれは。まるで高級羽毛布団に包まっているような心地良さ。ここは天国か?いや、もしかしたら地獄かもしれない。
目を閉じながら考えていると、不意に隣から人の気配を感じた。
「あれ〜?珍しいッスね。こんな時間まで起きないなんて。」
ハスキーでどこかやんちゃな声が聞こえてくる。もしかしたら俺を地獄に連れていく死神なのかもしれない。と、馬鹿げたことを考えて恐る恐る目を開けてみる。
すると、そこに広がっていたのは知らない天井だった。
シルクのように滑らかな白い天井に、金色の装飾。鼻腔をくすぐるアロマの香り。ここはもしかしたら、本当に天国なのかもしれない。
「あっ、やっと起きた。うぇ〜い、おはよッス。ご主人ちゃん。」
ふと声のした方向に顔を向けてみると、そこには少し伸ばした金髪に、両耳に光る派手なピアス。そしてそれらには似つかわしくない、きっちりとしたバトラースーツを身に纏った美青年がいた。
見知らぬ青年に、貴族のように豪華すぎる部屋。これはまさか……
「ご主人ちゃん?どーしたんッスか?顔色悪いッスけど。」
「え?あぁ、いや……」
やっぱり俺は転生したのか。こんなラノベみたいな展開をこの身で体験することになるとは。人生捨てたもんじゃないな。いや、一回捨ててるな。
とりあえず、よく分からないこの青年……身なりからして執事か?うん、執事の話に合わせておこう。こんなギャル執事見たことがないが。せめて女の子……巨乳ギャルが良かった。
「うぇい、ご主人ちゃん?話聞いてるッスか?」
脳内で考え事をしていたら、話を遮られてしまった。
「え、あぁ、すまん。何の話だ?」
この話し方でいいのか?貴族っぽいか?
「んもう。そんなに考え事に夢中なんて、オレのこと置いてけぼりッスか?トリー傷ついちゃいますよーっ。」
トリー?
トリー。
どこかで聞いたことあるような名前に、俺は眉を顰める。
『トリーはね、見た目はチャラいけど一途ですっごくかっこいいの〜♡本名は、トリスタン・デラクルワ。名前も超かっこいい!』
金髪、ピアス、執事服。軽薄な口調に、「うぇい」という独特な口癖。
頭の中で、姉貴が語っていた人物像と目の前の青年が重なっていく。
「トリー……?」
「はいはい、なんでしょう?」
トリスタン・デラクルワ。
俺はこいつを知っている。
「助けて!きらめきっ☆聖女さま!」
確か、そんなタイトルの小説だったはずだ。
姉貴が狂ったようにハマっていた恋愛小説で、同人誌も十冊は出していただろう。おかげで、俺も嫌というほどその話を聞かされている。
その小説のあらすじは、ある日異世界に転生した女子高生が聖女になり、その後出会った皇太子に見初められ、そのままイチャラブ直行。どこにでもあるような量産型の異世界小説だった。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
問題は、このトリーという男の結末だ。
原作のトリーは、仕えていた主人に虐待されながらも、ひたすら忠誠を尽くしていた。やがて聖女と出会い、主人への忠誠が報われないと知るが、聖女は皇太子と恋に落ちてしまい、失恋したトリーは心を壊し、最後には自死してしまう。
あまりにも酷すぎないか。この本の作者は人の心がないのだろうか。
……いや、待て。仕えていた主人に虐待されていた?
「…………」
俺は改めて、目の前の青年を見つめた。
もしかして俺は、トリーを壊した張本人、悪役モブ令息になってしまったのか。
おいおい、冗談じゃない!
確かに転生先の相場は大抵悪役であるが、まさかこの俺が実際に体験することになるとは。ああ神よ、これは人選ミスです。俺にまともな役が務まると思いません。
……でも、せっかくの二度目の人生だ。貴族になったんだし、思い切り遊んで暮らしてやる。だが、目の前で人が死ぬのは寝覚めが悪い。そのためには、トリーの死亡フラグをへし折らなければ!




